第30話 一先ずの幕引き
全身に切り傷を追いながらも、サーペンスは未だ信じられなかった。
勝てないのは分かっていた。
だから時間稼ぎのつもりだった。
攻めは控えめに、ヒット&アウェイを繰り返して戦いを長引かせるつもりだったのだ。
だが、蓋を開けてみれば、この体たらく。
あっという間に動きを見切られ、瞬く間に全身が血みどろとなった。
サーペンスは自らの不甲斐なさに歯噛みしながら、悠然とこちらを見下ろす薙刃を睨めつける。
しかし、薙刃の後方に映る景色を見遣り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「《暴君》……確かにテメェは桁違いに強い。だが、無敵というわけでもなければ、全てを一人で賄える神でもねえ。――俺たちの作戦勝ちだ」
「おん? そりゃあ、あの集束砲撃のことか?」
やおらに薙刃が振り返る。
数百メートルほど離れた空域では、シールドカノンを装備した巨漢の男――ハーティが砲撃の準備に入っていた。
銃口の先端には莫大なエーテルがチャージされており、その濃度と圧縮率は現在も上昇中だ。
集束砲撃とは、使い終わったエーテルを再利用する技術の一種である。
使い終わった――とは、エーテル砲を始めとした、消費されて霧散したエーテルのことを指す。
それは世界中に満ちるエーテルよりも軽く、干渉と回収がし易いのだ。
とは言え、こちらもスラスターによる高速移動と等しく高等技術ではあるのだが。
つまり集束の技術は、エーテルという貴重な資源を存分に現地調達できるのだ。
誰もが自身のエーテルと相談しながら戦うのだ。この恩恵は非常に大きく、これを扱える者の大半が一発逆転の切り札として重宝しているほどである。
現にハーティがチャージしているエーテル砲は破格の一言だ。
例え薙刃であっても直撃すれば相応のダメージは免れない。
しかし、薙刃に警戒の色はなかった。
薙刃からすれば、あの距離からの射撃ならば簡単に避けられるし、そもそも銃口が薙刃に向いていなかったのだ。
照準先は、エレイナの乗艦する戦艦だった。
薙刃からすれば護衛対象の危機だが、それでも行動に移さないのは、あそこには守護に特化したレイゼルがいるからだ。
彼の能力は事前に聞いている。
それが事実なら、ハーティの集束砲撃だろうと打ち崩すことは不可能なはずだ――が。
「おい、レイゼル。何をしている。……聞こえてねえのか? レイゼル!」
即座にブレイドの通信機能を使い、彼とコンタクトを取ろうと推し量ったのだが、反応はなかった。
訝しげに眉根を寄せ、レイゼルたちの方を見遣る。
そこには堅実に戦艦の守りに徹するレイゼルと、その近くには煽情的な和装に身を包んだ白髪の獣耳少女と武器を打ち合うリゼの姿。
しかし、両者とも自分たちすら飲み込まんとする砲撃がチャージされていることに気付いていないようだった。
視覚的にも感覚的にも、これ見よがしだというのに、だ。
増々眉間のシワが深くなり――原因を看破すると舌打ちをした。
「あの女が原因か」
「ご名答。俺らの妹分は、ああ見えてうちのナンバー2だからな。あいつの幻術から抜け出すのは、ちょっとやそっとじゃ不可能だぜ?」
「妹分に負けて恥ずかしくないんですかあ?」
「うっせぇ!」
二人が気付かないとは、相当上手くやったのだろう。
幻術――というより幻惑系の能力は、相手の精神の強度により成功率や効力が変わる。
あの煽情的な和装もそれが狙いだろう。
同時に、レイゼルの精神を揺さぶる何かがあったか――。
仕方ないと自分が対処に移ろうとした薙刃だったが、その前にサーペンスが立ちはだかった。
「行かせるかよ! テメェは命に代えても俺が――」
言い終わる前にその顔面を薙刃が鷲掴みにした。
