第46話 なおメイドは未だ下ネタぶっぱ中




 本領を発揮したリゼが残像を散らしながら大鎌を振るう。

 ヒット&アウェイによる息も付かせない連撃。

 《幻炎姫》が得意の幻術を使い、リゼを惑わせようとするが――


『視覚支援します!』


 オペレーターのバックアップがそれを遮った。

 幻術の弱点だ。

 種が割れてしまえば、対処法は幾らでもある。

 欲を言えば真っ向からブチ破りたいリゼだったが、クレバーに立ち回ることを選んだ。

 それだけ少女を警戒しているということだ。


 大鎌が幾重に閃き、敵の柔肌に傷を付ける。

 炎を散らしながら応戦する《幻炎姫》だが、その頃にはリゼは距離を取っていた。


「このまま押し通す!」


 勝機を見出したリゼが一気呵成に攻めようと加速する。

 《幻炎姫》を翻弄するよう縦横無尽に翔けながら距離を詰めるリゼだったが、突如、《幻炎姫》の身体から極寒の冷気が吹き出した。


「んな」


 リゼは慌てて制動を掛けながらシールドを展開する。

 しかし、冷気はシールドすら凍り付かせて、シールドを展開するために突き出した左腕をも凍り付かせた。

 即座に左腕をエーテルで防護しながら大鎌の柄で氷を叩き割ろうとしたのだが、


「エーテルが……!?」


 左腕にエーテルが集まらなかった。

 まるで防波堤でも築かれたかのように左肩から下へ掛けて――つまり凍り付いた部分にエーテルを移動させることが出来なかったのだ。


 力加減を調整しながら砕くべきかと逡巡するリゼだったが、そんな彼女を貫かんと巨大な氷柱が弾幕のように飛来する。


「チッ」


 忌々しげに左腕に一瞥をくれてから回避に専念する。刺すような激痛が走るが、完全に無視だ。

 直撃こそ避けたが、色々な部位に赤い線が刻まれた。

 しかも先ほどまで炎を操ってからのコレだ。

 急激な温度変化に頭痛やら吐き気やらがこみ上げながら前方を睨めつける。


 そこには極寒の吹雪を従えた《幻炎姫》がいた。


「なぁにが《幻炎姫》よ。詐欺じゃない」


 先ほどまでとは雰囲気が段違いだ。

 まさに氷のように凍てついた瞳がリゼを捉えて離さない。

 茫洋とした気配は鳴りを潜め、圧倒的な強者のソレへと変貌を遂げていた。


 リゼの頭上に氷柱が出現した。

 勢いよく落下する氷柱をリゼが叩き割った頃には、四方八方を氷柱が包囲していた。

 リゼの吐息が真っ白になり、身体が震える。

 今、周囲の気温は氷点下を大幅に下回っていた。

 エーテルを操る術を持たない生物がこの領域に踏み込めば、あっという間に凍死するだろう。

 左腕は諦め、それ以外をエーテルで覆い、循環させると、大分マシになった。


「こん――のぉ!」


 全方位から迫り来る氷柱の群に対し、リゼはエーテルを全力で放出しながら駒のように舞い、大鎌を振り回した。

 エーテルの暴風が氷柱を攫い、その軌道を全く別の方向へと変えることに成功する。


「っ」


 だが、次の瞬間、リゼが目にしたのは大槍を振りかぶった《幻炎姫》の姿。

 シールドを展開するが、炎を纏った一撃は容易くソレを砕き、リゼの身体を深々と斬り裂いた。

 鮮血が炎に炙られ、蒸発する。


「いっ――」


 想像を絶する痛みに堪らず苦悶の声を上げた。

 反射的に大鎌を振るうが、闇雲な攻撃は空を斬るだけに終わる。


 一気に形成が逆転した。

 敵も至るところに傷を負っているが、特に戦闘に支障は無さそうだ。

 防戦一方になりつつも的確にダメージコントロールを行っていたらしい。


 認めたくないが、絶対に認めたくないが、相手の方が一枚も二枚も上だった。

 既に自身に継戦能力がないことを不承不承に認めたリゼは、分の悪い賭けに出る。


「――――ふぅ」


 荒い息を整え、再びエーテルを全力で放出した。

 今度はドライブのアビリティも完全開放したフルドライブ状態だ。

 《幻炎姫》が大量の氷柱を生成し、隙間を潰すように一斉掃射を行う。

 リゼは大鎌を振り抜く構えを取り、前面にシールドを展開しながら、スラスターを点火。

 音を置き去りにした。


 高速戦を得意とするリゼですら知覚不可能な速度域の一撃。

 全身全霊を込めた攻撃は、《幻炎姫》の身体を真っ二つに両断するのだった。


 ――そして真っ二つになった身体が、幻のように霧散する。


 視界の片隅でソレを認めたリゼにドスリと重い衝撃が走った。

 見下ろせば、腹部から大槍の切っ先が生えていた。


「ハッ。この、女狐……」


 それでもニヤリした不敵な笑みを浮かべ、背後から大槍を突き出している《幻炎姫》を横目で捉える。

 ここに至り、リゼは自らの思い違いに気付いたのだ。


 リゼはてっきり氷が《幻炎姫》の切り札だと思っていた。

 だが、実際は幻術こそが彼女の切り札だったのだ。

 最初に炎と幻術を操り、劣勢に傾くと氷メインに切り替える。

 これが本来の自分だと、本領発揮だと印象付けてからの幻術。

 彼女の狙い通り、氷の印象が強すぎて幻術の警戒度が抜け落ちていたのだ。


 ごぷ、と口から大量の血を吐き出す。

 リゼは明滅する意識を必死に繋ぎ止めながら、震える手を懸命に伸ばし――


「つーかまえた♪」


 互いの腕と腕をホールドさせると、死に瀕した顔で、それでも悪戯が成功した子どものように笑った。


「っ、はな、す……!」

「やーよ」


 ヤバいと本能で察した《幻炎姫》が暴れるが、リゼは構わずストレージから一目で危険と分かる物騒な代物を取り出した。


