第34話 獲物を狩った瞬間がどうたらこうたら


 快晴の空から降り注ぐ黄金の陽射し。

 柔らかな木漏れ日をキラキラと反射する美しい谷川を歩く美少女と、そんな美少女を上空から見下ろすイケメンくんがいた。


 そう、オレである。

 谷川を歩いているのはエレイナだ。


 :渓流を散策する美少女――というかお姫様

 :絵になるなぁ

 :つかめっちゃ良い景色じゃね?

 :THE・ファンタジーって感じだよな


 今、オレは足元に展開したシールドの上に座り、視聴者たちと半ば同時視聴のようなものを行っていた。

 王練は王族による儀式であり、それ以外の協力は認められていない。

 だから、いざという時にしか動けないのだ。


 隣にはリゼもいるのだが、彼女はエレイナを見守るという仕事をオレに全投げして、とある映像を食い入るように眺めていた。


 それは先日のリゼと白髪の獣耳少女との戦闘記録だ。


 どうやら幻惑を掛けられ、良いようにやられたことが相当腹に据えかねたらしい。

 白髪の獣耳少女の一挙手一投足をこれでもかと観察しているが、その表情から進捗が芳しくことが窺える。

 

「チッ、一手足りないわね……」


 苛立たしげにボソリと呟かれた言葉。

 リゼはA級冒険者だ。

 その実力は充分上澄みに属しており、二つ名も持っているのだが、白髪の獣耳少女は、そんなリゼよりも強かった。


 〝極北の旅団〟。

 幾千幾百の戦場を駆け抜け、二大派閥の一つとして名を馳せた猟兵団――そのナンバー2は伊達じゃないということだ。


 とは言え、コイツに関しては特に心配は不要だろう。


 次にオレが様子を窺ったのは、南方の上空だ(※東)。

 そこではラシュアンの騎士たちと、〝極北の旅団〟とはまた異なる猟兵団が戦闘を繰り広げていた。

 

 まあほとんどラシュアン側による一方的な展開だが。

 連中も中央値を上回る実力者なのは間違いないが、さすがに〝極北の旅団〟と比べると、お粗末も良いところ。

 そういうワケでオレたちは万が一に備えて待機することになったのだ。


 視線をエレイナに戻す。

 川岸を歩くエレイナからは特に緊張したり、気負ったりしている様子はない。

 寧ろ、どこかピクニックのようにルンルン気分で散策しているように見えた。


 兄弟関係が絡まなければ、意外とアグレッシブなタイプなのね。

 そう言えば、これから討伐するモンスターの肉は絶品とか言ってたな。それが原因か?

 

 下流域から中流域に上がり、その脇道に伸びた山道を進んで行く。

 樹木と崖に挟まれた交差点の入口からそっと顔だけを出して様子を窺う。

 広さとしては一車線道路くらいか。

 歩くだけなら問題ないが、大型モンスターと戦うには少し手狭なエリアだ。


 案の定というべきか、それとも目当てのモンスターがいなかったことに嘆くべきか、そのエリアには中型モンスターしかいなかった。

 エレイナもホッとしたような、落胆したようなといった反応だ。


 ブレイドカノンを取り出すと、その切っ先を中型モンスターに向けた。

 柄の部分に設えられた銃口から野太いエーテル砲が迸る。


 先手必勝と言わんばかりの一撃が中型モンスターに直撃した。

 吹き飛んだ中型モンスターはゴロゴロと地面を転がり、その勢いのまま器用に体勢を立て直す。突然の蛮行に憤怒の眼差しを向けた。

 捻じれた巨牙と赤い鬣が特徴的な大猪だ。


 :凄く……デカいです(牙が)

 :凄く……立派です(鬣が)

 :凄く……凄いです

 :思い付かんなら乗るなし

 :――今、乗るなって言ったか?

 :乗れえ! 戻るなあ! 取り消さあん!

 :草

 :こいつネタを潰しやがった……!

 :なんつーかファンタジーの王道って感じやね

 :俺でも倒せそう

 :中ボスって感じよね


「や、星間領域のモンスターは基本的に星間行路のより強いから。キミたちみたいなクソザコナメクジじゃ眼球を傷付けることすら叶わんよ。アレ一匹日本に連れ帰るだけで普通に皆殺しにされんじゃねえかな」


 :は?

 :ひぇ

 :怖すぎんだろ

 :ガクガクブルブルゥ!

 :クソザコナメクジに遺憾の意を示そうとしたらヤバい情報お出しされた件

 :もしかして星間領域って人外魔境?