「誰に向かって大層な口を利いている」
その手の平が輝き、次の瞬間には爆発した。
手を離すと、白目を剥いたサーペンスが重力に従い落下していく。
それに一瞥をくれることもなく加速しようとしたのだが、サーペンスと同様に周囲にいた猟兵が足止めに入った。
「これ以上はやらせん!」
そのうちの一人が薙刃に狙撃をさせないためアンチエーテル爆雷をばら撒いた。
しかもかなり濃度の高い代物だ。
これでは国宝と謳われた薙刃のブレイドであっても、エーテル砲を通すのは難しい。
遠距離の攻撃手段がエーテル砲しかない薙刃の唯一の欠点を突かれる形となった。
薙刃は面倒なと思いつつ〝極北の旅団〟の評価を上げた。
構わず進路上にいる者だけを斬り伏せ、強引に包囲網を突破する。
アンチエーテル爆雷の散布内からも抜け出したが、今から射撃するよりも翔け抜けた方が速い。
しかしハーティの砲撃を止めるには一歩遅かった。
自らに肉薄しながら刀を振り抜く態勢に入った薙刃を一瞥し、ハーティが引き金を引く。
莫大な――破壊の権化たるエーテルカノンが放たれた。
「俺たちの勝ちだ――ぐあっ!」
ハーティを一刀の元に斬り伏せ、虚空を迸る極大のエーテルカノンを見遣る。
白髪の獣耳少女が射線上から距離を取り、そこで幻術が切れたのか、ようやくレイゼルたちは押し寄せるエーテルの奔流に気付いた。
愕然と目を見開く二人。
薙刃はパチンと指を鳴らす。
すると射線上の中空に真っ黒な波紋が無数に展開された。
波紋と波紋が重なり合い、その面積が瞬く間に広がると、そのまま何てことないかのように極大のエーテルカノンを呑み込んだ。
その異様な光景に、戦場が不気味なほどに静まり返った。
誰もが言葉を失う中、音もなく忍び寄る影が一つ。
「――――!」
咄嗟に刀を振るった薙刃の攻撃がガキンと敵の得物に阻まれる。
二合、三合、四合と打ち合い、最終的に薙刃が押し返される結果となった。
「っとと、これでも反応するたぁ流石は《暴君》殿ってところかあ?」
深みのある、しかし軽佻な調子を含んだ声。
髪をオールバックに流した巨漢の男が、気絶したサーペンスを片手で担ぎながら悠然と突っ立っていた。
もう片方の手には、二メートル半はあるブレイドライフル。
同じ巨漢のハーティよりもやや小ぶりだが、筋肉の密度は桁違いだ。
覇気の如く纏うエーテルも相当であり、事実、薙刃を片手で押し返したのだから相当な手練れなのは明白である。
「アンタは……そか。アンタが《獅子王》ってヤツか」
「そういうこった。部下共が世話になったみてえだな」
「じゃ、世話代として有り金全部置いてってもらおうか」
「テメェは山賊かよ」
なるほど。こりゃ《暴君》だ。いや、つかただ性根が終わってるだけか? などと呆れた顔をする《獅子王》に、息も絶え絶えなハーティが声を掛ける。
「すまない……団長」
「気にすんな。そういう作戦だったろ。お前らはよくやってくれた。作戦は
「あん?」
訝しげな反応をする薙刃だが、構わず《獅子王》は声を張り上げた。
「つーわけだ。野郎ども! 撤退すんぞお!」
その言葉に猟兵たちは戦いを中断、牽制しながら距離を取った。
「逃がすとでも?」
「お前さんは見逃すさ。じゃないと五千キロ以上離れた場所から『重力崩壊砲』が放たれるからな。さすがの《暴君》でもコレは防げんだろ。さっきのアレは射程距離はそう長くないみたいだしなあ」
――じゃないと、わざわざ距離を詰めた意味がない。
その脅しには薙刃も閉口せざるを得なかった。
重力崩壊砲。
その名の通り、重力を崩壊させ、ブラックホールを発生させる砲撃だ。
事実、五千キロ以上離れた空域には、〝極北の旅団〟の母艦が滞空しており、その先端に設えられた艦首砲はいつでも重力崩壊砲を撃てる態勢に入っていた。
