第33話 科学の力ってスゲー
戦艦の中に設えられた訓練場。
そこは『科学の力ってスゲー』的なSF技術により拡張された空間だ。
空間のみならず地形の変更も可能であり、機械がぽつんと置かれただけの空間は今、穏やかな山岳地帯を再現していた。
そんな開放的な景色に、甲高くも重みのある剣戟の音が響いた。
「くぅ……っ!」
オレが振り下ろしたブレイドカノンと、エレイナの振り上げたブレイドカノンによる競り合いが始まるも、その均衡は一瞬で崩れた。
もちろん競り勝ったのはオレだ。
肉体のスペックも、エーテルのスペックも、ブレイドのスペックも、戦いの技術も経験も、何もかもが勝っているのだから当たり前だ。
後ろへと吹き飛んだエレイナは、態勢を立て直しながらも引き金を引いた。
迸るエーテルカノンだが、苦し紛れの射撃は精度は低く、三発のうち直撃コースは一発だけだった。
それもこちらがエーテルカノンを撃てば、あっさりと呑み込まれる。
慌てて回避するエレイナの背後で凄まじい爆音が響いた。
こちらへと飛翔するエレイナを真っ向から迎え撃ち、再び剣戟の音が鳴り響いた。
――とまあ、このようにオレとエレイナは〝極北の旅団〟による襲撃のせいでお流れになった模擬戦を行っていた。
エレイナの戦闘は機械仕掛けの大剣――つまりブレイドカノンをメインにした重戦士タイプだ。
さすが王族だけあってエーテル量も豊富であり、一撃の重さはかなりのものだ。
並みの使い手ならあっという間にエーテルを削り取られるだろう。
「まあ迅切さんには通用しないわけですが」
「オレに通用したら、人類の9.9割り以上を見下して良いよ」
「あはは、相変わらず凄い自信ですね」
「最強系主人公だからな」
とか言ってたら、
「ねえ、チビッ娘。アイツ、自分のこと主人公とか言ってるわよ?」
「薙刃は自分のことを主人公と思い込んでいる踏み台よね。そのうち本当の主人公にざまぁされる日が来るに違いないわ」
脇にいた小娘共が不愉快なことを言い出した。
よーし、おいちゃん、今から殺人事件を――
「なるほど。やられ役のカタルシスを上げるために私たちは迅切さんに穢されるわけですね。『オレは息子の方も最強なんだぜ~』と言いながら迅切さんは徐にベルトを――」
「「変態は黙ってなさい」」
いつも通りに絡もうとしたら、それ以上のバケモンが出てきた件。
「ねえ、お前のメイドなんなの? 口を開けばパンチのある発言しか飛んでこないんだけど?」
オレがキャラ負けするって相当だぞ?
「――今パンツって言いました?」
「言ってない」
「黒のレースです」
「へー」
「脱ぎましょうか? 嗅ぎますか? 舐め回しますか?」
「はいはいワロスワロス」
「……エレイナ様は白です」
「――――ほう?」
「ノエル!?」
オレがエレイナの下腹部に目線を向けると、エレイナは顔を赤くしながらスカートを抑えた。
「凄いわね。あのメイド、自分への反応が薄いからって姫を売ったわ」
「この国はもうダメね」
そんなやり取りをしながらふとコメント欄に目を落とすと、
:ねえ、何でエレ姫様の武器は一つしかないの?
そんな疑問が視界に入った。
「ああ、それね」
「? どうしたんです?」
小首を傾げるエレイナに、件のコメントを見せる。
すると納得がいった顔に変わった。
「なるほど。最初に見たのが迅切さんだったから、そう思ったんですね」
「あ、今更だけどオレのことは名前呼びでいいよ」
ふと気になっていたことが口から零れた。
今更他人行儀も何だかなぁだし、やっぱ美少女からの名前呼びは健康に良いからの。
「えっ。あ、じゃあ、その……薙刃、くん?」
「うむ」
「えへへ、何か照れちゃいますね」
もじもじとしながらエレイナははにかんだ。
:は?
:は?
:は??
:キレそう
:つかもうキレちまったよ
:テレーゼたんだけじゃ物足りないってのか!
:このカスがあ!
:表出ろオラァアン!
