第16話 VSミノタウロス



 その配信を何十、何百万もの人間が食い入るように魅入っていた。

 尚も同接は指数関数的に増加しており、このまま行けば八桁という大台に乗ってもおかしくないだろう。


 内容は、昨今珍しくもないダンジョン配信。

 しかもチャンネルを作ったばかりの新人配信者だ。

 既に新人の入る余地が無いほどレッドオーシャンだと言うのに、この数字。

 チャンネル登録者数も、あっという間に七桁に届いた。


 それもそのはず。

 何せ、件の配信者は、三年前、ダンジョンの出現に巻き込まれて行方不明になった青年であり、つい先日ダンジョンを踏破して帰還した唯一の存在なのだ。


 彼の口から語られた内容は、まさに青天の霹靂。

 日本だけならず、世界中を巻き込むほどの大ニュースとなったのは記憶に新しい。


 そんな青年のダンジョン配信となれば、注目が集まるのは必然だ。

 ……性根が光属性を自称するドブの闇鍋煮込みなのは少々気になるが。


 青年――迅切薙刃が齎した膨大な追加情報に驚き、熱を入れた者は多い。

 冒険者たちはエーテルという概念を知り、配信を見ながら何とか物にしようと奮闘した。


 これが出来るようになって初めてスタート地点に立てると理解したからだ。

 あと念〇力に近いと言われたら、それはテンションもブチ上がるだろう。

 まあエーテルを感知した存在は今のところ皆無なのだが。


 これは冒険者が悪いのではなく、寧ろ何となくでエーテルを物にした薙刃が異常なのだ。

 何万という時を生きたフェイルーンが『五指に入る戦いの才』と評価したのは伊達じゃないという事だ。


 今は地球人からすれば前人未到の三十階。

 ここのダンジョン――否、星間行路はもちろん、他の星間行路ですら未到達の階層だ。

 つまり薙刃以外の地球人にとってボス戦そのものが完全初見というわけだ。


 誰もが固唾を呑み、冒険者たちは自分に置き換えた場合を想像しながら薙刃とミノタウロスの戦いを見守る。

 その戦いは、見る者全ての肌が粟立つ光景だった。

 

 筋骨隆々とした巨躯が瞬きする間に肉薄し、大きな戦斧を振り下ろす。

 その破壊力と轟音は戦車の砲撃を彷彿とさせた。

 普通の人間が受ければ、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 仮に回避にしたところで無意味。

 砕けた石礫が散弾と化し、その身体を撃ち抜くだろう。


 しかし、薙刃は健在だった。

 ひょいと戦斧を躱し、身体を穿たんとする石礫は彼がまとったバリアにより阻まれる。


 抜刀。

 敢えて弛緩した状態から放たれた一閃。

 エーテルの燐光を帯びた斬撃がミノタウロスの肉体を駆け抜ける。

 血飛沫が上がるもミノタウロスだが、特に気にした素振りもなく戦斧を大きく薙ぎ払った。


 これもバックステップで躱し、着地と同時に接近。

 隙だらけの図体に無数の剣閃が瞬いた。

 それでもミノタウロスは微動だにせず、愚直に攻撃を繰り出す。


 そんなやり取りが幾度となく行われたが、一向に戦況は動かない。 

 薙刃は無傷。対するミノタウロスは数十もの斬り傷を全身に浴びていた。


「――一見すると、薙刃が優勢に見えるでしょうね」


 怒涛の攻撃を叩き込むミノタウロスと、蝶のように舞い蜂のように刀を振るう薙刃の戦い。

 それを完全に第三者の気分で見守っていたフェイルーンが、出し抜けに呟いた。


 :え、違うの?

 :完全に見切ってるよね

 :うむ。アニメみたいにたまにドアップで表情が映るけど、余裕そうだし、汗一つかいとらんよ?

