第27話 レイドボス系主人公(後方に完全回復持ちのヒーラー御在中)



 テレーゼと久しぶりにロマンティクスをした翌日。

 早朝に軽く街中を歩き、冒険者協会やアトリエで必要な人材の勧誘やヴィマーナの修理など諸々の手配を済ませてから、再び戦艦へと乗り込んだ。


「そういや王練のクリアまでは、あと三つの試練をこなせばいいんだったか?」


 甲板に立ち、流れる大自然の景色を眺めながら隣に立つ男――レイゼルに問う。


「ああ。王練は東西南北の都市を守る守護者たちと、中央を守る大守護者たるテレーゼ様がそれぞれに用意した試練を達成することでクリアとなる儀式だ。エレイナ様は、既に二つの試練を達成している」

「首尾はどんな感じなんだ?」

「問題ない。エレイナ様はファイ様の妹君だ。必ずや残りの王練もクリアするに違いない」

「――ああ、そういう」


 昨日のテレーゼの言葉、その真意がよく分かった。

 タイミング悪いのう。


「何か?」

「いんや。もしオレに血の繋がりのある兄弟がいたら、そいつはさぞかし地獄だろうなと思っただけだ」

「?」


 疑問符を浮かべるレイゼルに「ただの独り言だよ」と返してから、顔だけを後ろに向ける。


「で、何か用か? エレイナ」

「あはは、バレちゃいましたか」


 入口の影から顔を出したエレイナは、居心地悪そうに頭を掻きながら苦笑を浮かべた。


「エレイナ様!」

「えと、上手く気配を隠せてたと思ったんですが、ダメでした?」

「んなこたねえよ。実際、レイゼルは気付いてなかったみたいだしな」

「うぐっ。……申し訳ございません。不徳の致すところです」


 :お姫様だああーー!

 :相変わらずお美しい

 :どっちかっつうと可愛い系じゃね?

 :美少女なら何でも良い。お姫様なら更に良い

 :相変わらずご立派様なご立派様だ

 :わかる。何で歩くだけでたゆんたゆんって揺れてるんスかね? ありがとうございます!

 :ところで別れるときにワイの嫁たるテレーゼたんが迅切氏に秋波送ってるように見えたんだけど気のせいかしら? これがNTR?

 :寝てから言え定期

 :は? テレーゼたんは俺の嫁だが???

 :今は俺の隣で寝てるんだよなぁ。昼は凛とした淑女だけどさぁ、夜は意外と激しいんだぜ?

 :その使いどころのないポークピッツしまえよ

 :ちっせぇちっせぇちっせぇわ。貴方が思うより短小です

 :こんな残酷な替え歌ある???

 :ところで秋波って何?

 :牝の瞳

 :は?

 :は?

 :それがホントなら、おいどんはスーパー地球人になり兼ねん

 :おごご……脳が! 脳が!


 おーもろっ。


「それで、どうしたんだ?」

「はい。迅切さんが良ければお手合わせ願えないかなと」

「オレと? 王練の試練ってのは、モンスターの討伐なんだろ。それに、オレは物を教えるのは苦手なんだが」

「それは……その通りなんですが、フェイルーン様が『あれは実質人の形をしただけのモンスターだから度胸を付けるには、丁度良い』と」

「悪い。今から殺人事件を起こしてくるから、また今度な」

「ダメですダメです待って下さーいっ!」


 フェイルーンの元に向かおうとしたオレを止めようと、エレイナが後ろから抱き着いてきた。

 何がとは言わんが、やはり大きいというのは素晴らしいことだ。ふにょんという擬音がしたぞ。

 オレは しょうきに もどった!


