第26話 意味深のロマンティクス

 


「いいよ」

「「軽っ」」


 エレイナ護衛の依頼を即決で受諾すると、そんな反応が返ってきた。


「依頼をした身であれだけど、そんな簡単に受けて大丈夫なの?」

「そんな意外か? 困っている人を助けるのは我が家の家訓だよ。しかもその相手がとんでもない美少女と来たら、そりゃ受ける一択だろ」

「美少女……」


 テレテレと頬を朱に染めるエレイナとは反対に、他の面子は冷ややかだった。


「何でアイツの言葉ってあんな白々しいのかしら?」

「後者にしか本音がないからだと思う」

「妾のときも似たようなこと言ってたわね。語彙力がないのかしら」

「おい、一番最後の鋭利すぎんだろ」


 確かにちょっと前に突っ込めと言ったが、塩梅を考えろ。

 お茶請けを親指で弾き、口の中に放り込む。もぐもぐ。


「ま、オレからすりゃ貸しは幾らでも作っておきたいからな」


 オレのを見たフェイルーンとエレイナとリゼが真似をし出した。

 尚、リゼはちゃんと成功したが、エレイナと化石ロリは「あう」と顔面で受けた模様。

 このやり取りにテレーゼの眉根がピクピクと動いた。

 が、苦言を呈するより話を進める方を選んだのか、コホンと咳払いを一つ。


「そう言ってくれると助かるわ。私の予想が正しければ、貴方としても是が非でもエレイナ様に勝ち上がってほしいでしょうし」

「? どういうことだ?」


 疑問符を浮かべるオレだが、テレーゼの視線は隣にいるリゼに向いた。


「それでリゼ、貴女に頼んでいた調査の方はどうだったの?」

「もぐもぐ、ごっくん。ごくごく……ふぅ。もちろん抜かりはないわ。聞いて驚きなさい。お姫サマの暗殺依頼を受けた猟兵団の数は五つ。そのうちの一つは、あの〝極北の旅団〟よ」

「――そう、やはり」

「ねえ薙刃。聞いて驚きなさいって言ったのに、この反応どう思う?」

「ドマ」

「ドマじゃなーい!」


 リゼはブンブンとオレの首元を揺らし、不満をぶつけてきた。

 それにしても〝極北の旅団〟ね。

 確か、《獅子王》と謳われる団長に率いられた猟兵団であり、規模・実力共に飛び抜けた能力を持つことから最強格との呼び声も高かったはずだ。


「ほとんどミリしらだけど、〝極北の旅団〟の活動範囲ってもっと遠くじゃなかったか?」

「ね。でもジャケットと紋章は間違いなくアイツらのだったわ。動きもかなり洗練されてたから偽物という線はないはずよ。醤油先輩も頷いてたし」


 醤油さんが言うなら間違いねえな。


「ありがとう、リゼ。おかげで確信したわ。リシュ王子は間違いなく『フィンブル』と内通してる」


 その言葉に顔を顰めたのは、意外にもフェイルーンだった。


「何か知ってんのか、フェイルーン?」

「そうね……フィンブルは『羅刹』と長い間紛争状態にあると言えば、事の厄介さが伝わるかしら」

「なーる。全部把握。そりゃ確かにそのオリーシュ王子?」

「リシュ王子」

「オリ主を勝たせるわけにはいかねえな」

「リシュ……もういいわ」


 テレーゼくん諦める!


