第44話
「……皆さんは大丈夫でしょうか?」
やや開けた森を駆けながらエレイナは空を見上げた。
遠い空の彼方。だが、点々とながら目視できる距離で激しい戦闘が起きていた。
微かに届く戦闘音がエレイナの不安を掻き立てる。
(だめっ。今は自分のことに集中しないと)
エレイナは自らを叱咤して前へと向き直った。
自分が為すべきことを果たせば、あの戦闘は自動的に終わりを迎える。
だったらエレイナのやるべきことは憂慮よりも行動だ。
それでも、せめて祈るくらいは、と拳を握り締めて一人でも犠牲者が生まれないことを神に願った。
そんな彼女の意識――その隙間を縫うように瞬いた白刃があった。
エレイナが知覚するより速く、その細い首を切り裂かんとした刃だったが、彼方から飛来した暗器が凶刃を防いだ。
「え?」
何が起こったのかとポカンとなるエレイナの周りには、いつの間にかメイドのノエルと糸目の男が立っていた。
「エレイナ様、お気を付け下さい」
「チッ、やっぱ護衛が付いてたか」
「当然でしょう。いつ如何なるときでもエレイナ様をお守りするのが私の仕事です」
ノエルは暗器を握り、細目の男――サーペンスは二振りのブレイドライフルを構えていた。
「それにしても淑女に刃を振るうとは、それでも貴方は男なのでしょうか? 男が淑女に振るって良いのは、股間にあるご立派な一物だけというのに」
「は?」
「同意が得られない……? っ! なるほど、包茎でしたか! これは失礼致しました。いつか貴方だけの抜刀術に出会える日が来ますよ」
ノエルは無表情ながらも、その目は心なしか優しくなった。
「心の底から反省して脳みその中身入れ換えろや下ネタ女。つか、包茎じゃねえわ!」
珍妙なやり取りをしている間に、何とかエレイナの思考が戻ってきた。
「えと、貴方は、やられ役乙1号さん……?」
「おい、テメェのとこのお姫さんが悪い男の影響受けてんぞ」
サーペンスが青筋を浮かべた。
「箱入り娘が悪い男に染められる展開……嫌いじゃあありません。まとめて私もえちえち奴隷に堕とす器量があれば言うことなしです」
「は な し が つ う じ ね え !!!!」
「隙あり」
「ねえよダァホが!」
ガリガリと頭を掻きながら絶叫するサーペンス。
その不意を打とうとしたノエルだが、的確に防がれてしまった。
「エレイナ様はお先にどうぞ。汁多めの激しい運動会は私にお任せください。きゃっ」
「コイツ無表情でずっと何なの……?」
サーペンスは慄いた。
「お願いします、ノエル。あ、でもえっちなのはダメですからね」
「そんなー」
「(チラッ)」
エレイナはサーペンスの様子を窺った。
しないですよね? という確認だ。
「こっちから願い下げだわ!」
「じゃあ今から私が全裸で戦うので、息子さんが起立したら私の勝ちでいいですか?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
お労わしや。
喋る珍獣を相手に頭を振り乱したサーペンス。
同情の眼差しを送りつつもエレイナは先を急いだ。
目と脚にエーテルを集め、視力と脚力を強化する。
違う部位にエーテルを振り分けるのは、ちょっとしんどいが我慢だ。
空を飛べばもっと効率は良くなるのだが、狙撃という可能性がある以上、安易な選択は取れない。
そうして走り続けること数十分。
森を抜けた先にある丘陵――その中腹に目的となる人物はいた。
「リシュお兄様!」
山頂を目指して歩いていたリシュが振り返る。
「……エレイナ」
煩わしげに、疎ましげに見遣る視線にたじろぐエレイナだったが、何とか踏み止まった。
「お前も来たのか」
「……はい。これが最後の試練となりますから」
固唾を飲み、ゆっくりと自分を落ち着かせてから返答する。
「俺は言ったはずだぞ。何が起こっても知らんと」
冷たく言い放ったリシュが剣とライフルを展開した。
その矛先が向かう先は言わずもがな。
「俺は必ず王になる。王になってファイよりも優れた存在だと証明する。そのためならば例え妹だろうと容赦はせん」
酷薄な言葉にエレイナは哀しい気持ちになりながらも言い返す。
「……リシュお兄様は、そんな勝ちで満足なんですか?」
「なに?」
「こんな勝ち方で王になったとしても、お兄様より優れた証明になんてなりません。それが分からないリシュお兄様ではないはずです」
リシュは拳を握り締めた。震えるほど強く。
「私の知っているリシュお兄様は、もっと誇り高く優しい高い人でした。ですから――」
「お前に何が分かる」
腹の底から響くような憎悪がエレイナの言葉を遮った。
「女として生まれ、元より王たる資格の無い者が。俺たちとは別の役割を持つ者が、知ったかぶりで綺麗事を並べ立てて――そんなにも邪道を選んだ人間を見下すのが心地良いか?」
淡々と、されどその言の葉には、あらん限りに負の感情が込められていた。
「そんなつもりは」
「お前にそんなつもりが無くとも俺にはそうとしか聞こえない。甘ったれの浅ましい女め。何事も額面通りに受け止めてもらえると思ったか」