 :つかカメラワークが優秀すぎる。uf〇table気分ですか? おおん? 最高かよ


「そうね。実際、薙刃からすればミノタウロスは路傍の石ころよ。その気になれば一太刀で真っ二つ――何ならデコピンだけで充分よ」


 :どっちがミノタウロスか分からんね

 :ミノタウロス(地球人のすがた)

 :多分、高火力高機動の物理アタッカーやね。剣舞は絶対持っとるやろ

 :タイプはあく/かくとうかしら

 :あくは固定だな

 :初配信でもう本性でバレてる……

 :行け、モンスターボール!

 :最優先でトレーナーにダイレクトアタックを決めそう


「だけど、これが普通の冒険者だった場合、話は変わるわ。優位性の天秤はミノタウロスに傾くでしょうね」


 何せ、幾ら攻撃しても全然ダメージが入っているように見えないのだ。

 その心理的負荷は如何ほどのものか。

 耐久力と言うのは、相手を精神的に追い込む立派な武器なのだ。


 対するミノタウロスの火力は、一撃でこちらをノックアウト可能と来た。

 例え動きが単調で読みやすかったとしても、決して安心できるものではない。


 つまり膠着状態と言うのは、モンスター側が優勢である証左なのだ。

 そうフェイルーンは自身の見解を述べる。

 

 しかもミノタウロスはスロースターターなのか、どんどん動きが良くなっていた。

 これに加え、薙刃の言葉が真実なら、暴走状態で更に強くなるというのだから理不尽極まりない。

 視聴者たちの視線は、それを難なく対処する薙刃に向いていた――が。


「其方たちが注視すべきは、薙刃ではなくミノタウロスの行動よ」


 そこにフェイルーンが待ったを掛けた。


「星間行路は本来パーティを組んで攻略に挑む代物よ。薙刃が異常なの。彼方の動きを参考にしたところで得るものは何もないわ。寧ろ、妙な勘違いを抱きかねないわ」


 :あー、なんか分かるかも

 :攻略動画見て『なんか自分でも行けそうな気がする』と錯覚するヤツね

 :それだ!

 :分かり身深し丸

 :そして返り討ちに遭うまでがテンプレよね

 :世の中そんなに甘くない……


「だからミノタウロスの反応を観察するの。クロスレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジ、距離ごとにどんな行動をするのか、どんなアルゴリズムで動くのかを読み取るのよ」


 実際、薙刃はミノタウロスのクロスレンジに於ける行動をあらかた開示させると、次は中距離からの飛ぶ斬撃を用いた攻撃に切り替えた。

 その次は更に距離を開け、ロングレンジからの攻撃へ。

 虚空に無数の光球を生み出すと、それらを射出する。

 

 そうしてジリジリとミノタウロスの体力を削り、その情報を詳らかにしていると、遂にミノタウロスが暴走状態に突入した。



「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーッッ!!!!!」



 裂帛の咆哮。

 天地を揺るがさんばかりの雄叫びは、視聴者たちを軽度の恐慌状態に陥らせるほどのチカラがあった。

 更に目が怪しく輝き、筋肉が膨張する。

 全身から湯気のようにエーテルが立ち昇り、ただでさえの巨漢が更に大きく見えた。


 動きも先ほどとは、比べ物にならない。

 台風を凝縮したかのような暴風が吹き荒び、その余波だけで地面や壁が破壊されていく。

 さながら絨毯爆撃である。


 :ヒエ……

 :こわいこわいこわい

 :なにこれ……やだこれ……

 :夢に出そう

 :え? これよりまだ強いボスが二体もいるってマ???

 :完全攻略を考えたらボスの五連戦だゾ

 :ッスゥー

 :……もういいよ! 俺、冒険者やめる!!

 :乙~

 :止めろ?????


 それでも薙刃を追い詰めるには至らない。

 鼻歌混じりにミノタウロスの荒れ狂う攻撃を躱し、いなし、かすり傷一つ許さない。

 そして暴走状態が解け、肩で息をするミノタウロスに、


「悪いね。オレ強いんだわ」


 戦斧を振り下ろし、前傾になったミノタウロスの肩に座ると、逆手に持ち替えた刀の刃をその首に当てる。

 こうして世界初公開となるボス戦は幕を閉じるのだった。

 

 

 

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