第28話 VS 迅切薙刃
(なるほど。コイツは間違いなく本物だ)
重力を伴っていると錯覚しそうなほどの圧倒的な圧力。
それをヒシヒシと感じながらサーペンスは、自分の中にある《暴君》への情報を大幅に書き換えた。
もちろん上方修正だ。
だが、それは戦いを辞める理由にはならない。
猟兵が戦場と定めておきながら戦う前に尻尾を巻いて逃げるなど、これほどの恥辱があるものか。
矛を交えるなら、弱者より強者を。
誇りを捨てるくらいなら死を選べ。
それが一流の猟兵たちの共通認識である。
事実、この場に圧倒される者はあれど、逃げ出す者は一人といない。
そも、想定以上だったのは確かだが、この場合のプランも共有済みなのだ。
既に覚悟は完了していた。
様子見はしない。初手から最大火力を叩き付ける。
サーペンスは、緩やかな包囲網を形成しつつあった猟兵たちは、合図もなしに引き金を引いた。
アンチエーテル爆雷の散布内だが、この距離ならほとんど減衰効果は受けない。
それに対して《暴君》――薙刃が取ったのは真正面への突貫だった。
驟雨と降り注ぐ銃撃を圧倒的な加速力で振り切りながら包囲網を突破すると、振り向きざまに身の丈ほどある機械仕掛けの大剣――ブレイドカノンと、トンファーのように握り込んだスナイパー、無線式オールレンジ武装のクォンタムを放った。
「チッ、やり辛え!」
薙ぎ払うことのできるエーテルカノン。
射程・弾速・貫通力に優れたエーテルスナイパー。
縦横無尽・四方八方から襲い掛かるエーテルライフル。
見事に対処法の異なるそれらが一斉に放たれ、しかもエネルギーは無尽蔵と言わんばかり連射するものだから非常に厄介極まりない。
幸い、数は圧倒的にこちらが有利。
個人に対し、五割の戦力――およそ二百人を差し向けるのは明らかな異常だ。戦いの定石が根底から覆っている。幾百の戦場を駆け抜けたサーペンスですら初めてのケースである。
どぅ、と背後からハーティのエーテルカノンが迸る。
砲撃の規模は薙刃のエーテルカノンに匹敵するレベルだが、アレのように薙ぎ払うのは不可能だ。
そんなことをすれば、あっという間にエーテルが枯渇する。
既に十発以上を撃っておきながらピンピンしている薙刃がおかしいのだ。
その薙刃は襲い掛かって来るエーテルカノンを事もなげに回避する。
だが、それは織り込み済み。
この攻撃の本命は、エーテルカノンを遮蔽物に見立てて接近するサーペンスだ。
背面に展開するスラスターをフルアクセルに肉薄する――しかし。
「追い付けないだと!?」
寧ろ距離は離される一方だった。
そのバカげた加速力にサーペンスは目を見開く。
あの青い機械翼の性能にも驚いたが、それ以上にサーペンスを驚愕たらしめたのは、あれだけ加速しておきながら自在に空を翔ける薙刃のセンスだ。
ただ飛ぶだけなら、周りの者たちのようにそう難しくはない。
ブレイドが補助的な役割も担ってくれるからだ。
だが、スラスターという外付けの推進器を装備すると、途端に難易度が跳ね上がる。
桁違いの加速力を得る代償に、速度を上げれば上げるだけ姿勢制御は難しくなり、動きも単調になりがちとなる。
また、自分の意思でスラスターの推力や向きを調整する必要もあったりと、寧ろデメリットの方が多いくらいだ。
故に、スラスターの装備は、天性の資質に委ねられる。
その資質に選ばれたのがサーペンスであり、薙刃というわけだ。
他にもスラスターを装備している者はいるのだが、一割にも満たない辺り、かなり希少性の高い資質だと分かる。
苦し紛れにライフルを放つが、当然とばかりに避けられる。
一発のクォンタムがサーペンスを奇襲した。
周囲への警戒を怠らなかったため難なく回避に成功したのだが、こちらの思惑をそのまま返すように急接近した薙刃がすれ違い様に一閃。