「迅切さんは、羅刹と何かあったんですか?」

「ま、ちっとばかり若さ故の過ちというやつをな」


 皇帝に恥辱の限りを尽くし、国宝と謳われるブレイドをパクリ、神と称される龍種の一柱――フェイルーンを誘拐しただけである。

 オレに冤罪を吹っ掛けた皇帝が悪いよ。もしくはヴ〇ン先生。


「けどよ、何で〝極北の旅団〟からフィンブルとの内通を確信したんだ?」

「フィンブルは彼らのお得意様なのよ。あそこを経由したと考えれば、〝極北の旅団〟が遠路遥々やって来たのも頷けるわ」

「なるほろね」


 これはこっちからも積極的に動いた方がいいですわね。

 もしオリ主クンが王座に就き、フィンブルと国交なんかを開いてみろ。

 絶対オレの情報がフィンブルに渡る。

 それは長い間敵対国だった羅刹に圧倒的なアドバンテージを確立するようなものだ。

 となればオレを捕えようとするのは確実。

 その過程でもしも羅刹側まで情報が拡散したら、かなり厄介だ。

 絶対に阻止しねえとな。


「それで、オレはどこまでしたら良いんだ?」

「基本的には騎士たちと同じく王練へ向かうエレイナ様の露払いよ。但し、王練への参加はエレイナ様だけであることは覚えておいて。王族以外からの手助けは即失格のペナルティが科せられるから」