 なーんてやり取りをしていると、空気をぶち壊すような警報が鳴り響いた。


「来たか!」

「じゃ、手はず通り、艦の守りは任せたぞ」


 オレはブレイドを展開。スラスターをアイドリング状態にしながらレイゼルに言った。


「ああ。……君に一番危険な役を任せるのは忍びないが」

「いらんいらん。一番強いヤツが、一番危険な場所で、一番強い敵と戦う。安直だが、それが大正義だろ。任せとけって」


 それからエレイナへと向き直る。


「つーわけで、エレイナ。お前は部屋に戻ってなさいな」

「あの、私も!」


 軽くデコピン。

 あう、と一歩後退るエレイナに半眼を向ける。


「今のおのれの仕事は、自分の騎士たちを信じて待つことだよ。フェイルーンもいる。悪いようにはならないさ」

「……分かりました。迅切さんも、どうかお気を付けて!」


 ふむ、お姫サマに見送られながらの出撃ってのも悪くないわね。

 ひらひらと手を振ってからオレは空へと旅立つのだった。



「――あっちか」

『逆です』



◇◆◇




「さてはて。噂の《暴君》とやらは出てくるんかね?」


 黒塗りの戦艦。

 その甲板に立ちながら糸目の男が呟いた。

 周りには二十艘もの戦艦を侍らせており、相応の戦力を保有しているのが分かる。


 まだ目視できる距離にはないが、既に戦艦の方はレーダーに標的を捕捉済みだ。

 そう遠くない未来に両者は激突するだろう。


「分からん。昨日はたまたま戦場に居合わせただけという可能性も捨て切れんからな」


 その隣に立っているのは、浅黒い肌に筋骨隆々とした体躯の男だ。

 糸目の男も痩身というワケではないが、この男が横に立つと相対的に華奢に見えた。


「おいおい、随分弱腰じゃねえか。ビビッてんなら今すぐ帰ってオヤジの雄っぱいに飛び付いても良いんだぜ?」

「俺は可能性の話をしただけだ。下らん挑発はやめろ」

「ああん? テメェ、オヤジの雄っぱいをディスってんのか?」

「俺があの芸術的な大胸筋を貶すわけがないだろう」


 と、珍妙なやり取りを繰り広げる男二人。

 糸目の男は、サーペンス。

 浅黒い肌の男は、ハーティ。

 二人は星間領域に名を轟かす彼の〝極北の旅団〟のメンバーであり、古参かつ側近という立場にある。


 普段は重鎮としての役回りや、別々の依頼を受ける事から、めっきり戦場を共にすることはなかったが、こうして顔を突き合わせることになったのは、他ならぬボスからの命令だった。


「忘れるなよ、サーペンス。我々の仕事は威力偵察だ」

「《暴君》が向こうに付いてた場合は、な。 ま、それでも殺せる隙がありゃサクッと殺っちまって構わないだろ」


 サーペンスの軽佻浮薄な言動に、しかしハーティは特に反応を返さない。

 それはハーティも同じ気持ちだったからだ。


 ――《暴君》。

 近年名を聞くようになり、あっという間にS級冒険者に昇格を果たした、新星のバケモノに付けられた二つ名だ。

 他を隔絶する戦闘センスは、人類の到達点をも超越したと目されており、その実力は自分たちのボスたる《獅子王》をも凌駕すると噂されている。


 ……許せるわけがなかった。

 幾千もの戦場を威風堂々と駆け抜けた自分たちのボスが、ぽっと出の存在に劣ると見做される。

 これほど屈辱的なことがあるだろうか。

 かつて《獅子王》と戦い、その圧倒的な強さと佇まいに心底惚れ込んだ二人からすれば、こんな慮外千万な風説、認められるわけがないのだ。


 噂に偽りなしの男だったとしてもぶっ殺す。

 もしも偽りだった場合は、尚更殺す。徹底的に、徹底的に甚振ってその代償を支払わせる。


 静かに殺意の情動を高める二人の目に飛び込んできたのは、一発のエーテルライフルだった。

 高出力かつ高密度に圧縮されたライフルは、並走していた戦艦を紙くずのように撃ち抜く。


 目視すら及ばない超長距離からの正確無比な射撃。

 まさに一瞬だった。


 こちらが惚けている間に、二射目、三射目が虚空を迸り、やはり容易く戦艦を撃ち抜いていく。


「チッ、何ボサッとしてやがる! 各艦、すぐにシールドを張れえ!」


 一瞬、自らも思考停止したことを恥じながら怒声を飛ばす。

 いる。

 間違いなく憎き標的がいるとサーペンスは確信して歯ぎしりをした。


 戦艦を半透明の膜が覆う。

 〝極北の旅団〟の扱う戦艦は、比較的新造艦だ。

 時と場合によっては、ただのデカい的になり兼ねない戦艦にエーテルにより生成されるシールドを搭載するのは必然と言えよう。


 その硬度は戦艦の射撃でもなければ貫けないほどの耐久力を誇っている――しかし。

 だから何だと四射目のライフルが、無慈悲にシールドごと戦艦を撃ち抜いた。


(オーバースペックとは知ってたが、戦艦並みのエーテル砲を持ってやがんのか!)