これを発射すれば、着弾点から半径数千キロ以上の空間は根こそぎ削り取られるだろう。
「チッ」
渋々と薙刃は武器を降ろし、クォンタムも引き戻した。
「……団長」
猟兵たちが引き上げていく最中、《獅子王》の元に白髪の獣耳少女――雪姫が合流する。
薙刃はエレイナに匹敵する圧倒的な胸部装甲を見遣り、それから彼女の美貌を見遣り、その瞳に奥にある稚気を見遣り、この顔と身体で純粋無垢は無理があるでしょ、と零した。
近くを通った猟兵の一人が『超頑張った』とサムズアップ。
手ぇ出して良い? とハンドシグナルで尋ねると、その親指が下を向いた。ダメかー。
「雪姫か。お疲れさん」
「別に疲れてない」
彼女と戦っていたリゼの様子を横目で窺う。
リゼは負傷しながらも未だやる気は満々といった様子だ。
雪姫に向かって逃げるなだの何だのと叫んでは、レイゼルに取り押さえられていた。
雪姫の視線が薙刃に向く。
「……貴方が《暴君》」
「《暴君》? ヤツは死にました。ここにいるのは、女性には優しく対等にをモットーに掲げる《紳士》にございます(キラキラキラ)」
「? ……この世は弱肉強食。対等に何の価値があるのか分からない」
「オレが《暴君》だ。《紳士》? 草食系如きが小賢しいわ」
「何だこの面白え生き物」
《獅子王》はケラケラと笑った。
「なあ《暴君》よ。お前さん、名前は?」
「迅切薙刃」
「俺はデュークだ。次、会うときは存分に殺し合おうぜ」
「それは別に構わないが……ま、同じことされたら厄介だからな。お互い、痛み分けっつー形にしとこうぜ」
「あん?」
言うや否や、薙刃はクォンタムとライフルを合体させた。
更に長大なライフルへと変貌を遂げたソレの引き金をノータイムで引き、轟音と共に放たれたエーテルスナイパーが虚空を迸る。
その方角にまさかと目を見開いたディークは、母艦からの報告に二重に驚くこととなる。
《団長、申し訳ございません! 艦首砲を撃ち抜かれました!》
「おいおいマジかよ。何千キロ離れてると思ってやがる。どうやって見つけたんだ?」
「勘」
どこかなー?
そこかなー?
ここかなー?
当たるかなー?
当たればいいなー。
多分、オレなら当てられるなー。
当たった(今ここ)
「――なるほど。こいつぁ脅し方はミスったな。どうするよ? こっちのアドバンテージが無くなったわけだから、早速第二回戦と行くかい?」
「そこまで恥知らずじゃねえよ。帰れ帰れ」
しっしと追い払おうとする薙刃。
確かに安全圏を測り間違えたのはデュークのミス(これをミスとするのは暴論に等しいが)だが、交渉をせず容赦なく重力崩壊砲を撃つ選択肢もあったことを考慮すると、ここが落としどころと判断したのだ。
踵を返すデュークの後ろ姿に一瞥をくれてから、薙刃も母艦へと帰還するのだった。
――――――――――
・重力崩壊砲
〝
その名の通り、重力を崩壊させ、ブラックホールを発生させる砲撃。
世に出回っている物は、その弟子が作った劣化品だが、それでも着弾点から半径千キロ以上の空間を根こそぎ削り取る火力を誇っている。
なおオリジナルの開発は母星にて行われており、試し撃ちをした結果、母星はおろか銀河系諸共ブラックホールの渦へと消えた。
この光景を別の銀河から観測したヘルワースは一言、
「ワシってば天才ね!」
ヘルワースは魂を数百に切り分け、それらを幼女のホムンクルスに移し替えて千年以上も活動しており、自らの探求心の赴くまま世界中に救済もしくは破滅をばら撒いている。
何千垓という人々を救い、何千垓という犠牲者を生み出した。
「ワシってば天才ね!」
この言葉を聞いた世界は、救済か破滅かのどちらかしかあり得ない。
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