第42話 『但しイケメンに限る』仕事中





 会議が終わり、騎士たちが部屋を退出していく様子を見送りながら、オレも席を立ち上がる。

 向かったのはホッと安堵の息をついているエレイナの元だ。


「随分とらしい挨拶だったじゃねえの」

「! な、薙刃くん……。変でしたか?」

「いんや。さっきも言ったけど、お前らしい言葉だったよ」

「ありがとうございます」


 エレイナは擽ったそうな、しかし、どこか申し訳なさそうな反応をする。


「どした?」

「いえ、その……ちょっと申し訳ないなって。もちろん全力で頑張るつもりですが……えと……」


 辺りを窺うエレイナは、何やら言い辛そうだった。

 ああ、なるほろ。


「昨日のアレか」


 エレイナは、こくりと頷いた。

 深夜に行われた会話のことだ。

 エレイナは全力で王練に挑むつもりだが、同時にバカ王子へと思いの丈をぶつけるつもりでもいるのだ。

 聞く者によっては、中途半端と受け取られる選択をしたことに、後ろめたさを感じているらしい。


「問題ねえよ。要はどっちも上手くやれば良いだけなんだからな」

「うう、簡単に言わないで下さいよぉ」

「不安か?」

「そりゃ……。薙刃くんは、いつも自信満々ですよね」

「オレが自信を持てなかったら誰が自信を持つんだって話だからな」


 人類とはすなわり、おいどんの下位互換である。

 もしオレが謙虚に生きてたとして、オレ以外の人間が自信という概念を携えていたら何様だオラァアンとブチ切れる自信がありますわ。


「あはは……一度でも良いからそんな自信を持ってみたいです」

「んじゃ今から平民の頭でも踏んずけて頭が高ムーブでもかますか?」

「しませんよ!? 頭が高ムーブってなんですか!?」


 頭が高いのポーズである。


「普通は私みたいに不安になると思いますよ。……例えそれが一度決めたことであったも、あとで『本当にそれで良かったのか?』とか『正しかったのか?』って頭の中がグルグルするんです」


 しょぼんとしながらエレイナが心中を吐露する。

 どうやら一晩経った結果、不安や緊張に苛まれているようだ。


「一度決めたら迷わないって、とっても凄いことなんです。私には到底できそうにありません。――ほら」


 と、エレイナは自身の手を差し出す。

 その手は震えていた。


「もう手が震えちゃっているんです。本当に情けないですよね」


 力なく苦笑する。

 ……作戦会議室の中には、もう誰もいないな。


「――エレイナ」


 オレは差し出された手を優しく引っ張った。


「はい――えっ」


 ぐらりと体勢を崩し、こちらに倒れ込んできたエレイナを抱きとめると同時に顎先をくいと持ち上げ、その唇を奪った。


「――――――」


 唖然とした雰囲気が伝わってくる。

 反射的に振り解こうと抵抗したエレイナだったが、オレは腰と後頭部に手を回し、彼女が離れないよう抱き寄せた。

 次第に抵抗する力が弱くなり、遂に全身から力が抜けたのが分かった。

 目を閉じ、オレの背中へと両手を回す。


 十数秒ほど経ち、ゆっくりと唇を離す。

 目の前には顔を真っ赤に染めたエレイナの顔。

 普段の明朗快活(しかし根はネガティブ)な腹ペコ姫はどこへやら、艶麗とした女の表情をしていた。

 ボーっと熱に浮かされたようにこちらを眺めるエレイナへと、ニヤリと笑い掛け、


「緊張、取れただろ?」

「…………………………今のは、反則です」


 俯き、視線を右往左往させながらしおらしいことを言った。

 もっとイジメたい気持ちがムクムクと沸き上がるが、今は我慢だ。


「お前は自分の意思を示した。なら次に考えるのは、それを実現させる方法だが、お前は既にオレという最強のジョーカーを持っている」


 うちの国には二兎を追うものは一兎も得ずなんて諺があるが関係ない。

 オレなら百兎どころか千兎だって捕まえて見せるとも。


 オレは迷っている人間に手を差し伸べるつもりはないが、ちゃんと答えを出した人間に手を貸すのは吝かじゃない。

 足踏みする人間より、勇気の一歩踏み出した人間の方が好ましいからだ。


「昨日も言ったが、オレ以上に頼りになる存在はこの世にいないんだ。不安だってんならオレを信じておけばいい。で、オレが手を貸すと決めた自分を信じろ。――頑張ろうぜ、エレイナ」

「――――はいっ」


 エレイナは万感の笑みを浮かべて頷く。

 艦内にアラートが鳴ったのは、それから三時間後のことだった。






 アラートが鳴り響いたのは、視聴者たちと軽い雑談をしている最中だった。


「遂に最終決戦ってとこか。……オレ、この戦いが終わったら課金するんだ」


 :自分から死亡フラグを立てるな

 :死亡フラグっつーか爆死フラグ?

