第29話 俺たちはおにいちゃんだぞ!!!
一方、ラシュアン軍と〝極北の旅団〟との戦いは均衡状態にあった。
戦闘員の数はほぼ互角。一人ひとりの実力は〝極北の旅団〟に軍配が上がるのだが、それを補うように戦艦からの援護が飛ぶ。
〝極北の旅団〟を撤退に追いやるのがラシュアン軍の勝利条件なのに対し、〝極北の旅団〟は最奥に控える戦艦を撃沈し、暗殺対象であるエレイナを仕留めるだけで良い。
それでも〝極北の旅団〟の表情が優れないのは、別の戦域で繰り広げられている薙刃による蹂躙が原因だ。
彼らは何れもが数多の戦場を駆け抜けた歴戦の戦士たちだ。
自分たちより強い戦士など幾らでも見てきた。
そして、そんな猛者ですら死ぬときは呆気なく死ぬという事を知っている。
ジャイアントキリングなど日常茶飯事。
無敵の存在などいないというのが、彼らが戦いの中で確信に至った絶対の真理である。
――その絶対の真理が、今まさに崩壊しようとしていた。
何だ、アレは。
本当に自分たちと同じ人間なのか?
考える。考える。考える。
どれだけ思考を巡らせても、アレを倒せるビジョンが欠片も沸かなかった。
アレがいつこちらに参戦するか、常に脳裏に在中し続けるその問いが、〝極北の旅団〟に精神的な圧力を与えていた。
気が逸った一人が身の丈ほどあるエーテルカノンを構える。
照準は最奥に佇む戦艦。
トリガーを引くと、大量のエーテルがごっそりと持っていかれる虚無感に襲われるも、その甲斐あって戦艦すら一撃で沈める大火力のエーテル砲が迸った。
しかし、そのような安直な攻撃を許さない騎士が一人。
レイゼルは左手に装備した大盾を掲げた。
するとエーテルにより形創られた半透明の城塞が出現し、その砲撃を受け止める。
着弾の衝撃により光が爆ぜた。
そのエーテルが風に攫われ、五体満足のレイゼルが露になる。
「バカな……!」
気が逸った砲撃手は、自分のミスに気付かぬまま肉薄していた騎士に切り裂かれた。
『ご無事ですか、レイゼル隊長』
「ああ、問題ない」
通信士からの言葉に頷きを持って返す。
グーパーと握り開きを繰り返し、自身の調子を確かめた。
あれはレイゼルのラシュアンを護るという堅牢な決意に端を発する代物だ。
本来なら、その防御力に見合うだけのエーテルを消費するのだが、レイゼルの身体には未だエーテルが満ち満ちている。
その理由は、大盾と戦艦とを接続するケーブルだ。
これによってレイゼルは戦艦から供給されるエーテルを使い、城塞を顕現できるようになった。
その結果、レイゼルは戦艦から離れられなくなったが、彼の顔に憂いはない。
今のラシュアン軍には最強の矛がいるからだ。
そんなレイゼルを襲う影――いや、影すらもなかった。
彼の首元を断たんと振るわれる不可視の刃。
レイゼルは勢いでケーブルを引き抜きながら、大盾で防いで見せた。
「……防がれた」
「二度も同じ醜態を晒すわけにはいかないさ」
透明のヴェールが剥がれるように、レイゼルの前に大剣のような厚みと長さをした大槍を握る少女が現れた。
「――――」
その姿にレイゼルは言葉を失う。
大き目な獣の耳。新雪のように真っ白な長髪。美しい容貌。もふもふと広がる五本の尻尾。
やや吊り気味の目には、赤のアイラインが引かれている。
そこまでは良い。問題は彼女の衣装だった。
肩先から胸元までをザックリと露出させた和装からは、豊満という言葉を体現するかの如く実りに実った双丘の北半球がその存在を主張していたのだ。
そのサイズはエレイナのものに匹敵するだろう。
ふとした拍子に零れ落ちてしまいそうなソレを認めたレイゼルは、そっと目を逸らした。
「?」
そんなレイゼルに疑問符を浮かべる女。
少女は外見こそ花街を闊歩するような妖艶な出で立ちだが、その瞳は対を為すかのように純粋無垢なる色彩があった。
