第45話 蜃気楼、瞬く




 主戦場となった空域を駆け抜ける閃光があった。


「遅いのよ!」


 エーテルウイングにより加速したリゼは、その加速力を保持したまま瞬く間に猟兵たちを撃墜していた。

 敵に肉薄すると同時に片翼のスラスターを微調整。

 半ば吹き飛ぶように敵の側面から背面を取り、駒のように回転しながら大鎌を振るう。


 流石と言うべきか、寸でのところで反応した猟兵も少なからず存在した。

 しかし、咄嗟に展開したシールドでは、エーテルを鋭く研ぎ澄ませたリゼの大鎌を防ぐには耐久力が足らず、またシールドを強化するためにエーテルを注ぎ込む余裕もなく――結果、彼らもまた疾風と化した刃に沈められる。


 縦横無尽に戦場を翔けるリゼに照準を合わせるのは困難だ。

 だが、アビリティを使えばこの問題は解決できる。


「ヤツを落とせ! ハントレスを入れているものは牽制! 追い込んだところを狙撃しろ!」


 多くの猟兵がブレイドライフルのトリガーを引いた。

 ハントレスとは、撃った弾丸を標的に向けて追尾させるアビリティだ。

 火力が落ちる代わりに高い追尾性を持っており、リゼの軌跡をピッタリ沿うように追い掛けている。


 リゼは大きく迂回するように動きながら、自身を追尾する弾丸の雨を存分に引き付けた。

 猟兵たちの狙い通りだ。彼らは瞬時にどこにリゼを誘導するか情報の共有を済ませていたのだ。

 狙撃手のスナイパーが火を噴いた。

 光弾がリゼの頭部を吹き飛ばさんと虚空を迸り――


「させん」


 レイゼルの大盾があっさりと必殺の一撃を防いだ。

 凄まじい衝撃が迸ったが、その大盾はビクともしない。


 情報共有を済ませていたのは、リゼたちも同じだったのだ。

 攻めより守りを得意とするレイゼルにとって、狙撃はもっとも警戒すべき対象であり、同時に対処に手慣れたものだった。

 それも遮蔽物が限りなく少ない空戦となると、余裕を持って対応できる。


「チッ」


 猟兵たちが舌打ちをする間にもリゼが切り込んでくる。

 相手は歴戦の猟兵だが、リゼも若年のうちにA級に登り詰めた才気煥発の冒険者だ。

 リゼは他の者たちのように、武装やアビリティを取り揃えていない。


 ブレイドに搭載した武器は大鎌一本。

 セットしたアビリティはシールドと、エーテルの放出量を増大させるドライブの二つのみ。


 普段は他にもテレパスや探知系の他にも汎用性の高いアビリティをセットしているが、今回は戦艦からのバックアップに加え、決戦ということもあり、敢えて手札を減らしたのだ。


 その代わりブレイドに貯蓄されたエーテルを自らに回した。

 エーテルは多ければ多いほど質量が増すというのは、遠く離れた空域で戦闘している二人が証明している。

 ただの通常攻撃でトルネードが発生しているのは意味不明だが。バケモノ。


 何はともあれ、普段より多くのエーテルを使えるようになったリゼは、きりきり舞いと猟兵たちを討ち取っていた。


『レイゼル隊長、リゼさん! 《轟天》と《幻炎姫》が来ます!』

「「――!」」


 通信士からの言葉に、二人の表情が険しくなる。

 リゼは相対していた猟兵を一刀の元に斬り捨て、身を翻した。


「私はあの女をやるわ! アンタはあのマッチョをやりなさい!」

「了解した」


 とは言え、他にもう少し言い方は無いものかと微妙な気持ちになりながらレイゼルも対戦していた猟兵を斬り捨て、正面を見据える。


 その先には、娼婦のように身をはだけさせた和装を纏いながらも、純粋無垢な雰囲気を漂わせる白髪の獣耳少女と、浅黒い肌に身の丈あるバスターカノンを装備した巨漢の姿。

 それを認めた瞬間、リゼの戦意が高まった。


(今度は負けない! 絶対に勝つ!)


 リゼは一気に加速して距離を詰めた。





「……ん、斬る」


 こちらに向かってくる紫色の髪をした獣人の女性に、雪姫は特に何の感慨も浮かばなかった。

 前回の戦いで格付けは済んだ。

 目の前の敵は強い。

 その実力は〝極北の旅団〟の幹部たちに比肩し得るだろう。

 だが、それだけだ。

 雪姫はその幹部たちの誰よりも強いのだから、同等の実力しか持たない女性に負ける道理が無かった。


 身の丈以上ある、刃が太く長い大槍。

 もしくは柄が槍の穂と同等の長さを持つ大剣と表現するべきか。

 己の得物に炎を纏い――次の瞬間、雪姫の身体が三つに分かたれた。


 雪姫の天賦たる幻術は、相手に幻覚を見せるのみならず、分身を増やすことも可能なのだ。

 エーテルの消耗量はバカにならないが、限定した世界に幻覚を見せることで実体を持った分身すらも顕現できる。


(一気に終わらせる……)


