第41話 お腹いっぱいになるまで美味しいご飯を食べましょう




「やぁ!」


 唐竹割りに振り下ろされたブレイドカノン。

 エーテルの燐光を散らしながらのソレは、二十メートルはあるだろうグレンベイルの巨体を真っ二つに斬り裂いた。

 炎を噴き出しながら右半身と左半身が崩れ落ちる。

 その様子を暫し見つめたエレイナは、完全にグレンベイルが力尽きたことを認めると、安心したように座り込んだ。


「乙ー。これで第四の試練も突破だな」


 上空からエレイナの戦いを見守っていたオレは、彼女の横に降り立ち、労いの言葉を掛ける。


「な、薙刃くん!? えとえと、ありがとう、ございます……っ」


 ヘトヘトな身体をビクンと跳ねさせ、大仰に驚くエレイナ。

 あの夜での密会から、オレを見るなりいつもこうなんだよな。

 まあワタワタする姿が見ている分には面白いし、可愛いから良いんだが。


「疲れたろ? オレが艦まで運んでやるよ」

「え? そ、そんな! 全然大丈夫ですよ!」


 ブンブンとかぶりを振るうエレイナだが、それもなけなしの体力を削っての行動だ。

 エーテルも大分消耗しており、立ち上がるのも一苦労なのが分かる。


「まあまあ、そんな遠慮しなさんな」

「ほ、本当に、本当に大丈夫ですから!」


 ほら、この通り! と立とうとしたエレイナだが、自分の身体を支えきれず尻もちを付いた。


「ダメじゃねえか。無理すんなよ」

「でも私、大分汗かきましたし! 汚れてますし!」

「頑張った証だろ。誇れよ」

「うう……薙刃くん、半分からかってますね?」


 嬉しさと恥ずかしさが入り混じったジト目を向けられる。


「この愛と正義と平和の象徴に向かって何たる暴言」


 たわしが来た! シャカシャカシャカ。


「笑ってます」

「草」


 遠慮するエレイナをスルーしてひょいと抱き上げる。


「ひゃわ!?」


 初めは抵抗していたが、オレが空を飛ぶ辺りから大人しくなった。

 羞恥に染まる顔を両手で覆っているが、真っ赤な耳が隠せていない。

 なるほろね。


 :こいつ、息を吸うようにエレイナたんを抱き上げやがった!

 :俺も如才なく美少女を抱き上げてみたい也

 :真っ赤に染まる美少女に首を傾げるんですね分かります

 :※ ただしイケメンに限る

 :ぴえん

 :ぴえん超えてぱおん

 :完全に女の顔をしてやがる……! 顔なのか? やっぱり顔なのか!?

 :女性だけど、顔です(断言

 :ぴえん超えてぱおんからのぶおん

 :異世界の汗だくのお姫様……一体どんな味がするんだ?(ゴクリ)

 :キショいの来たな

 :嗅げーーーーー! 吸えーーーーー! 舐めろーーーーーーーっ!! 食レポしろーーーーーーーーっっ!

 :もっとヤベェのいて草


 実際やってみたらどんな反応するんだろうな。

 や、んなマニアックな趣味はないからやらないが。

 艦の甲板に着地してエレイナを降ろすと、彼女はバビューンと艦内に消えて行った。

 出迎えに立っていたノエルがやや呆然でその後ろ姿を見送り、


「エレイナ様、よもや大人の階段を? ドチャスコエッチなセッ! をしたんですか!? ヌッルヌルでヌッチョヌチョなドスケベセッ! をしたんですか!? 舌をピンと突き出して! アへ顔を晒すような汁多めの快楽堕ちセッ!! をしたんですか!?」

「ええからはよ追い掛けろや」








 場所は作戦会議室。

 そこでは半ばいつメンと化した面々に加え、ラシュアンの騎士たちも勢揃いしていた。

 最後尾からぐるりと全体を見渡していると、シャワーを浴びてサッパリとしたエレイナと目が合った。

 ワタワタと慌て出す姿に凄く弄りたい気持ちになるが、今は会議に耳を傾けるとしよう。


「遂に王練もあと一つとなったわけだが、無論、一筋縄では行かないだろうな」


 深い溜め息をついたのは、この艦の艦長だ。

 壮年の、かなり渋い男である。

 一目で『こいつはやり手の艦長だな』というのが伝わってくるタイプだ。


「〝極北の旅団〟ですね」


 レイゼルの言葉に艦長は頷いた。

 部屋の空気に緊迫感が増したのは、連中がそれほどに厄介だからだ。

 数は多く、一人ひとりの実力も騎士たちを上回っていると来た。

 比較的若い目の騎士たちがチラリとオレを一瞥する。

 とりあえず笑みを返しておいた。


「「(キュン)」」


 キュンじゃねえわ。


「今回の試練でも沈黙を保っていたが、おそらく大一番の戦いに備えてのことだろう。十中八九、最後の試練に向かう最中に仕掛けてくるはずだ。リシュ王子は先に第四の試練を突破しているからな」


