第31話 天賦
よっこいせ、と甲板に着陸したオレを待ち構えていたのは、
「負ーけーてーなーい! 私は絶対に負けてなーい!」
ジタバタと見苦しい言動を重ねるリゼだった。
「A級冒険者の姿か? これが……」
:――生き恥
:めっちゃ痛ぇけど取ったどー!
:奇跡のコラボやめろ
:まだまだ心眼が足らぬ
:あの真っ白な獣耳少女は、めっちゃ物静かだったのに
:未だあのえっちな和装が頭から離れん
:あの獣耳少女を見たとき、なんというか、その、下品なんですが、フフ……下品なんで止めておきますね
:偉い
:よく止まった
:何がとは言わんが夜のおかずが決まったとだけ言っておきますね
:詳しく言っとるが
「うう、まさかこの私が幻惑に引っ掛かるなんてえ……!」
「ま、向こうもかなりの使い手だったみたいだし、しゃあないんじゃね?」
リゼはかなり直情的な性格をしてっからな。
レイゼルもそうだが、真っ直ぐな人間ほど幻惑にハマりやすいのよね。
「……アンタなら?」
「余裕で防げますね」
「ムキーッ!」
「草」
保有しているエーテル量が違えば、相対的にあの手の能力は効き辛くなるからな。
オレくらい莫大なエーテルを保有しとけば、人ひとりが行う幻惑ならばオートで弾ける。
今何かしたかぁ……? というヤツだ。
:そういや途中から異能バトルに発展してたけど、アレなんだったの?
:ね。レイゼル氏が城塞みたいなの展開してたし、敵も何か凄いことになってたし、迅切氏も空間系の能力使ったよね?
:空間系とか絶対強キャラやんけ
「ああ、そりゃ天賦だよ」
うーん、今の地球人には、ちと早すぎる情報だと思うが、まあ大丈夫か。
そう判断したオレは天賦について解説を始めた。
まず、天賦とは技術の昇格――簡単に言えば必殺技だ。
レイゼルのように城塞を顕現させたり、あの白髪の獣耳少女のように幻惑を見せたりと、できることの範囲は非常に大きい。
というか、エーテルというコストを確保できるのなら、理論上は何でもできる。
もしもコストが足りない場合は、自らに『宣誓』を懸ける形で補うことも可能だ。
例えば、〇〇のときは〇〇しなければならない。
例えば、〇〇をすれば〇〇ができる――とか。
ケルト神話でいうゲッシュ。
或いは古代日本で行われていた宇気比みたいなもんだ。
レイゼルなんかは『城塞を発動するとき自分は動いてはならない』とか『あらゆる攻撃を防ぐ代わりに、一度しか攻撃を防げない』とか宣誓してんじゃねえかな。
まあこれはあくまでオレの想像だけど。
天賦に目覚める条件は、ただ一つ。
星間行路を完全攻略することだ。
そうすれば自然と『これをこうすればこうこうこういう天賦が作れる』という閃きが起こり、感覚的に天賦がどういうものかが分かるようになるのだ。
……ちなみに色々と縛りを設けて星間行路を完全攻略すると、報酬としてエーテルが増加する云々の話は避けた。
コレ言うと多分すんごい死者が増えるからね。
それに少数精鋭よりも数を揃える方が国は安定するからの。
――などとオレが天賦について色々説明していると、リゼがガバッと起き上がった。
「そうよ天賦よ! 忘れてたわ! アイツは天賦を使ったけど、私は使ってなかった! 天賦を使ってたら絶対に私が勝ってた! つまり勝者は私! 何で負けたのか、明日までに考えておくことね! ほな、治療に行ってきます」
アホ丸出しの戯言をほざきながら艦内へと去っていく。
言動が三下なんだよな。
:スゲェ暴論を聞いた
:つか、何であのフレーズを異世界人が使っとるんよ
:ヒント『知り合いに地球人』
:節子、それヒントちゃう。答えや
:ミーム汚染は異世界にも広がるんか
:チピチピチャパチャパドゥビドィビダバダバと……!
:まあそれだけ悔しかったんやろな
「悔しいか。負けたことないからよく分からんな。敗北が知りたい」
:この男ホンマ
:誰かこの才能マンを分からせろ!