リシュには、エレイナが何の苦もなく蝶よ花よと育てられたお姫様にしか映っていないのだ。
だから彼女の言葉は耳をすり抜けるどころか、火に油を注ぐだけでしかなかった。
「分からないようなら言ってやる。エレイナ、人は変わるんだ。正しい方にも誤った方にも、好きも、嫌いも。時間と環境は何もかもを変える。だと言うのに、お前はいつもいつも過去の俺を持ち出す。……いい加減目障りだ」
ありったけの嫌悪を叩き付けられ、エレイナは顔を俯かせた。
「……リシュお兄様。確かに私の言動はリシュお兄様には不愉快だったかもしれません。昔のリシュお兄様ばかりを見つめて、今のリシュお兄様を否定してばかりでした。……でも、それは当然ではないでしょうか?」
「なんだと……」
「間違ったことをしているなら、止めるのが家族というものです。だと言うのに、リシュお兄様は、自分の意に反する言葉を横柄に遮り、自分が自分がばかり」
エレイナは顔を上げ、ハッキリと告げた。
「甘ったれなのは貴方の方! 理想を振りかざすわけでもなく、現実を直視するわけでもなく、一人だけ分かった気分でグチグチグチグチと見っともない!」
いい加減、我慢の限界だった。
しつこいようだが、リシュの言い分は分かるのだ。
ファイにコンプレックスを抱いているのは自分も同じ。
だが、エレイナは女で、リシュは男。
リシュと違い、エレイナは土俵が異なるのだ。
しかし、だからと毎度毎度ここまで罵倒される謂れなどないはずだ。
どう考えても八つ当たりでしかない。
「な……っ」
毅然と言い返すエレイナに、リシュは言葉を失った。
内容よりも、今までずっと大人しかったエレイナの反駁こそが予想外だったのだ。
それはきっと、惚れた男の影響だろう。
元々、気になっていた人だった。
姫という色眼鏡を通さず、等身大のエレイナを見てくれた人。
エレイナと違い、常に自信に満ち溢れており、それでいながら自らを善人やら何やらと道化を演じ、超然としながら親しみやすさも兼ね備えていた。
そんな人が自分に興味を抱き、気を遣ってくれているというのがエレイナは嬉しかったのだ。
優しいか厳しいかと聞かれたら、きっと後者だ。
彼は決してエレイナを慰めることをしなかった。
王族としての義務とリシュとの不仲に板挟みとなったエレイナに対し、淡々と現実だけを差し出し、立ち往生を許さず、選択をこちらに委ねた。
道を指し示すことはあれど、大事な一歩の踏み出し方を教えることはしなかった。
でも、それで良かったのだ。
もしも彼が『ああした方がいい』、『こうした方がいい』と助言をしていれば、きっとエレイナは彼に寄り掛かっていた。
おんぶにだっこの――男に頼らなければ決断すら出来ない女に成り下がっていただろう。
そして彼は、きっとそんな女を好まない。*
エレイナは決断を下せた過去の自分を誇らしいと思った。
だって、
『――緊張、取れただろ?』
あの瞬間、エレイナは深く、甘い恋に堕ちたのだから。
良いか悪いかと聞かれたら、きっと悪い男なのだろう。
何せ自身の親友たるテレーゼと深い関係にあることを匂わせておきながら、自分の唇を奪ったのだ。もちろんファーストキス。
しかし、だから何だというのか。
そもそも恋とはそういうもの。
良し悪しや損得は無関係。
心という、理性の外側で揺れ動くものなのだから。
好きなのは好きなんだからしょうがいない。
自身の願いに、『彼の期待に答えたい』という薪をくべて、エレイナはブレイドカノンを構える。
「いつまでも言われっぱなしの私と思ったら大間違いです! その捻じ曲がった根性、叩き直します! ぶっ飛ばして差し上げましょう!」
「……っ! 調子に、乗るなぁア!!」
最後の試練を前に、壮大な兄妹喧嘩が勃発した。
――――――――――
尚、メイドの下ネタ合戦継続中
ノエル「ところで二刀流というのは、前と後、どっちの穴もいけるという暗示でしょうか?
それとも男もバリバリ行けるぜオホ~という暗示でしょうか?
糸目ってSみたいなイメージありますけど、その実Mというパティーンも嫌いじゃあないのですが、《赤風》さんはどちらでしょうか?
……いえ、二刀流の貴方に尋ねるのは無粋でしたね。
《赤風》というのも血を連想させる以上、処女厨に違いありません。
……! まさか! 初めての女性相手に二刀流を振る舞うおつもりですか!? 前と後、両方の初めてを一気に平らげる……なんと恐ろしい!
貴方ほど鬼畜な殿方に出会ったのは初めてです。
このノエル、感服致しました。
しかし、私とてエレイナ様に忠誠を誓った身。
相手がどれほど強大なドスケベギンギンだろうと簡単に敗北するわけには参りません。
――男になんか、絶対に負けない!! かっこフラグかっことじる」
サーペンス「これが俺の最終決戦の相手(ぽろぽろ)」
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