第24話 小麦粉ならあるわ


 ラーメンで腹を満たしたオレたちが向かったのは、テレーゼがいるだろう執務室だ。

 隣にはリゼの姿もある。

 依頼人がテレーゼだったらしく、彼女に直接報告するつもりなのだとか。


「……何?」


 オレの含みある視線に気付いたリゼが訝しげに眉根を寄せる。


「いんや。昔は何かと突っかかってばかりだったのに本当に丸くなったんだなと」


 揚げ足取りはお手の物で、よくテレーゼを曇らせていたのになぁ。


「うっさいわね。あの頃は自分のことで手一杯で、あの子の抱えている物の重さを知らなかったのよ」

「にっちもさっちも付かない状況だったもんな、あの時のアイツ」

「そうよ。それなのに全部自分だけで抱え込んで、周りにはいつもの済まし顔見せて影で泣いて。あのままじゃ多くの人に囲まれていながら、ずっと一人ぼっちになってたわ」

「なるほろ。それに気付いた以上、見過ごすことは出来なかったワケだ。これは見事なツンデレですね」


 100点棒を掲げると、斬ッと大鎌が眼前を通過。

 キレイに100点の部分だけが宙を舞い、落下した。

 目の前には赤くなった顔を隠すように下を向き、大鎌を振り抜いた状態のリゼ。


「もう、うるさいうるさい! というか、アイツのその壁をぶっ壊したのはアンタでしょうが! 知ってて聞くんじゃないわよ!」


 フンと鼻を鳴らし、ズカズカと先を進んで行く。

 何という芸術点。これにはさすがのオレ氏もニッコリ。


「あの……テレーゼに何かあったんですか?」


 囁くように尋ねてきたエレイナの顔は、心配そうだった。

 そういや、あのときエレイナを見掛けなかった。

 つーことは、そのときはゲートの向こうにあるラシュアン――つまり本星にいたというワケか。

 それなら知らないのも納得だ。


「テレーゼから聞いてなかったのか?」

「はい……テレーゼは昔から何かあっても『大丈夫』の一点張りだったので」


 簡単に想像が付きますわね。


「ま、よくある悲劇の一端だよ。気になるなら自分で聞き出すんだな」


 ひらひらと手を振るい、話を打ち切る。

 他人の過去を勝手にバラシて良いのは、黒歴史だけだからな。







「いらっしゃい、エレイナ様、リゼ。そして久しぶりね、薙刃。龍女様も」


 執務室に入ったオレたちを出迎えたのは、仄かに波打つ銀色の長髪を黒のリボンでハーフアップにまとめた美少女だった。

 湖の如く澄んだ瞳に、凛々しくも柔らかな笑み。淑女然とした立ち振る舞い。

 白と青を基調としたドレスのような衣装が良く似合っていた。


 その耳は人間というには尖っており、エルフというには横幅が短い。

 つまり彼女――テレーゼはハーフエルフなのだ。


 :うおおおおおおおお! エ、エ、エ、エルフだあああああああああああああああああーーーーーーっ!!

 :何だろう、涙が止まらない

 :あの耳の長さからしてハーフエルフかも。でもどうだっていい!

 :ああ! あのどんぶりマンがいないんだ! 獣耳美少女たるリゼたんから得られなかった感動を、今度こそ享受するんだ!

 :へ、癖ーーーーっ!

 :自分、ガチ恋良いッスか?

 :同担拒否勢だからダメです

 :なんという清楚力……! こんなんじゃ俺、スコスコティッシュフォールドになっちまうよ

 :シコシコティッシュ? イカ臭そう

 :〇ねカス

 :これが俺たちだよな。あの声だけは良いどんぶりマンのせいで失ったものを取り返したんだ……!


 醤油さんのときはかなり様子がおかしかったけど、無事キッショい姿を思い出したようだ。無事か?