 これだけで《暴君》の真偽がどうかは分かった。

 だが、そんなことはどうでも良い。

 自分たちがアレと戦うことは間違いないのだから。


 戦艦からアンチエーテル爆雷が発射される。

 辺りに散布される赤い粒子には、エーテルを拡散する機能が備わっているのだ。

 これによりエーテル砲を減衰させる寸法であり、実際、シールドとの重ね掛けにより、五射目のライフルは防ぎ切ることに成功した。


「総員、出撃しろ! サーペンス!」

「わーってる!」


 隊員たちに続き、二人も出撃した。

 サーペンスは二振りの機械仕掛けの銃剣――ブレイドライフルを握り、背面のスラスターを点火。一気に加速する。

 大盾と銃器を合体させた武装――シールドカノンを背負ったハーティも続く。


 二人が見たのは、横薙ぎに払われた極太のエーテル砲。

 自分たちから射線は思い切りズレていたが、密集地を狙って薙ぎ払われた砲撃は多くの仲間たちを飲み込んだ。


 彼らとて、幾多の戦場を駆け抜けた戦いのプロフェッショナルだ。

 咄嗟に反応したのは流石と言えよう。

 エーテルシールドを展開したのだが、しかし、個人が持ち得るには明らかに過剰火力な砲撃により、その上から叩き潰されてしまった。

 防御より回避を選択した者たちに襲い掛かるのは、クォンタムという無線式のオールレンジ兵装だ。


 縦横無尽かつ時に鋭角的な動きを見せるクォンタムを、肉眼で捉えるのは至難の業である。

 そこから放たれるレーザーの豪雨に曝され、一人、また一人と戦闘不能に追いやられていった。


 そして、遂に忌々しい標的と対面を果たす。


(これ、は……!)


 少し話は逸れるが、エーテルについて語ろう。

 エーテルとは、星間領域を始めとする諸々を創り出した龍種が生み出す万能エネルギーだ。

 それを生命体が得るための方法は二つ。


 一つは、親が元々エーテルを持っているか否か。

 もう一つは、エーテルを保有する生命体を打ち倒すことだ。


 前者は完全に親次第。

 後者は一見、本人の努力次第で幾らでも伸びしろがあると思うだろう。

 しかし、エーテルの総量は、とある条件を満たすことにより、固定化してしまうのだ。


 それが星間行路の完全攻略である。


 初めて星間行路を踏破し、出口にあるゲートをアクティベートした瞬間、攻略のリザルトが始まるのだ。


 攻略に掛かった日数。

 ゲート及び星間行路に於ける情報の有無。

 パーティメンバーの数。

 倒したモンスターの数。

 逃走した数。

 星間行路から撤退した回数。

 滞在時間etc……


 他にも評定の項目はあり、その成績に応じた報酬としてエーテルが更に加算され、その報酬を最後にエーテルの上限値は固定化するのである。


 だったら星間行路を完全攻略せずにモンスターなり何なりを狩り続ければ――なんて考えも通用しない。

 雑魚狩りで得られるエーテルは微々たるものだ。

 チマチマ経験値を稼ぐ暇があるなら、さっさと星間行路を完全攻略して報酬を貰った方が得られるメリットは遥かに多いのである。


 事実、何十年も星間行路で経験値稼ぎに明け暮れ、

『こ、これだけのエーテル量……一体どれだけの試練を課したというのですか!?』

『何って……ただ何十年も星間行路で戦い続けただけだが???』

 という展開を期待したオッサンが、いざ星間行路を完全攻略してみると、報酬で得られるエーテル量は悲惨の一言。

 結果、慎重に慎重を重ね、大人数を確保し、安全マージンもしっかり取ったぬくぬくベリーイージーモードの攻略者にすら劣る哀しき存在が誕生する悲劇が何件もあった。哀れ。


 要するに、高い難易度で縛りを設け、その上で好成績を出した分だけエーテルの総量が増えるというわけだ。

 

 ならば。

 ゲートの発生に巻き込まれ、星間行路の情報が一欠けらもないまま。

 最初から最後までずっと孤独に何千何百というモンスターを屠り。

 ただ一度も星間行路から撤退することなく完全攻略を果たせば、どうなるか。


 前人未踏の偉業を為した結果が、そこにいた。

 圧倒的という言葉すら生温い莫大なエーテルを湛え、その身から放たれるのは、自分に並ぶ人間などいないと言わんばかりの、全てを捻じ伏せるような覇気。

 否定したいのなら抗ってみろとばかりに不敵な笑みを浮かべ、


「それじゃあ――レイドボスの始まりだ」


 《暴君》――迅切薙刃は、己の代名詞たる、大きな青の機械翼を広げた。



 

 

 

――――――――――――――


今更ですが、初めまして、(暫定)黒兎と言います

今までこの作品を読んでくださった読者の方々に始まり、高評価やお気に入り登録、感想を書いて下さった方々には感謝の念に堪えません。

おかげで今も無事連載を続けさせてもらっております


今回、後書きの方を用意したのは、前話の最後にちょっと文章を書き加えたためです。正味、何の伏線もないロマンティクスだったので、少し手を加えました。

とは言え、本当にちょっとだけですが。


これからも毎日……とまではいきませんが、コンスタントに更新を続けていくので、どうかよろしくお願いします。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る