 う、とエレイナが胸を抑えた。


「罠を警戒すべきでしょうね」

「先回りされているのは確実であるからな。しかし、それ以上に問題なのは――」


 中空に大きなディスプレイが展開される。

 そこに映っていたのは、如何にも歴戦の戦士といった風貌の男だった。


「《獅子王》デューク。最強と名高い大猟兵団〝極北の旅団〟をたった一代で築き上げた稀代の傑物だ」


 画像越しからも伝わる覇気に誰もが戦慄しているのが見て取れた。


「他にも《赤風》、《轟天》、《幻炎姫》といった油断できない面々が勢揃いしているが、やはり飛び抜けて危険なのは《獅子王》だろう」


 《赤風》はやられ役乙一号。《轟天》はやられ役乙二号。

 で、《幻炎姫》があの白髪の獣耳少女か。


「情報が少ないのが悔やまれますね」

「仕方あるまい。猟兵の主な仕事は戦場だ。そして《獅子王》は敵対した者を容赦なく塵殺する。つまり《獅子王》の天賦を見て生き残った者は、ほぼいないということだ」

「いるにはいるんですね?」


 ま、何十何百もの戦場を転々としてりゃあ流石にな。


「だが、それも要領を得ないものばかりだ。突然戦っている相手が動かなくなったという情報もあれば、錯乱したように何もない場所を攻撃するようになったという情報もある」

「……五感に干渉する系統の天賦でしょうか」

「おそらくは。……肝心となる《獅子王》の相手だが」


 そこで艦長とレイゼルのみならず、全員の視線がオレに向いた。


「フゥン……平和主義者の代弁者たるオレに眼球を抉り取り、舌を引っこ抜き、手足を引き千切り、臓物をぶちまけ、締めの一杯に硫酸をぶちまけろとは中々言うじゃねえか」

「一言も言ってないが???」

「ま、実際アイツを止められんのはオレだから端からそのつもりだよ」


 一目で分かった。

 流石獅子王と、王の冠を戴くだけあってあの男は、こちら側の人間だ。

 オレほどではないが。

 オレほどではないが!

 何にせよ、オレ以外が相手だと五秒も持たないのは確実だ。


「感謝する。《獅子王》は迅切殿が対処するとなれば、他の幹部たちは」

「あの女は私がやるわ」


 機先を制するようにリゼが割り込んだ。


「勝算はあんのか?」

「今度は負けない」


 前は天賦を忘れてたっつってたが、多分意識的に頭から省いた結果だと思うんだよなぁ。コイツの天賦――っつーか、過去を考えるに。

 オレですら絶句したもん。


 《幻炎姫》を相手取るのがリゼに決まり、他の二つ名持ちに当たるメンバーの選出も決まった。


「エレイナ様。〝極北の旅団〟がいつ仕掛けに来るのか不明ですが、場合によっては我々が連中を抑えている間に王練へ挑むことになる可能性もあります」

「あ、はい。第三の試練の時のように、ですね」


 グレンベイルのときだ。


「あの時は迅切殿とリゼ殿が万が一に備えておりましたが、今回はそうは参りません。互いに総力戦となるでしょう」

「分かっています。どうか私のことはお気になさらず」

「いえ、そういうわけには」


 レイゼルが渋い顔をするが、エレイナはかぶりを振るう。

 それから意を決したように立ち上がった。

 ぐるりと全員を見渡し、一人ひとりと目を合わせる。


「……皆さん、今まで頼りない私についてきて下さってありがとうございます」


 エレイナはありったけの感謝を込め、深々と頭を下げた。

 当然慌てふためく騎士たちだったが、顔を上げたエレイナの真摯な瞳を前に何も言えない様子だ。


「私が皆さんに返せることと言えば、全力で挑むことくらいです。王練が終われば、結果はどうあれ、私たちと〝極北の旅団〟が争う理由は無くなります。ですからどうか、無理はせず、生き残ることを最優先にして下さい」


 静謐な声音に誰もが聴き入った。

 それは王族たるエレイナのカリスマ性の発露か、はたまたその言の葉があまりに透明だったからか。


「そして、この戦いが終わったら――」


 しかし、その雰囲気が保ったのは一瞬だった。

 エレイナはすぐにほにゃりと気が抜けた笑みを浮かべ、


「お腹いっぱいになるまで美味しいご飯を食べましょう!」


 その言葉に呆気に取られた騎士たちだったが、あまりにらしい言葉に笑いの波が広がった。

 そして誰もが快活な笑みを浮かべ、威勢の良い返事をするのだった。




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