嫉妬乙。
「えと……それじゃあ話を戻しますけど、ブレイドをメインに色んな武器を使い分けてる薙刃くんが異例なんです。普通は天賦をメインに自分の戦術を組み上げますから」
――と、エレイナは視聴者に向けて講座を始めた。
「例えば私なんかは、〝霞食充填〟という天賦なんですが、大まかな内容はモンスターを食べることによって、そのモンスターが保有しているエーテルを一時的に貯蓄できるんです」
「分かりやすく言やぁ、外付けHDD――や、違うな。ワット数の拡張と予備電源を確保するって感じだな」
オレの捕捉にエレイナは頷いた。
特殊な効果はないが、その分シンプルに強力な天賦だ。
変な拘りっつーか、唯一性を求めた結果、自縄自縛に陥るヤツもいるくらいだからな。
ちゃんと考えながら戦うことが苦手なヤツなんかは、こういうシンプルイズベストな天賦にするのが大正解なのだ。
:ん? モンスターって倒したらそのまま消えない?
:ね。ドロップするのは魔石くらいだよね
:あれ? でもテレーゼたんにモンスターの素材みたいなの渡してたよな?
:ああ、そう言えば
「お前らの言葉通り、モンスターってのは元々エーテルだけの精神生命体だ。死んだらその身体はエーテルに還り、魔石――つーか、エーテル結晶だけを落とす」
でも、と続ける。
「オレら人間や動物みたいに肉体のある生き物を喰らうと、ちょっとずつ受肉していくんだよ。星間行路じゃ滅多に見ないが、星間領域じゃ受肉したモンスターがいるのはそんな珍しいことじゃない。受肉したモンスターが交配すれば、そっから生まれてくるモンスターは最初から受肉済みだからな」
それがネズミ算で広まった結果が星間領域というワケだ。
受肉したモンスターをオイチイオイチイしても受肉できるからな。
つまり星間行路に受肉したモンスターがいたら、そいつは数多くの冒険者をオイチイオイチイしたというワケだ。
そう注釈を入れてから再びエレイナにパス。
「私は〝霞食充填〟により得たエーテルを操ることに手一杯なので、薙刃くんみたいに武器を切り替える余裕がないんです」
「選択肢が多いってのは必ずしもプラスに働くワケじゃないってことだ」
その場その場で最適解を選び続ける必要があるからな。
一瞬の迷いが勝敗を分ける戦場でこのミスは致命的だ。
「あと、そうですね……ブレイドというのはエーテルを貯蓄したストレージデバイスなんです。ブレイドが貯蓄しているエーテルを消費して武器やアビリティをインストールするんですけど、余った分のエーテルは使用者の外付けバッテリーとして利用することも可能なんです」
「だからエーテル量の少ないヤツなんかは、わざと武器を減らしてブレイドのエーテルを自分に回したりすることが多いな。ちなみにアビリティってのは、シールドを展開したり、空を飛べるようにするアタッチメントのことだ」
こんなふうに、と半透明のシールドを展開したり、浮遊したりと実演して見せる。
このアビリティのおかげで誰もが当たり前のように空を飛んでいるのだ。
まあアビリティが無くとも出来なくはないが、それが当たり前に普及した時代に努力のソースを割くのはナンセンスだ。
要するにアビリティは、ソフトウェアの実行をサポートするOSみたいなものだからな。
もしくはコントローラーで例えた方がまだ分かりやすいしら。
どこにどうしたいかボタンやスティックをカチャカチャするのは自分の仕事。
あとは入力したコマンドをコントローラーが実行に移す――みたいな。
アビリティの役割は、そんな感じだ。
一般的にアビリティは『努力すれば実現可能な事象』であり、
反対に天賦は『努力では実現不可能な事象』という認識だ。
天賦にアビリティだけでも大変なのに、そこに複数の武器まで使いこなそうとすれば、そりゃあ頭もパンクする。
だから普通はブレイドライフルみたいな近距離と遠距離を両方こなせる武器を一本に縛り、天賦をメインに、アビリティをサブに据えるのが一般的なのだ。
うむ、改めて思うが、ホント教導に向いとらんな吾輩。
オレを真似したら、出来上がるのはしょうもない器用貧乏だ。
一番参考にしたらアカンタイプ。
あらかたの説明が終わったところで訓練場に放送が入る。
『こちらブリッジ。当艦は間もなくタタル渓流に到着します。繰り返します。当艦は間もなくタタル渓流に到着します。エレイナ様はブリッジまでお越しください』
オレたちは顔を見合わせた。
エレイナの顔に気合が入る。
それは彼女の王練の始まりを意味していた。
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