 :新キャラ爆死しました

 :天井すり抜けからの天井をぶちかました俺の話すりゅ?

 :十連で来たわ。スマンの

 :やはりガチャは悪い文明……

 :コンシューマーゲームの時代に戻ってほしい

 :わかる~。プレステ2とアドバンスの時代がいっちゃん充実してたんだよなぁ


「おっちゃんたちも配信を見ています、と」


 コメントに反応を返しながら部屋を出る。 

 慌ただしい艦内を歩きながらブレイドを展開。


 甲板に上がると、既に大多数の騎士たちが艦から出撃していた。

 目の前で軽いストレッチをしていたリゼの横を通り過ぎようとしたが、リゼが隣に並んだ。

 タイミング良くストレッチが終わったらしい。


 特に言葉もなく拳をコツンと合わせて翼を展開。

 騎士たちの後を追うようにオレたちも飛翔するのだった。


 遥か前方を見遣ると、何百という数の敵対勢力――つまり〝極北の旅団〟が雁首を揃えていた。

 さて、どうすっかな。

 前みたいに突撃をかまして真っ先に数を減らすべきかしら。

 そんなことを考えていると、〝極北の旅団〟側から大きな声が響いた。


「お~い! 聞こえるかあ、《暴君》よぉ!」


 腹に響くような声音には聞き覚えがあった。

 オレが相手取る《獅子王》のものだ。


「《暴君》じゃなくて《聖人》だから聞こえませーん!」


 オレも同様に声を張り上げて応対する。


「お前さんに《聖人》は無理だあ! 諦めろーっ!」

「バカ言うんじゃあねえよ! オレを《暴君》と呼ぶヤツ全員皆殺しにすれば大勝利だろうがーっ!」


 それで《聖人》では無理では??? という視線が四方から突き刺さった。

 お? 喧嘩かあ?

 目ェ逸らしても全員顔は覚えてっからなぁ。


「つーか何の用だあ!? 降伏かあ!?」

「ンなわけあるかー! 俺とお前が戦えば周りの連中は邪魔になるだけだろ? 場を移して戦おうぜ!」

「ほおん、つまり?」

「ああ――サシで殺ろうぜ」


 大胆不敵な宣言に場が騒然となった。

 ニヤリと楽しそうに笑う《獅子王》の姿が簡単に思い浮かぶ。

 この提案には是非とも乗りたいのだが、如何せんこちらと向こうじゃ物量に差がある。

 実力も向こうが上と来た。

 やっぱ最初に考えた通り、突撃からの乱戦に持ち込んだ方が良い気がするが。


「行っていいわよ、薙刃」


 思案するオレに声を掛けたのは、隣に舞い降りたフェイルーンだった。


「艦から出て来たんだな」

「今回くらいわね。それにこっちの方が応急手当をしやすいもの」

「そいつぁ助かる。お前が戦場にいれば、ゾンビ戦法の回転率が段違いだからな」


 それこそ馬車馬の如く騎士たちを働かせられる。

 え!?? という視線があちこちから飛んできたがスルー。

 泣き言言うな。

 オレだって一か月間、飲まず食わずで一睡もせず戦い続けたこともあるんだ。

 それに比べたら可愛いモンだろうが。


「そいじゃあ任せるわ」

「ええ、其方も万が一にもないと思うけど、負けないように」

「オレを倒せる人類がいるとでも?」


 しかもサシ。

 自信満々に返してから、再び声を張り上げた。


「上等だ! 乗ってやるよ、その案!」


 オレが返事をするなり、《獅子王》と思わしきエーテルの持ち主が戦場から離れていった。

 これだけ莫大なエーテルは《獅子王》以外いないはずだ。

 最後に主戦場となる空域に一瞥をくれてからオレは《獅子王》を追い掛けるのだった。

 





 ――――――――――



女性向け恋愛小説に登場するヒーロー役みたいなことしとる。

 

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