第43話 世界観に喧嘩売る系主人公



 主戦場となる空域から数キロほど離れたところでディーク獅子王は紫煙を燻らせていた。


「ふぅー……」


 肺に満ちた煙をゆっくりと吐き出し、ニコチンによる快楽を存分に堪能する。

 自身と同等、もしくはそれ以上の相手と戦う前に行うルーティーンだ。

 或いは最後の一服とも言う。

 こんな稼業だ。

 やりたいことは存分にやっておくのが華というもの。


 徐々に思考が冴え始めたところで彼方から閃光の如く飛来したのは、ディークが誘った薙刃暴君だ。

 青い機械翼を広げ、悠然とディークを見下ろしている。

 笑みこそ浮かべていないが、全身から自信が満ち溢れているのが分かった。

 自分が負けるわけがないと本気で思っているのだ。


「来たか。悪ぃな。ワガママを聞いてもらって」

「別に構わねえよ。弱者の願いを聞き受けるのも強者の努めだ」

「いいねえ、その余裕。是が非でも面の皮を剥ぎたくなってきた」


 吸い殻を捨てる。

 落下する吸い殻が地面に触れると、辺り一帯を結界が包み込んだ。

 ディークには問題ないが、薙刃の体勢がカクンと崩れる。

 外敵と判断した者の動きを阻害する結界だ。


「重ねて悪ぃな。サシとは言ったが、罠を仕掛けてないとは言ってねえんだわ」

「こっちも重ねて構わねえよ。罠に対する卑怯汚いは人類に対する冒涜だろ?」


 言いながら薙刃は手をグーパーと握り開きを繰り返す。


「足りないモンを別で補うのは当然。猟兵が正々堂々なんかし出したら反応に困るし、そもそも人類がオレに正々堂々とか千年早いわ」

「本当に口の減らねえガキだなぁ」


 呵々と笑う。

 正々堂々なんてのは騎士や冒険者の領分だ。

 勝てる盤面を整えて的確にハントしてこそ猟兵というもの。


「――けどよ、この程度でオレに勝とうってのは、ちっとばかし夢を見過ぎじゃねえか?」


 瞬きするよりも早く懐に入り込んだ薙刃がブレイドカノンを振り下ろした。

 的確に反応したデュークが自身の得物たるブレイドカノンを合わせ――瞬間、天地が割れた。


 莫大なエーテルを内包した剣戟。

 それは剣と剣がぶつかり合ったとは思えない大音を轟かせた。

 迸る衝撃波は雲を吹き飛ばし、雑草を引き抜くような気安さで大地そのものをめくり上げる。


 それだけの暴虐を為しても尚、破壊の波濤は収まらない。

 土煙を巻き上げながら八方の全てを薙ぎ払うソレは、あっという間に森の木々を喰らい尽くし、山河をも幾万の欠片へと砕いた。

 

 もはや視覚すら可能なほどの衝撃波があらゆる大地の残骸を根こそぎ奪い去り、掃討し、緑豊かだった土地は一瞬にして何も残らない灰色の荒野となった。


 :…………はえ?

 :なにがおきたの?

 :ありのままに起こったことを話そうと思ったけど、思考が追い付きませぬ

 :あのね、けんとけんがぶつかりあったとおもったら、てんぺんちいがおきたの

 :なんだろう。一撃でフィールドを消し飛ばすの止めてもらって良いですか(震え声

 :バトルの中盤で大技と大技のぶつかり合いでやるヤツ!