「要は刺客の猟兵をぶっ潰しながら、オレ自身も刺客となってオリ主クンを転生させれば良いんだな。完全に理解した」

「後者は我慢してちょうだい。エレイナ様が潔癖であることは、リシュ王子がやらかせばやらかす分だけ後々有利に働くわ」

「チッ、了解」

「あの、よろしくお願いします。迅切さん」

「あいよ」


 ペコリと頭を下げるエレイナに、オレは軽く手を上げて応えた。









 時刻は二十二時を過ぎた頃。

 出発は明日ということになり、オレは割り当てられた一室で夕姫と通話をしていた。


『兄さん……その大丈夫なのですか?』

「んあ、何が?」

『〝極北の旅団〟というものがどういうものかは分かりませんが、話している限りかなり危険な人たちなんですよね?』

「ま、そだな。この星間領域でもかなり有名な猟兵団だよ」


 コーヒー牛乳を飲みながら頷く。

 何度も説明したが、星間領域は宇宙ほどに広く、何千、何万という国家がゲートを中心に領土を築き上げている。

 そんなバカデカい世界で名を轟かすのがどれほど難しいかは語るまでもないだろう。

 つまり、〝極北の旅団〟は、それほどの連中というワケだ。


『心配です……』


 憂いに満ちたか細い声。

 正直、かなり新鮮でグッと来た。

 今更ここでオレを心配する輩なんて皆無だからなぁ。

 例え首を刎ねても『何かそのうちリポップしそう』とか思われててもおかしくないくらい雑な扱いんだよな。許せん。


「安心しろよ。お前のおにーさまは最強だ。――勝つさ」

『それ死亡フラグですよね!?』

「本当に問題ねえよ。死亡フラグ如きじゃオレは殺せんよ。何なら帰ったらデートでもするか?」

『デッ……!』


 上擦ったな。顔が真っ赤になったのが容易に想像つく。


『ま、また兄さんはそんな調子の良いこと言って! たくさんのキレイどころに囲まれておきながら、まだ満足できないと仰るおつもりですか!』

「キレイどころ? テレーゼたちのことか?」

『そうですっ。だらしなく鼻の下を伸ばしてっ』

「伸びとらんわ」

『いいえ、伸びてました!』

「いや、だから伸びてないって。そんな反応するくらいなら普通に手ェ出すから」

『もっと最低なのが来ました!?』


 騒がしくなった夕姫にヘラヘラとした返答を返していると、ノックの音がした。


「悪い、夕姫。誰か来た」

『え……こ、こんな時間にですか?』

「じゃ、そういうワケでまたな。明日はちと早朝辺りに配信するつもりだから」

『待って下さい、兄さ――』


 通話終了と。


「はいよ、今開ける」


 ロックを解除。静かに扉がスライドする。

 扉の向こうに立っていたのは、テレーゼだった。


「お前、そのカッコでよく出て来たな」


 と、オレは彼女の身体をマジマジと眺める。

 今はハーフアップにした髪も下ろされ、普通のロングストレートになっていた。

 衣装も白と青と基調に凛と引き締まったドレスから、男受けのする青のネグリジェへと変わっている。

 昼間は隠れていた鎖骨と胸元がオープンになり、蠱惑的な香りを幻臭したのは気のせいか。


 包み隠さず言おう――えっちであると。

 当人も自覚しているらしく、羞恥に頬は染まり、そわそわと落ち着きがない。


「……問題ないわ。ここは貴賓室のある一画だもの。貴方以外の男性はいないわ。警備も女性だけにしてる」

「お、職権濫用か?」


 テレーゼがジト目になる。


「どうして嬉しそうなの? 生憎、そういう決まりなの」


 ま、近くの部屋にはエレイナもいるからな。

 一応フェイルーンとかいう、星間領域そのものに於ける超重要人物もいるから、そこんところを気遣った感じか。


「そんなことより、入れてもらえないかしら?」

「あいよ」


 オレが一歩後ろに下がると、その隙間を縫うようにテレーゼが入ってきた。

 そのままお邪魔虫が入らないように淀みなくロックを掛け、ポフッとベッドに腰を降ろした。


「何をしてたの?」

「ん? 電話」

「女の子?」

「ああ。幼馴染だよ、妹みたいな」

「……ふうん」


 隣に腰を降ろすと、勢いのままに押し倒された。

 オレの胸元に顔を埋め、ガッチリとホールドを決めている。

 互いに薄着ということもあり、柔らかく生温かな感触が伝わってきた。特に腹部に圧迫する二つのお山が素晴らしい。

 スッと指先で銀色の髪を梳かすと、馨しいシャンプーの香りが鼻孔を擽る。


「…………つかれた」


 顔を埋めたままポツリと一言。

 くぐもった声には、海のように深い心労が込められていた。


「…………すごく、つかれたわ」

「ああ、お疲れさん。お前はよく頑張ってるよ」


 オレと同い年くらいの少女が大守護者という役割に就いたんだ。

 大守護者とは、星間領域に築き上げた防衛都市のトップであり、その権力は本星にいる王族たちすら無視できないほどに強力だ。

 その重すぎる責任は如何ほどのものか。


 特にテレーゼは真面目が服を着て歩いていると言われるくらいには、真面目かつ実直な女だ。

 どうせゴミのような案件にすら真摯に対応しているに違いない。

 正直者がバカを見るとは、よく言ったもんだよ、ホント。


「……たまに思うわ。龍女様のように、私も全てを投げ出して貴方に攫ってほしいって」


 顔を傾け、胸元に頬を当てながらの告白。

 

「けど、お前には出来ないだろ」

「強引に連れ出してくれないの?」

「そうしたらお前は無理にでも戻ろうとするよ。結末は最悪だったが、あの女から受け継いだものをお前が捨てるワケがないからな」

「……かあさま」


 閉じた長い睫毛の隙間から一筋の雫が流れ落ちる。

 先代の大守護者。

 とある『危険物』に端を発する大事件――その最後の犠牲者。

 オレとリゼとテレーゼの三人が出会ったのも、この事件が原因だった。


 善か悪かで言えば、まあ情状酌量の余地はある感じかしら?

 リゼのように、アレのしたことを絶対に許さないヤツは多いが。

 それでもテレーゼにとっては敬慕に値する自慢の母だったんだろう。


「……ズルい人。普段は適当ばかりで無責任なクセに」

「こんな善人の塊に向かって何という。オレが無責任なのは押し付けがましいものに対してだよ」


 例えば大人の責任とか、社会通念上の責任とか。

 そういう立場故に自動的に発生するもの。

 或いは人が人に強要するもの。

 うん、嫌い。

 自分の背負う責任くらい、自分で決めさせろやオラアアンという話である。

 同調圧力くん、お前一番許さんからな。


「その代わり、こういう時は結構真面目っつーか、寛容だろ? だからここに来たんだろうし」


 但し美女&美少女に限る。

 え? 男?

