母は見抜く

 案の定、姉貴にはセットした髪を一頻り揶揄われた。

 その後、夕飯の支度をしていると、対面カウンター越しから姉貴にため息を吐かれた。


「——しっかしまあ、なーんで岳は、普段からそういう格好をしようって思わないのかね〜? 折角お父さんに似てそれなりにハンサムな方なんだから、マジで勿体ないよ」


「……姉貴も母さんみたいなこと言うな。つーか、どうしてそこまでして俺の格好を気にするんだよ」


「だって、そりゃ……ねえ」


 視線を走らせた先には、雫と苺花と母さんがソファに並んで座っている。

 テレビで少し前に話題になった人間関係どろっどろ系のドラマを鑑賞していた。


 ——母さん、相変わらずあの手のドラマ好きだよな。


 思いつつ、姉貴の言わんとしようとしていることを慮る。


「……やっぱ、苺花の為か」


「まあ、それもそうなんだけど……いや、これ以上は野暮か」


「何だよ?」


「いーや、なんでもない。私が口を挟むことでもないし」


 呟いて、姉貴はやれやれと肩を竦めて三人の元へと歩いていく。

 その背中を見送りつつ、俺は夕飯作りに意識を戻した。




   *     *     *




 母さんがいることもあって、座る位置が普段と変わっている。

 俺と雫は前と変わらないのだが、俺の対面に苺花が、雫の対面には母さんが座っている。

 姉貴はというと、普段空いている横のスペースに椅子を持って来ていた。


 夕食は鯖の味噌煮をメインに据えた和食にした。

 副菜にかぼちゃの煮物ときゅうりとナスの和物を添え、味噌汁の具には細切りにした大根と油揚げとわかめを入れた。


 雫はまず初めに味噌汁を口につけると、へにゃりと眉を下げて嘆声を漏らした。


「ふぁ〜、すごく沁みて安心する味だ〜。やっぱり、すおーくんの味噌汁神〜」


「大袈裟だな。普通の味噌汁だぞ」


「いやいや、出汁から作っておいてそれはないってー」


 笑って雫は、もう一口味噌汁をすすり、美味しいと声に出す。


 出汁から作ってるなんて一言も言ってないのに分かるもんなんだな。

 前々から思っていたが、雫の舌って結構肥えてるよな。


 半ば関心しつつ、サバを口に運んで幸せそうに目を細める雫を眺める。


「んっ、うっま〜! 身がふっくらしてるし、香りもいいしガチ最高! これならご飯何杯でもいけちゃいそう!」


 さっき見せていたぎこちなさは、俺が飯を作っている間にどこかに消え失せ、いつもの調子に戻っていた。

 密かに安堵しつつ、俺も自分で作った鯖の味噌煮に手をつける。


「……うん、いい感じにいったな」


 鯖は先にさっと湯通ししてから冷水で締めることで、余分な臭みや汚れを落としておいた。

 その上で水と酒とみりん、それと少しの砂糖で作った煮汁を生姜、白ネギ、椎茸と一緒に煮込むことで更に臭みを消すだけでなく、野菜の旨みを鯖に移し、逆に野菜に鯖の旨みを移すことに成功していた。


 ——確かにこれなら雫の言う通り、白米がどんどん進む。


 丼によそった白米を掻き込んでいると姉貴が若干、顔を引き攣らせて雫を見つめていた。


「わーお、雫ちゃん……昼にあれだけ食べて、まだいけるんだ」


「はい! だって、すおーくんの料理本当に美味しいんですもん!」


 満面の笑顔を湛えて元気に答える雫の手には、俺と同じく大盛りで米をよそった丼がある。

 それを平気な顔でもりもり食べているので、大食いであることが分かっていても尚、姉貴が驚くのも無理はなかった。


「海緒ちゃんから聞いてはいたけど……雫ちゃん、本当にいい食べっぷりね。見ているこっちが気持ちよくなるわ」


「そうですか? えへへ、なんか照れちゃうな〜」


「ええ、これはがっくんが夢中になるのも頷けるわ」


「んぐふっ!?」


 不意打ちだった。

 母さんの思いも寄らぬ発言に動揺してしまい、飲み込もうとしていたご飯が喉に詰まりそうになった。


「す、すおーくん!?」


「が、岳にい!? これ……っ!」


 苺花から差し出されたコップを急いで受け取り、すぐさまあおる。

 中に入っていた麦茶で無理矢理胃に押し流してから、ほっと一息ついた。


「サンキュー、苺花。マジファインプレー」


 一言礼を言ってから、俺は母さんを睨めつける。


「いきなり何言うんだよ……!」


「あら、事実じゃない。だって、雫ちゃんが美味しそうにご飯を食べてくれるところ眺めるの好きなんでしょう?」


「……それは、まあそうだけど」


 雫が飯を食べる姿を見るのが好きなのは紛れもない事実だし、今更隠すようなことでもないので正直に答える。

 そもそも前に本人の前で言ったことだし。


「だからって、変に誤解を生むようなことを言うんじゃねえよ」


 ため息を溢しながら言うも、母さんは意味深に微笑むだけだ。


「ふうん、なるほどね。……まあ、いっか。珍しく表情の柔らかいがっくんが見れたことだし」


「……普段は仏頂面で悪かったな」


 母さんから顔を逸らしながら言って、俺は鯖と一緒に白米を口いっぱいになるまで頬張る。

 視界の端では、苺花が不思議そうに俺と雫を交互に見遣っていた。

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