要するに、中身は幼女。見た目は大人ということだ。
最寄りの戦艦に真逆の
ふるふるとかぶりを振るい、改めて気を引き締めようとしたレイゼルだったが、その様子を目敏く嗅ぎつけた者がいた。
「き、き、貴様あああーー! 今、俺たちの雪姫たんに厭らしい目を向けたなああああああああーーーーっ!!」
猟兵の一人が怒り心頭といった様子で絶叫した。
「は? な、何を言っている!?」
もちろん身に覚えのないレイゼルである。
寧ろ彼は紳士に努めた方だったのだが、猟兵には――猟兵たちには通用しない。
「な、な、何だとおおおおおーーーーっ! 俺たちのヒメっちに爛れたオスの目を向けたってのか!」
「ゆ、許せねえ! 雪たんは俺たちの教育方針によりまだ思春期すら来てないってのに!」
「身体は大人。中身は子どもな雪姫を穢したいと、その背徳感を存分に味わいたいと、そう言ったのかああああああーーーー!?」
「そんなにおっぱいが良いのか!? そんなにおっぱいが良いのか!? ――分かる!! でも雪姫に手を出すのは許さあああん!」
「そう言えば、あのお姫サマも雪たんに匹敵するご立派なものをお持ちだったな!」
「そうか! そういうことだったのか!」
「こんのおっぱい騎士があああああーーーー!!」
非難轟々である。
彼らにとって件の少女は、目に入れても痛くない可愛い可愛い妹分なのだ。
俺はお兄ちゃんだぞ!! と、その目は血走っていた。
ありったけの、そして謂れのない罵詈雑言に思考が停止するレイゼルと、無表情のまま可愛らしく小首を傾げて疑問符を浮かべる少女。
「ち、違う! 誤解だ! 断じてそんなつもりはないッ!!」
ハッと正気に戻ったレイゼルが慌てて弁明を叫んだ。
「は??? 俺らのヒメっちに魅力が無えって言いたいのか!? 野郎ぶっ殺してやる!!」
「どうしろと!!?」
進むも地獄退くも地獄な状況に堪らずレイゼルは頭を抱える。
そこを無慈悲に隙ありと見做した少女――雪姫が身の丈を大きく超えた大槍を振り抜いた。
しかし、またしても雪姫の攻撃は阻まれる。
それは彼の隣に舞い降りたリゼだった。
彼女も薙刃と同様の依頼を受諾していたのだ。
背面に桜色に輝くエーテルウイング型のスラスターを展開し、肩に大鎌を背負いながら雪姫と相対する。
「ったく、なに敵の術中にハマってんのよ」
「術中なのか、これは……!?」
「知らんわよ。アイツは私がぶった斬るから、アンタは今まで通り艦を護ってなさい、おっぱい騎士」
「よし、この戦いが終わったら心行くまで話し合おう」
レイゼルがそう言った瞬間には、リゼは雪姫に斬り掛かっていた。
高いセンスが要求されるスラスターで瞬く間に加速して大鎌を振るうリゼと、大槍で応戦する雪姫。
大鎌と大槍が何合も切り結び、互いに弾かれたように距離を取る。
「……貴女じゃ私に勝てない」
数手で実力差を見切ったのか、淡々と雪姫が言った。
ピキリと青筋を浮かべるリゼ。
「上等じゃない。冷静沈着と名高いこの私を怒らせたのは、アンタで二千六百五十九人目よ」
キレ散らかしすぎでは?
レイゼルはそう訝しんだ。
――と、少し離れた戦場でコミカルな展開が起きている間。
「ゼェ……ゼェ……ッ。こんのバケモンが……!」
「――――」
レイドボスがバリバリのレイドボスをやっていた。
――――――――――
なお、レイゼルたちのやり取りが耳に入っていたら爆笑して致命的な隙を晒していた模様。
Q.エーテルウイング型のスラスターって何?
A.主人公がSEEDのフリーダム系列っぽい翼なら、こっちはギアスのランスロットアルビオンやネプテューヌシリーズみたいな翼。
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