 男は適当に蹴とばしときゃええよ。それで男は歯を食いしばって立ち上がるだろ。

 それで折れるような弱者男性はTSでもしてもろて。


「……よしよしして」

「あいよ」


 優しく、さらさらときめ細やかな髪を梳かしながら撫でる。

 女の髪って何でこんなに触り心地が良いんだろうね。

 うむ、やっぱ長髪だよな。胸が大きいと尚良し。


「……もっとギュッてして」


 そう思ってたら次の注文。

 この位置じゃ、ちょいやり辛いから横向けに倒しつつ調整。


「これくらいでいいか?」

「……もっと」

「これくらい?」

「……もっと」

「痛くても知らんぞ」

「ん」


 随分理性が蕩けとるなぁ。

 それほどストレスが溜まってたってことだ。

 しかもさっきのやり取りから分かる通り、若干の破滅願望もありと来た。

 まあ、それもストレスが原因だろうが。


 何となくだけど、全裸に首輪とリードを付けて深夜に散歩とかさせると、ドハマりするんじゃねえかな。


 固く抱き合っていると、テレーゼが脚まで絡めてきた。

 互いの吐息が掛かる、完全な密着状態。

 全身で彼女を堪能していると、まあ当然反応するものがあるワケでして。


「…………えっち」

「エロに忠実じゃない男とかおらんから」


 いたとしても、それは紳士の皮を被ったポークピッツだよ。皮だけに。

 というか、おのれもそのつもりで来たんやろがい。

 優しくテレーゼの顎を持ち上げると、熱に浮かされた彼女の瞳が閉じた。


「――――、」


 そっと唇と唇を合わせる。

 最初はついばむような甘いキス。


「ん、ふっ……」


 指先で敏感な耳を愛撫しながら、徐々に深く、濃厚に。

 互いの唾液を交換し合うような淫靡な水音が暫しの間響いた。

 銀の糸を引きながら互いの唇が離れる。

 艶やかに濡れたテレーゼの表情を眺めながら、オレは彼女のネグリジェに手を掛けた。


 ……妹のような幼馴染に『デートするか?』と誘った直後にこのムーブ。

 ひょっとしてカスなのでは?

 まあ日本なら間違いなくアウトだが、ここは異世界。

 強い雄がハーレムを作るのが推奨される価値観なので無問題です。









「――ねえ」


 事後の心地良い疲労感に浸っている最中。

 同じく余韻に噛みしめながら胸元に横顔を預けていたテレーゼが零した。


「どした?」


 今はシーツに隠れた芸術的な身体。

 大守護者として公衆に出る場面の多い彼女の高貴な出で立ちに懸想する輩は後を絶たない。

 酒を飲みながら、テレーゼの裸体を好き勝手に弄ぶ自らを妄想し、悦に浸る哀れな輩を何人も見てきた。

 中にはテレーゼの残り香に垂涎の眼差しを送るヤベェ奴らもいる始末。


 男なら誰もが恋焦がれずにはいられない極上の女。

 その身も心も鷲掴み、唯一全てを知っているというのには、多大な優越感を齎せた。

 ホント悪い男に引っ掛かっちゃってまぁ。


「あの方のこと、お願いね」

「お姫サマのことか?」

「うん」


 二人きりで事後ということもあり、敢えて名前呼びは避けた。

 話題に出したのはテレーゼだが、こういう気遣いも大事なのだ。

 女側もちゃんと分かってくれるからの。

 テレーゼのように聡い女なら特に。


「まあ任せときなさいな。ちゃんと守るよ」

「それもだけど……見ていてあげてちょうだい」

「見る?」


 首肯。


「あの方のありのままを、等身大のあの方を、ちゃんと見てあげてほしいの」


 テレーゼは、どこか遠くを見ながら、


「――ありのままを認めてくれる人がいる。それだけで救わることもあるのだから」




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