「もしかしなくても人外魔境だよ。地球よりデカいモンスターもいるし」


 阿鼻叫喚となるコメント欄。

 宇宙並みに広いとされる星間領域ならではの存在だ。

 オレのブレイドも、惑星級モンスターとの戦いを想定した設計だしな。

 だから何千キロも離れた戦艦を撃ち抜けたワケだし。


 とは言え、惑星級モンスターの対処は超大型戦艦やロボットで対処に当たるのが基本であり、普通はこんなアホみたいな代物が誕生することはない。

 何で人間一人、ブレイド一本で惑星よりデカいモンスターを倒そうとするんだよ。どんな思想設計だ。頭イカレてんのか。倒したけども。


 そんな会話をしているうちに、エレイナはパパッと大猪の討伐を済ませていた。

 流れるように解体作業からの調理に移り、身の丈五倍以上の巨体をペロリと食べ尽くした。


 :姫様、逞しすぎね?

 :俺、今ならクラ〇カの気持ちがよく分かる

 :あの細い腰のどこに入っていったんだ?

 :そりゃおめえ……なあ?

 :おっぱいぷるんぷるん!

 :総統閣下!

 :腹ペコお姫様は俺の性癖に刺さる

 :いっぱい食べる君が好き

 :なお食費


 どこに入ってんだ? という問いの答えは、彼女の天賦〝霞食充填〟にある。

 この天賦により、食べた傍からエーテルへと変換されたのだ。

 おかげでエレイナのエーテルが増加したのが分かる。

 わざわざ戦い出したときは「おや?」と思ったものが、なるほど、想像以上に効果的だ。

 ボス戦の前にザコ狩りしてゲージを貯めるのはゲームの基本だもんな。


 腹一杯元気一杯となったエレイナは、道なりに進んで上へ上へと登っていく。

 道中に食い荒らされた形跡のあるモンスターの死骸を見つけ、それが新しいものだと認めるとは、ふんすを気合を入れた。


 更に探索を続けるエレイナを出迎えたのは、大きな広間だ。

 そこに目的のモンスターがいた。


 そいつは現在、別のモンスターと睨み合いになっていた。

 互いに間合いを測るようじりじりと動いており、長い尻尾が揺れ動いた拍子に掠めた樹木が真っ二つとなった。その断面は刃物で切られたかのように美しい。


 ネコ科を思わせるしなやかな身体が覆う、黒光りする刺々しい甲殻が原因だった。

 甲殻の隙間から生えた白の体毛がコントラストを為している。

 四肢の先端から生えた爪は、刀匠が鍛え上げた名刀の如く研ぎ澄まされているのが一目で分かった。


 まさに全身が鋭利な凶器といった出で立ちだ。

 対して向かい合ったモンスターは真逆。

 肉厚な身体が覆うのは、岩石に酷似したようなゴツゴツの甲殻だった。

 動きを犠牲にした代わりに堅牢さを得たといった感じだ。


「「■■■■■■ーーーーっ!!!」」


 互いに裂帛の咆哮を上げると同時に襲い掛かった。

 堅牢なモンスターの突進を鋭利なモンスターが軽々と避け、同時に長い尻尾を振るう。

 ガッ! と岩石のような甲殻に傷が入るが、堅牢なモンスターは再び突進を繰り出した。

 こちらもまた回避で対応しようとしたが、尻尾が相手の甲殻に食い込んでおり、思うように動けない。


 直撃。


 吹き飛んだ鋭利なモンスターに追撃を掛けるべく、堅牢なモンスターは自らの大きな顎で地面を叩き付けた。

 辺り一帯が地響き、その衝撃波だけで木々が薙ぎ倒される。

 叩き付けた場所を中心に大量の岩石が勢いよく飛び出した。


 それで貫く心算だったんだろうが、直撃を受けた拍子に解放された鋭利なモンスターはやはり身軽に跳躍し、飛び出した岩石に着地。

 複雑な高低差が生まれたことにより、寧ろ鋭利なモンスターに動きやすい環境を作り出してしまった。

 

 縦横無尽に岩石を飛び回り、四方八方から奇襲を仕掛ける。

 時に刺々しい甲殻を、時に鋭利な爪を振るい、堅牢な甲殻を丁寧に砕いていった。

 これには堅牢なモンスターも堪ったものじゃないと、もう一度顎を叩き付け、その衝撃波により岩石を破壊する。


 だが、その代償に自由な時間を与えてしまった。

 大きく距離を取った鋭利なモンスターが天に向かって咆哮を上げる。

 すると晴天だというのに一条の落雷が迸り、それは天を突かんばかりに伸びた鋭利なモンスターの一本角に直撃した。


 バチバチと鋭利なモンスターは全身に雷を纏う。

 一本角と白い体毛が青白く発光した。

 鋭い眼光が堅牢なモンスターを睨めつけ、次の瞬間、音を置き去りにするような速度で突進。その一本角が甲殻の砕けた部分に深々と突き刺さった。


 絶叫を上げる敵に容赦なく電撃を浴びせる。

 外と内から雷撃を受けた堅牢なモンスターはビクビクと痙攣し、やがて力尽きた。


 一本角を引き抜き、高らかに勝利の咆哮を上げる鋭利なモンスター――ヴォルスピナ。


「――すきありーーっ!」


 そんなヴォルスピナの口にブレイドカノンを突っ込んだエレイナは、迷わずトリガーを引くのだった。いや草。


 


 

 

 

 

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