:無理です(無理です
軽く視聴者を煽っていると、ツンツンと背中を突かれた。
振り返ったオレが人物を認めるよりも早く――
「じゃーんけーん、ぽいっ」
そんな声に、反射的に手を出した。
オレ、グー。
相手、チョキ。
「あら、負けちゃいました」
「どうしたんだよ、いきなり」
オレの背中を突いたのは、エレイナだった。
たはーと頭を掻くエレイナに半眼を向ける。
「いえ、敗北が知りたいと仰ってたので、じゃんけんならいけるかなと」
「その敗北はまた別ジャンルじゃろ」
「そうですね」
:は? 可愛いかよ
:背中ツンツンからのじゃんけんってどうやったらイベント発生するんですか?
:条件その1、イケメンに生まれ変わる
:ワァ……
:こんな可愛くて親しみやすい女の子がお姫様とかマ???
:凄くおっぱいも大きいゾ!
:自分、ガチ恋良いッスか?
「迅切さんは大丈夫でしたか?」
「ん?」
エレイナが心配そうにこちらを見てくる。
「その、一番危険な役回りをやると言ってたので」
ああ、だからわざわざ様子を見にきたのか。
「ご覧の通り。掠り傷一つ負ってないから安心しな」
「そうですか……安心しました」
ホッと胸を撫で下ろすエレイナに苦笑する。
「ただの冒険者にお姫サマがそんな気ぃ使うんじゃないよ」
「迅切さんはただの冒険者じゃありませんよ。テレーゼの大事な人ですから」
遠くを見つめるエレイナは、どこか羨望に満ちていた。
『――見ていてあげてちょうだい』
不意に、昨夜のテレーゼの言葉を思い出す。
『――ありのままを認めてくれる人がいる。それだけで救わることもあるのだから』
そういや、そんなことを言われてたんだったな。
ありのままか。
茶化すにしてもお姫サマ呼びは辞めといた方が良さげだな。
「エレイナの方こそ、大丈夫か?」
「え? 私ですか?」
キョトンと目を丸くするエレイナに頷きを返す。
「もちろん大丈夫ですよ! 迅切さんや皆さんが守ってくれましたから、この通り!」
むんっと健在であることをアピールするエレイナだが、そうじゃないんだよなあ。
「そっちじゃねえよ」
そこんところは寧ろ欠片も心配してない。
フェイルーンがいれば、死んでない限りどんな重傷だろうと一瞬だからな。
実際、さっきの戦いでもゾンビ戦法やってる騎士も何人かいたっぽいし。
名も無き騎士すら覚悟ガンギマリとか怖いわあ。
とりあえず、配信は一端ミュートにして、と。
「オレが言いたいのは、心の方だよ」
「心、ですか?」
エレイナは疑問符を浮かべ、小首を傾げる。
本当に分からないといった様子だが、
「あの襲撃を仕掛けてきた下手人は、お前の兄弟だろ。腹違いとはいえ、辛くないか?」
オレの言葉に「ぁ」と言葉を漏らし、表情を曇らせる。
それから、どうしようもないとばかりに力なく笑った。
「……昔は、こんなことをする人じゃなかったんですよ? ちょっと横暴なところはありましたけど、同時に面倒見も良かったんです。子どもの頃は、色んな場所に連れて行ってもらって騎士の人たちにいっぱい迷惑を掛けました」
それは過去に想いを馳せる、慈しみに満ちた言葉だった。
エレイナにとっては大事な想い出だったんだろう。
「ただの兄と妹だった関係が変わったのは、武術の稽古が始まってからでした」
哀しげに目を伏せるエレイナが語ったのは、『才能』という、どうしようもない素養によって崩壊していく日常だった。
――――――――――
レイゼルの天賦〝絶対防御〟
あらゆる攻撃を一度だけ受け止めることできる
『宣誓』
・天賦を発動する際、動いてはいけない
・再度使用するためには10分間のクールタイムが必要となる
・一定以上のダメージを受けるたび天賦によるシールドの防御力が低下する
・ジャストガードを30回成功させる
・ジャストガードを100回成功させる
・ジャストパリィを30回成功させる
・ジャストパリィを100回成功させる
・カウンターを10回成功させる
・敵の攻撃を直撃しない
・戦闘開始から1時間経過
・能動的宣誓を満たすたび効果上昇
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