サーペンスのブレイドライフルの片方が斬り飛ばされ、こちらが追いすがる暇もなくバカげた加速力で再び距離を取られてしまった。
(懐に入り込めばと思ったが)
真っ二つになったブレイドライフルを収納しながら歯噛みする。
サーペンスがコンパクトなブレイドライフルを採用しているのに対し、薙刃の武装は身の丈ほどある巨大なものだ。
誰が見ても分かる取り回しの悪さ。
刀を携帯しているが、スイッチするにも一瞬ながらの時間を有する。
戦場に於いての一瞬とは、致命的だ。
だから取り回しの悪さを狙うつもりだったが、そもそも追い付けないのでは話にならない。
サーペンスが追い付けないのなら、今のままでは懐に飛び込むなど夢のまた夢。
何せ、背面にスラスターを展開しているのは、サーペンスを含め、十名しかいないのだ。
しかも他九名はサーペンスの速度にすら及ばないのだから、別の手を打たなければ追い込むのも難しい。
そうこうしている間にも、薙刃は仲間たちの数を減らしていった。
追いすがろうと奮闘しているが、掠り傷一つ与えらず返り討ちとなる。
彼らも上澄みの実力者だ。
例えどの国に士官したとしても高待遇で迎えられるほどの強者揃いである。
だというのに、そんな仲間たちが雑兵扱いだ。
怒りはある――が、憎しみはない。
そもそも人の命を奪いに来ているのだ。
だというのに仲間の命を奪われたからと相手に憎悪を抱くなど、恥知らずも良いところである。
サーペンスはそういう割り切りができる男だった。
(大まかのスペックは把握した――が、何とか『アレ』の把握もしとかねえと)
仲間の一人が『やりますか?』という視線を向けてきたが、サーペンスはかぶりを振った。
まだこちらの切り札を切るのは早すぎる。
他の手段を使いたかった。
「……しゃーねえ、俺がやるか」
ガリガリと頭を掻き、携帯端末EVEを操り、ハーティに指示を飛ばす。
収納したブレイドライフルを取り出す。
薙刃に折られてしまったソレは完全に元通りとなっていた。
時間とエーテルを消費するが、ブレイドには自己修復機能が備わっているのだ。
――〝血風双牙〟。
サーペンスの身体から血液のようなエーテルが放たれ、その瞳孔は猫や蛇のように縦に伸びた。
シィィィィィ、と深く呼吸を吐き出した後、その姿が掻き消える。
その速度は薙刃の加速力をも上回っていた。
瞬く間に距離を詰めたサーペンスによる、完全な死角からの刺突。
しかし、致命の一撃を狙った切っ先は、救い上げるように振り上げたブレイドカノンによって防がれてしまった。
だが、距離は詰めた。
サーペンスは空かさず二振りのブレイドライフルのラッシュを繰り出した。
その剣閃に薙刃の目が丸くなる。
サーペンスの攻撃は、人体の可動域を完全に無視した複雑奇怪な斬撃の嵐だったのだ。
ぐにゃりぐにゃりと蛇のように身体が捻じ曲がり、剣筋の予測を狂わせる。
これには流石の薙刃も対応が遅れ――ることはなく、嵐のような斬撃を掻い潜りながら抜刀。
両者は巧みに位置を入れ替えながら、まるで早送りのように激しく切り結んだ。
一つ瞬きをする内に、五つの剣閃が飛び交う。
複雑な輪舞を踊るかのように両者の激突は続いた。
――――――――――
本当はVSサーペンスというタイトルにしようと思いましたが、前のタイトルにレイドボス系と書いたので、敢えて逆を選択。
主人公の強キャラ感を出すには、三人称かつ敵視点の方が個人的には伝わりやすいと判断したので、基本的にネームドキャラと戦うときは三人称的視点を採用します。
Q.〝血風双牙〟って何ぞ
A.幕間に出てきた天賦。次話、もしくはその次話辺りで解説します。
簡単に言えば必殺技です。
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