第25話 大変だねアンタら(ズズ……)


「実際、強い王というのは国防の観点だと必須よ」


 ドタバタ騒いだオレとリゼを叱り、その内容を聞いたテレーゼが王練を許容する発言をした。


「薙刃の世界は、まだゲートが出来て間もないのよね? その上、星間行路の踏破者は貴方しかいない」

「ああ、まだ三年ってとこだからな」

「それなら実感が沸かないのも無理もないわ。ご存知の通り、ゲートは星間領域のあらゆる場所と繋がっている」


 テレーゼはこの世界の常識を語る。

 例え隣接しているゲートだったとしても、お互い百万光年以上離れた星間領域に出ることは珍しくない。

 そうなれば関係を持つことになる異世界は多くなり、それは当然も他国も同じ。

 最終的に膨大な異世界と触れ合うことになる、と。

 

 今更? と思いながらもオレの横に浮かぶ配信画面をチラリと一瞥する様子に納得。

 気が利く女である。左右に座る女たちも是非とも見習ってほしいものだ。


「異なる世界。異なる種族。異なる文化。異なる文明。何もかもが未知に溢れた状況下で唯一の共通点となるのが力よ。それも技術力に依存しない、純粋な人間としての力が」

「ま、エーテルの性質や可能性を考えたら、人間が一番の兵器だもんな」


 オレのようにロボットや戦艦だろうと一方的に蹂躙できる人間はかなり希少だが、希少ながらも存在していることが問題なのだ。

 そういう理外の存在がいた場合、最新鋭の戦艦だろうとあっという間にスクラップ行きだからな。


 それを差し引いたとしても、人間――っつーか知的生命体の拡張性は、あらゆる兵器を凌駕する。

 もちろんピンキリだが、低コストかつ大量生産が可能なのは間違いない。

 しかもカスタマイズの幅は、ほぼ無限と来た。

 これほど使い勝手の良い兵器も他にないだろう。


「そんな混沌とした世界だもの。量より質が求められる時代となれば、実力至上主義に傾倒するのは必然よ。だから国の顔となる王族には相応の実力が求められるの。他国にとって一番分かりやすい指標だもの。『あの国の王族はこれくらい強い。なら国民はこれいくらい強いだろう』っって、王族を透かして国力を測るの。それがゲートが誕生して長い国家の共通認識なのよ」


