腹ペコギャルと姉妹のご対面
「んがっ!!」
俺らを出迎えるや否や、姉貴は言語にならないやべえ声を発し、口をあんぐりと開けて愕然とした。
信じられないと言わんばかりの視線を俺に向けて何故か慄いている。
「姉貴、紹介する。櫛名雫、前に言ってたクラスメイト」
「はじめまして、櫛名雫です! お風呂を借りに来ました!」
「あ、姉の海緒です。うちの愚弟と仲良くしてくれてるそうで……」
「いえいえ、こちらこそすおーくんには助けられてばっかりで! ついさっきもすおーくんがいなかったらアタシどうなってたことか……!」
こんな動揺してる姉貴とか珍しいな。
柄にもなく恭しくなっていることも含めて怪訝に思いつつ訊ねる。
「姉貴、風呂ってあとどれくらいで入れそう?」
「あともうちょっとすれば沸くけど……って、その前にタオル取ってくるから、二人ともそこでちょっと待ってて」
そう言って慌ただしく家の奥に歩いていく姉貴を見て、櫛名がにこにこと上機嫌な笑みを浮かべた。
「どうした、そんなだらしなくにやついて」
「えへへ、だってガチのガチですっごく綺麗な人だったんだもん! すおーくんのお姉さん。てか、だらしないとか言うなし」
「そうか? 別にだろ。俺と顔似てるし」
「えっ? じゃあ、綺麗じゃん」
じゃあってなんだよ。
接続詞がバグってるぞ。
「——いいなあ。あんな綺麗なお姉さんと一つ屋根の下とか羨ましいよ」
「羨ましがられるようなことなんて一つもねえよ。しょっちゅうコンビニにパシられるし、飯作らされるしで振り回されることばっかだぞ」
「それでも、家に誰かがいるってとっても良いことだよ。てか、すおーくんなら誰に言われなくてもご飯作りそうな感じするけど」
「まあ、そうだけどよ。だとしてもバイト帰りに作らされるのは勘弁だ」
そのせいで苺花の食う時間が遅くなっちまうし。
当の苺花は「岳にいの作るご飯大好きだから大丈夫だよ」って言ってくれてはいるけど、だとしても夕飯の時間が不規則になるのはどうにかしたいものだ。
やれやれと肩を竦めていれば、姉貴がタオルを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ。雫ちゃん」
いつもの調子に戻った姉貴は、櫛名には丁重にタオルを手渡し、俺にはついでと言わんばかりに雑に投げ渡してくる。
まあ、こんな扱いはいつものことだ。受け取って簡単にびしょ濡れの髪と身体を拭き、服に染み込んだ水を簡単に吸い取る。
隣で櫛名も同様にタオルで身体を拭いていたが、なんだか見てしまうのはいけないような気がして、終わるまで目を逸らしておいた。
「そういや、苺花は?」
身体をあらかた拭き終わった後、姉貴に訊けば、
「あそこ」
姉貴は困ったように笑いながら廊下の奥に目配せする。
視線の先を追えば、リビングの扉の陰から苺花がこっそりと様子を窺っていた。
あー、やっぱ人見知り発動してしまってるか。
だけど遠くからでも姿は見せている辺り、櫛名には興味はあるけど、まだ好奇心より不安の方が勝ってなかなか前に来れずにいるってところだな。
まあでも、一応視界内に映ってはいるし、先に紹介だけは済ませておこう。
「櫛名、あそこに隠れてんのが妹の苺花。悪いな、不躾で。ちょっと人見知りなところがあって、今はあんなになってるけど、慣れたらそのうち——」
しかし、言い切るよりも先に櫛名が口を開く。
「ねえ、すおーくん。なんなの、あの子……?」
「く、櫛名……!?」
思わず気圧される。
なんかめっちゃ目が血走ってるぞ。
ついでに頬も紅潮して息も荒くなってるし。
ちょっと怖えんだけど。
苺花が気に障るようなことでもしたか……?
いや、それはないな。
びびって顔を覗かせてるだけだし、櫛名もそんな狭量なやつじゃないはず。
でもだったら、何が原因で——?
思考を進めるも、答えを見つけるよりも先に、
「——ヤッバい、マジかわいいんですけど……!!」
櫛名がキラキラと目を輝かせて言った。
「……は?」
「待って。すおーくん、ヤバい、ガチヤバいって。苺花ちゃんクッソかわい過ぎてちょっとしんどいんだけど。え、なに、なんなの、すおーくん、あんなにかわいい妹ちゃんがいるとかマジ羨ま! 美人なお姉さんもいるし、最高か!?」
「櫛名、どうした。さっきからかなり言動がバグってんぞ……?」
姉貴を美人などと称したり、苺花を可愛いと連呼したり。
いや、苺花が可愛いのは兄としての贔屓目抜きにしても同意だけど。
というか……これあれか?
もしかして苺花の安全を考えれば、櫛名を近づけない方がいいパターンか?
勿論、櫛名が悪いやつじゃないのは分かっている。
だとしてもこの状態の櫛名を苺花に近づけるのは兄として憚られる。
困惑していれば、姉貴が楽しそうに笑みを浮かべる。
「やだもう、雫ちゃんったら美人だなんて照れるな〜」
「美人ですよ! 髪サラッサラだし、肌白くて綺麗だし、目が大きくてそれでいて切れ長だし! 流石、すおーくんのお姉さんって感じです!」
「そこまでベタ褒めされるとちょっと恥ずかしいな。まあ、それほどでもあるんだけど」
あるのかよ。
あんたはもっと自分を謙遜しろ。
「……と、そうだ。私のことは海緒でいいからね」
「いいんですか!? じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね、海緒お姉さん!」
「ぐふっ!?」
なんで自分で呼ばせておいてダメージ喰らってんだよ。
マジで意味がわからねえ。
あっという間に打ち解けたのはいいものの、この組み合わせ意外と面倒なことになりそうだな……。
姉貴も櫛名も隙あれば俺を弄ってくるタイプだし。
そんな考えが過ると同時、ほんの少しだけ櫛名を家に連れてきたことを後悔しそうになる。
まあ今更そんなことを気にしてもしょうがないので、ため息混じりに話の軌道修正を図る。
「なあ、そろそろ櫛名を中に上げないか? ずっとここで立ち話させるわけにもいかないだろ」
「確かに。岳、ナイスアシスト。ごめんね、雫ちゃん。あとちょっとでお風呂沸くから、それまでリビングで時間潰してて」
「分かりました! ではでは、おじゃましまーす!」
先に靴を脱いで、リビングへと向かう櫛名。
俺もその後に続こうとして、
「んぐっ!?」
突然、姉貴にがっしりとヘッドロックを決められた。
「……なんだよ、急に」
「岳……あんた、よくもやってくれたね」
「何をだよ?」
声を潜め、至って真剣な表情で言う姉貴に訊き返せば、
「まさかあんな可愛い子連れてくるとか聞いてないんだけど! おかげで心臓止まりそうになったじゃん! どうしてくれんのさ!」
「んなもん俺が知るかよ! 勝手に止まっとけ!」
あまりに理不尽な切れ方をする姉貴に思わず強く言い返した。
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