 :多分通常攻撃

 :これバケモンVSバケモンです


 薙刃に追随するEVEからこの光景を眺めていた視聴者たちが絶句する。

 そして納得した。

 これほどの規模を当たり前にこなせるのなら、確かに周りに人がいるのは邪魔だろう。

 と言うか周りからすれば二人こそが迷惑千万この上なかった。


 競り合うは一瞬。

 薙刃は即座にもう片方のライフルを叩き付け、デュークを吹き飛ばした。

 機械仕掛けの槍にも見えるこのライフルは、実際、槍の側面も持っているのだ。

 呼称を付けるなら、ガンランスと呼ぶべきか。

 離れたところをすかさずクォンタムが奇襲を掛ける。


 だが、デュークも冷静だ。

 縦横無尽に動きながら四方八方から驟雨と降り注ぐレーザーを最小の動きで躱し、時にはシールドを展開して防いでいく。

 同時に追尾性を持ったエーテルの弾丸を無数に展開・即射出。

 牽制を行いながらブレイドカノンのトリガーを引き、クォンタムを落とそうとしたが、ヒョイと避けられてしまった。

 本体に狙いを変えても同様だ。

 軽やかに、舞うように、華麗にさえ見えるように躱して掠る気配さえしない。


 薙刃もクォンタムで追い込み漁をしながらカノンやスナイパーを撃つのだが、やはり有効打には至らない。

 ならばと周囲に無数のワームホールを開き、そこにカノンとスナイパーを連射した。

 亜空間に呑み込まれた砲撃の嵐。

 ワームホールが閉じたかと思えば、次の瞬間にはデュークの周囲にワームホールは再展開され、呑み込んだと砲撃の嵐を吐き出した。


 互いの攻撃はどれも破格の一言に尽きる。

 一つの一つの攻撃に込められたエーテルの量が桁違いだ。

 事実、標的を失った光弾が荒野に突き刺さると爆撃を受けたような轟音が鳴り響いている。

 見ようによっては演武にも映る両者の巧みな戦いだが、周辺の被害は甚大だ。

 もしもこの場に第三者がいれば、あまりのエーテル濃度に卒倒していたに違いない。


「チッ、厄介な天賦だなぁ、オイ」


 とは言いつつもデュークの対処は的確だ。

 空間系の天賦は確かに強力だ。

 しかし、この能力の使い手の初手はとにかく安牌――つまり死角を狙いたがる。

 来ると分かっていれば、寧ろ無秩序な攻撃よりも対処は容易なのだ。


 嵐の如く吹き荒ぶ怒涛の弾幕をいなしながら、半ば硬直状態に陥った戦況を打開すべくデュークが仕掛ける。

 全身をバリアで覆い隠すと、獣の如く加速した。

 襲い来る弾幕をバリアで防ぎながら強引に肉薄し、接近戦に持ち込む。


 薙刃も蒼翼を広げ、突っ込んでくる。

 振り下ろした刃は躱され、掬い上げるような刃を躱す。

 そのままくるりと半回転しながらの攻撃が交差し、互いに弾かれたように後退すると、またもや切り結んだ――と思いきや、薙刃の前方にワームホールが出現。

 忽然と姿を消した薙刃が頭上に転移した。

 ガンランスを容赦なく振り下ろしたが、そこで薙刃は僅かに目を見開いた。


「これは……」


 ガンランスは間違いなくデュークの頭部を直撃していたが、それだけだった。

 高層ビルを何十棟も纏めて輪切りにできる威力を内包していたというのにだ。

 掠り傷を付けるどころか、薄皮一枚切ることも叶わなかった。


 デュークの返答は、暴風の如く薙ぎ払いだった。

 咄嗟に防いだ薙刃だったが、威力に押し負け、大きく吹き飛ばされる。

 その頬には一筋に傷。ゆっくりと鮮血が滴った。

 黒のロンググローブを装着した中指でそっと鮮血を拭う。




「――フッ、自分の血を見たのは…………」




 二十分前、痒さに負けて血が出るまで掻いた事を思い出し、薙刃は口を噤んだ。

 あと新品の歯ブラシを使ったとき、歯茎が出血したのも思い出した。




「……なるほど、斬撃無効。レイゼルと同じ概念系の天賦か」

「おい、今のは何だ」


 薙刃は無視をした。虫刺されが原因だけに。


「随分限定的な上にお前には合わない天賦だな。つーことは、仲間内に本来の持ち主がいて、同時に他人の天賦を間借りさせられる天賦持ちもいると考えるべきか?」

「大正解だよ、バカ野郎」


 敢えて・・・正解と答えながらもデュークは内心でドン引きした。

 勘頼りで正確に何千キロも離れた戦艦の主砲を撃ち抜いたり、一体どうなっているのか。


「そういうお前さんは空間系の天賦使いと来たもんだ。そんなに故郷が恋しかったか?」


 天賦というのは自由に能力を決められるが、同時に相性というものがある。

 こんな天賦が欲しいな、と創作するより、己の人生を発露させた方がコスパが良いのだ。


 デュークは手元にある情報を照らし合わせ、薙刃が空間系の天賦を創った意味を考察した。

 やはり望郷の念こそが根底だろう。

 空間どころか次元さえ飛び越えた先にあり、そしてどこにあるとも知れなかった故郷への帰還こそが、空間系の天賦を創作に至らせたのだ、と。


「――――」


 薙刃は答えない。

 代わりに刀を抜いた。

 その行動にデュークは眉根を寄せる。

 デューク自身が認めた通り、デュークには部下から間借りした斬撃無効の天賦がある。

 無制限に使い放題というわけじゃないが、斬撃にのみに絞った結果、相応に使い勝手は良いのだ。


「概念だろうが因果だろうが、所詮は『世界』が定めた限定的な法則に過ぎない。元となる『世界』が安定しているからこそ為せる技だ」


 だったら――と薙刃は刀を振り抜いた。


「ッ!?」


 デュークは本能の警戒に従い、全力で距離を取る。

 その脇を通り抜けたのは、ただの斬撃だった。

 ただ速く、鋭く。

 それだけを追求した斬撃は『世界』すらも容易く斬り裂き、ガラスが砕けたような大音量を響かせながら『世界』と言う名のテクスチャを破壊するのだった。


「世界を破壊してしまえばいい」


 空間に刻まれた悍ましい裂け目を一瞥し、デュークは冷や汗を流す。

 薙刃の天賦は空間系だ。

 一見すると先の攻撃と密接な関係にあるように見えるが、薙刃のソレはワームホールを開く――分類等級を設けるなら、空間目・転移科の能力である。

 おそらくは無関係というのがデュークの出した結論であり、即ち薙刃は、


「ただの攻撃で世界を裂いたってわけかい」


 この斬撃は防げない。

 絶対防御の概念すらも容易く斬り裂くのを理解した。

 白刃が閃く。

 振り下ろした斬撃が、世界に新たな傷を刻んだ。


「なるほど。こりゃ確かに最強だ」


 今まで幾度となく強者と矛を交えてきたが、目の前の青年は間違いなく別格だ。

 噂通り、人類の到達点すらも軽々と凌駕している。

 薙刃の前では、遍く天才も無能と成り下がるのだろう。

 薙刃自身も、それを疑わない。

 心の底から自分が最強だと自負している。


 ――だからこそ、それが致命的な隙となる。


 薙刃の揺るぎない精神性を認め、デュークはほくそ笑んだ。

 




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