 ほおん、こっちは初耳。

 まあ世界がファンタジーと化した以上、強い王族の方が国民は安心できるわな。

 それだけで他国への抑止力となるワケだし。

 他にも色々複雑奇怪な事情が込み合ってるんだろうが。


「――フッ、つまりオレが日本の王として君臨するワケか。………………普通に嫌だな」

「意外ね。アンタなら喜びそうと思ったけど」

「誰かの下に就くのは論外だし、誰を管理するのも面倒。オレは対岸で優雅にコーヒー牛乳を飲みながら、ひたすらヤジを飛ばしたいんだ」

「カス。でも気持ちは分かるわ。責任って嫌な言葉よね」

「「いえーい」」


 意見が一致してハイタッチをかますオレとリゼ。


「……よく私たちの前でそんなこと言えたわね」


 そんなオレたちにジト目を向けるテレーゼ。エレイナは苦笑していた。


「で、エレイナは王サマになろうと奮闘中ってワケだ」

「え、私が王にですか? 無理無理無理。絶対無理ですよっ」


 ブンブンを慌ててエレイナは全身でかぶりを振った。

 何がとは言わんけど、それだけで右に左に揺れるの凄いな。

 や、何がとは言わんけど。総統閣下が吠えてそう。


「じゃあ何で王練ってヤツに参加してんだ?」

「言ったでしょう。王練は同腹と異腹によるチーム戦なのよ。そもそも女性であるエレイナに王位継承権は与えられていないわ」

「ああ、なるほろ」


 代々一夫多妻っつってわね。

 エレイナはサポート役みたいな感じか。


「つーことは、エレイナの兄か弟がメインなんだろ? その割には姿を見掛けねえが」

「本当はそのはず、だったんですけどねえ……」


 エレイナは深く、深く、夜勤明けの社畜の如く深い溜め息をついた。


「エレイナ様の兄君――ファイ様は不参加となったわ」

「何かあったワケだ」

「察しが早くて助かるわ。当代の王練は、元々ファイ様一強だったのよ。何せ、ファイ様はラシュアン始まって以来の天才と謳われるほどの麒麟児なんだもの」


 テレーゼの言葉に、ちと興味が沸いた。


「へえ、オレより強いとか?」

「今、私は人類の話をしているわ」

「おいおい、確かにオレの精神性は神と見紛うほど慈愛に満ちているから勘違いするのも仕方ないが、オレは人間だぜ?」

「言っておくけど、神は普通に残酷よ。それこそ人間の命なんて羽虫と大差ないほどに」

「あら、正しく神じゃない。ねえ、神様、お金ちょうだい?」

「あ、私は日本のお菓子が食べたいです、神様!」

「誰か突っ込めや」


 どいつもこいつもボケにボケを重ねやがって。


「このまま王練が始まれば、間違いなくファイ様が次期国王の座を勝ち取ると誰もが確信していたわ。でも――」

「――それに納得できないヤツがいたと。対抗馬の兄弟と、その派閥とかかね」

「それと他ならぬ現国王様がね」

「おっと俄然面白くなってきたな」


 思わず身を乗り出しちまった。


「全然面白くないわよ」


 というテレーゼの恨み節を尻目にアレコレと考える。


「とりあえずパッと思い付いたのは、二人の母である妃との関係が悪化した。もしくは現国王が凡人だったから麒麟児のエレイナ兄に嫉妬したってところかな。……よし、後者でファイナルアンサー!」

「残念。正解は両方よ」

「最高かよ。増々テンション上がってきた」


 会いたいな。会えないかな。

 生きてて恥ずかしくないんですか? って質問してみてーな。

 分不相応に権力にしがみ付いている凡人って、何であんなに面白いんだろう。

 凡人ほど社会の上に立ちたがるよね。


 つーかテレーゼも結構容赦なくて草なんですわ。

 まあ日本でも政治家とかSNSのサンドバッグだもんな。


「……だから国王様はファイ様を他国の外交に向かわせた間に、王練を開催したのよ」

「で、仕方なくエレイナが矢面に立つことになったと」


 エレイナは困ったように苦笑しながら頷いた。


「通例では王練に参加できなかったお兄様が次期国王になることは不可能です。ですが、事情が事情ですから民意を得ることは難しくありません」

「実際、既に平民、貴族共に不平不満の声は多く上がっているわ」


 隣を見れば、偉ぶった金髪の中年が記載されたWebページを開いたリゼが、『ゴミ』『カス』『クズ』『無能』『臭い』『逆光眩しいのよハゲ』などの悪口を書いていた。

 スラム育ちのコイツからしたら直撃を受けたようなモンだもんな。


 そりゃあラクガキの一つや二つしたくなる。

 小学生のとき、社会の教科書に載った偉人の顔に鼻毛を始めとしたラクガキをしたことがない者だけが彼女を非難しなさい。

 あれがアウトローへの第一歩。つまり最初の大人の階段というワケだ。


「そこで私が王練を勝ち上がることができれば、さすがのお父様でもこれ以上の強行は不可能だと思います」

「大変だねアンタら」


 他人事のように呟きながらズズ……と紅茶を飲む。

 コメント欄が『〇してやるぞ』で埋まったのはお約束。


「あー、じゃあエレイナが猟兵に襲われてたのは」

「ええ、他の王子から差し向けられた刺客よ。万に一つの可能性も潰したいのでしょう。そこでS級冒険者である薙刃にお願いがあるの」


 テレーゼは目の前にウィンドウを開き、最終確認をするようにサッと目を通してから、それをこちらへと差し出してくる。


「どうかエレイナ様を護ってほしいの」


 それはエレイナの護衛の依頼書だった。



 

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