「――そうね。まずはエレイナ様からお願いしても良いかしら?」


 応接用の席に場を移し、紅茶とお茶請けを用意してからテレーゼは早速とばかりに切り出した。

 が、水を向けられたエレイナはラーメンとは別腹とばかりにお茶請けをあむあむしている最中である。ちったぁ自重しろ。

 慌てて口の中にあるものを飲み込み、喉が詰まったのか、やはり忙しなく紅茶を流し込んだ。それから、ふう、と安堵の一息。


「ごめんなさい。ちょっと待って下さいね」

「ええ、どうぞ焦らずに」


 先に断りを入れてからエレイナは、ウィンドウと睨めっこする。

 ブレイドの機能として備わっているストレージから目当ての何かを探しているようだ。


「薙刃、エレイナ様を助けてくれてありがとう。龍女様も、騎士たちを癒やしてくれたようで、心からお礼申し上げます」


 中々エレイナが手間取っているようなので、その隙間を埋めるようにテレーゼが話題を振り、深々と頭を下げてきた。


「当然だろ。困ってる人を助けるのはオレの趣味みたいなものだからな」


 この慈愛に溢れた言葉の前には、如何なる存在も感激せざるを得まい。

 さすがオレ。物騒な言葉ともっとも縁遠い聖人ランキング殿堂入り(※ 参加者一名)は伊達じゃな――


「ウソつきがいるみたいね」

「でもこの人狼、頭からつま先、魂の一片すらも真っ黒でゲームにならないわよ」

「小麦粉ならあるわ」

「「天才」」

「おう、なら人狼らしく一人残らず惨殺したらぁ」


 流れるように罵倒の連携を決めやがって。


「冗談よ。それより薙刃、おめでとう」

「あ? 何のことだ?」

「ノエルから聞いたわ。無事、故郷に帰ることができたのでしょう。貴方の目的が叶ったことを嬉しく思うわ」


 ここに来るときに別れたメイド。

 そういやエレイナの後ろで聞いてたんだったな。


「ああ、何とか」

「あら、そうだったのね。良かったじゃない」


 お茶請けをタッパーに詰めながらリゼも言った。

 エレイナと違い、コイツは別腹ではないようだ。


「さんきゅ。ま、ご覧の通り、早速トンボ帰りすることになったけどな」

「その事情もちゃんと把握しているわ。でも、少し待ってくれるかしら」


 と、そのとき「ありました!」とエレイナがストレージから風呂敷に包んだ何かを取り出した。

 それをテーブルに置くと丁寧に風呂敷を解く。

 顔を出したのは、モンスターの角だった。

 結構なエーテルを感じる。

 B級ってところかしら。

 それを認めたテレーゼがスキャナーを取り出し、スキャンを掛ける。

 ピピと電子音が鳴り、テレーゼは満足げに頷いた。


「確かにグレンゼイルの剛角ね。エレイナ様のエーテルも混ざってる。おめでとうございます、エレイナ様、大守護者テレーゼの名において、第二の『王練』のクリアをここに認めます」

「ありがとうございます、テレーゼ!」


 エレイナはホッと安堵の息を零してから、満面の笑みを浮かべた。

 オレはスッとリゼに耳打ちする。


「王練ってなんぞ?」


 初耳だった。

 まあその名とエレイナの身分を考えれば何となく想像は付くが、一応ね。


「っ、その名の通り、次期国王を決めるための試練よ」


 擽ったそうに獣耳をピコピコ動かしてからリゼが説明してくれた。

 ラシュアンは代々一夫多妻制であり、それぞれの妃が産んだ子どもたちに、次期国王の座を賭けて競わせるのが伝統らしい。

 同じ母を持つ子どもたちは仲間であり、反対に腹違いの子どもたちは敵対勢力。


 競う内容は、星間領域に築かれた防衛都市――。

 中央の防衛都市でトップを務める大守護者を中心に、東西南北それぞれの防衛都市に属する守護者たちの協議によって決定される。

 その試練に勝った子どもたちの中の一人が、次期国王として君臨することを許される――それこそが王練なのだとか。


 それを聞いてオレは一言。


「蛮族かな?」

「自己紹介かしら?」


 喧嘩になった。






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