 ちらりと団長と《暴君》が戦う空域を一瞥。

 言い知れない不安の胸中に抱えた雪姫は、とにかく迅速に戦いを終わらせるべく三方向から襲い掛かった。


 だが、敵は臆することなく突っ込んできた。

 分身体の攻撃をギリギリで躱しながら本体へと肉薄し、大槍と大鎌が激突する。

 その間に背後から襲い掛かった分身体だったが、敵は自身に蹴りを与えた反動で距離を取り、流れるような動きで背面から忍び寄るもう一体の分身に斬撃を飛ばし、その動きを抑制して見せた。


 もう一度本体である自分と切り結んだのだが、瞬間、敵のエーテル量が増大。

 雪姫は大きく吹き飛ばされてしまった。


「……?」


 以前とはまるで異なる動きに、雪姫は戸惑いながら体勢を立て直す。

 前回は分身を使うことすらしなかった。

 それなのに、何故?


 確かに、この分身にはデメリットがある。

 エーテルを分身に分け与える以上、一人ひとりが扱えるエーテルが少なくなるのは必然。

 そしてエーテルとは、出力があればあるだけ身体能力が向上する。

 つまり、分身を増やせば、その分だけ弱体化は免れないのだ。


 だが、それを差し引いたとしても数が生み出す優位性は確かなはず。

 しかも分身ということは、一個の生命体の証。

 連携という点に於いては、最高のチームワークを発揮できるのだ。

 だと言うのに――


「こないだは天賦を忘れてたから遅れを取ったのよ! ちゃんとやる気になれば、私がアンタなんかに!」


 負け惜しみに近い言動をしながらも、その動きはバカにできない。

 敵が更に速度を上げた。

 ドライブのアビリティにより、スラスターの推力を引き上げたのだ。

 ただでさえ速かった動きが、視認するのも難しいほど跳ね上がる。

 しかも残像を撒き散らしながらの高速移動だ。

 彼女の言葉を真に受けるなら、おそらくは彼女の天賦なのだろう。


 残像で雪姫を翻弄しながら敵が肉薄する。

 大槍で応戦するが、先ほどと同様に吹き飛ばされた。

 そんな雪姫へと即座に距離を詰め、二度、三度、と凄まじい衝撃に襲われる。


 分身二体で奇襲を仕掛けようとするが、そもそも追い付けなかった。

 敵は分身と距離を置きながら、一対一を強制してくる。

 恐るべきは、その速度域にありながら思考と身体制御が伴っていることだろう。

 あまりの勢いに雪姫は防戦一方となった。


(仕切り直す……)


 敵が近付いてきたタイミングに合わせて激しい炎を迸らせる。

 企みは功を奏し、敵が後退したのを認め、雪姫は分身を消した。

 この敵に分身はむしろ悪手だったのだ。


 本来の力を取り戻した雪姫と敵が再び衝突する。

 今度は互角の競り合いにとなった。

 互いに取り回しの悪い大きな得物。

 三合、四合、五合と剣戟を重ねるたびに凄まじい衝撃が発生していた。

 敵は力強い一撃で距離を取り、得意の高速戦を再展開する。


 雪姫は対処法を模索しながら、脳内に沈んだ敵の情報を引っ張り出す。

 確か、彼女の二つ名は――


「《蜃気楼》……」


 

 その名を示すように、残像が瞬いた。









 一方、レイゼルと《轟天》との戦いは膠着状態にあった。

 《轟天》のバスターカノンから迸る極大の砲撃は、しかしレイゼルの大盾が完全に防いで見せる。

 レイゼルが大盾を構えながら距離を詰めようとしたが、砲撃タイプの《轟天》は同じ分だけ距離を取りながらトリガーを引いた。


 先ほどから似たような光景が何度も発生していたのだ。

 何せ、防御に特化したレイゼルと、長距離からの砲撃に特化した《轟天》の戦い。


 レイゼルが攻撃を仕掛けるには《轟天》は遠すぎる。

 《轟天》が攻撃を通すには、レイゼルの防御は硬すぎた。

 更には両者ともに堅実をモットーとしており、無理に攻め込んだりはしない。

 

 故に、千日手と化した戦いを進めるには、第三者の介入が必要不可欠だった。

 つまり戦いの趨勢は、二人の少女に委ねられたのである。





――――――――――


リゼと雪姫の戦いは元々構成にあった通りなのですらすらと書けた

そして、さあレイゼルとハーディの戦いと書くぞってなってから気付く。

――こいつら、相性悪すぎて塩試合にしかならん。


 




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