「メテオ、ボム……!?」


 目の前に出された物を前に、《幻炎姫》も表情を変えた。


「元々、一手足りないと思って用意してたのよね……」


 雪辱戦のため《幻炎姫》の研究をした結果の答えがソレだった。

 だからリゼは足りない一手を、錬金術士が創ったアイテムで補うことにした。

 実際は一手どころじゃなかったが、と内心苦笑する。


「こんなのを使ったら貴女も――」

「あー、ないない。私の天賦って残像を作るんじゃなくて〝確率変動〟なのよね……それも存在の確率。ま、色々制限はあるんだけど……」

「因果系の天賦……っ?」


 天賦を系統別にランク付けするなら、間違いなく最高位に位置する因果系。

 明かされた真実に《幻炎姫》は絶句する。

 存在の確率を変動させるとは、SRPGで例えるところの命中率だ。

 本来なら絶対に回避不可能な規模の技だろうと、ひょいと避けてしまう。

 逆に絶対に当たらない攻撃を命中させることも可能だ。

 現実的にはまずあり得ない――ゲームだからこその挙動。

 それをリゼは現実に適応させられる。

 残像は、その残滓に過ぎない。


「……でも今なら八割の確率で透かせられるわ。そーゆーわけで――死にたくなきゃ精々気張ることね。私は運に任せるから、立ってた方が勝ちってことで」


 カチッとスイッチを押す。


「――――、」


 視界を焼き尽くす極光と轟音が迸った。








 戦場全体を揺るがすほどの大爆発に、誰もが思わず一瞬だけ手を止めた。

 その中には爆発の煽りを一番近くで受けたレイゼルも含まれており、本当にやったのか、と内心で驚愕する。


 レイゼルはリゼから事前に作戦を聞いていたのだ。

 もしもと言ってたが、今更ながらに本気の目をしていたと思い出す。


 なら、レイゼルのすべきことは一つだけだ。

 自分より年下の少女が覚悟を示したのだから、レイゼルもまたそれに見合う結果を出さなければならない。


「雪姫!?」


 レイゼルの視線の先では、驚愕の声を上げ、急いで《幻炎姫》の元へ駆け付けようとする《轟天》の姿があった。

 先回りするように移動したレイゼルは、シールドバッシュを仕掛ける。


「すまないが、ここは戦場だ」

「っ、邪魔を――」

「――〝リジェクト〟」


 それは大盾で防いだ攻撃の一部を衝撃波に変換して跳ね返す技だ。

 蓄積が可能であり、防げば防いだ分だけ〝リジェクト〟の威力は上昇し続ける。 

 大盾から放たれた重厚感のある衝撃が《轟天》を貫いた。


「ガハッ!? ……失態だ」


 全身から血飛沫を上げた《轟天》が、己の行動を悔いながら墜落する。

 レイゼルは少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 卑怯という思いはあったが、自らが口にした通り、ここは戦場だ。

 気持ちを切り替え、爆心地へと目を向ける。


 風により黒煙のヴェールがゆっくりと剥がされていく。

 そこにいたのは、血みどろかつ満身創痍ながらも辛うじて意識のあるリゼと、そんな彼女に小脇にされて意識を失った黒焦げの《幻炎姫》だ。


「どうやら勝ったようだな」

「アンタもね……」


 返事をするリゼは当然だが、かなり辛そうだ。

 レイゼルは《幻炎姫》を一瞥する。


「引き受けよう」

「…………アンタが?」


 リゼの瞳が細くなる。

 一瞬なぜ? と疑問を抱いたが、すぐに思い当たる節があり、レイゼルの頬が引き攣った。


「だから誤解だと言っているだろう!」


 前回、〝極北の旅団〟と戦ったときに広まった冤罪事件のことだ。


「随分と元気ね。治療は不要かしら」


 そこに第三者の声がした。

 幼い声色ながらも、その調子は大人のものであり、そんな声の主をレイゼルたちは一人しか知らない。


「龍女様……。いえ、どうかリゼ殿の治療をお願いします」

「お願い。正直かなりしんどいわ」

「ええ、任せてちょうだい」


 フェイルーンが手を翳すと、淡い光がリゼを包み込み、瞬く間に傷が癒えた。

 数秒もしないうちに完治したリゼは己の左腕の調子を確かめ、うんと頷く。


「よし、全快!」

「凄まじいな……」


 治療の様子を眺めていたレイゼルは、あまりの早業に改めて目の前の幼女が龍種であると再認識した。


「この子はどうする?」


 と、フェイルーンが《幻炎姫》を指差した。


「死なない程度に治療しといて。ふんじばって艦に叩き込んでおくわ」

「優しいのね」

「んなんじゃないわよ」


 先ほどと同様にフェイルーンが一瞬で《幻炎姫》の治療を済ませた。

 但し、リゼの注文通り、最低限だ。


「それじゃあ僕は戦場に戻る」

「私もコイツを艦に叩き込んだらすぐ行くわ」


 そう言って二人は別々の方角に急ぐ。

 戦いの趨勢は徐々に決まりつつあった。




―――――――――



 天賦とは、人生の縮図のようなもの

 だから確率変動なんて存在の因果に干渉する天賦を持っているということは、まあそういうことである。

 薙刃がドン引きしたのは伊達じゃない。


 

 

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どうやらダンジョンを踏破して異世界から帰還したのは俺だけらしい 黒兎 @thres

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