第47話 速報! サーペンス氏、発狂!

 




 戦いの趨勢が決まりつつあるのは、エレイナたちも同様だった。


「クソ! 何故だ!? 何故お前などに!?」


 ありえない。

 リシュの胸中は疑問と憤怒、そして絶望がにじり寄りつつあった。

 ありえない。そう、ありえないのだ。

 才能も、エーテルも、実戦経験も、頭脳も、身体能力も、何もかもだ。

 何もかもがリシュの方が優れている。

 それは思い違いでも何でもなく、純然たる事実だ。

 誰がどう見てもリシュの方が上と決断を下すに違いない。


 だと言うのに、何故かリシュは劣勢に立たされていた。

 リシュの天賦はエレイナと酷似している。

 正しくはエレイナがリシュと酷似しているのだが、それはともかく。


 エレイナがモンスターを食べれば、そのモンスターが保有するエーテルの幾ばくかを貯蓄するのならば、リシュは激情によってエーテルを上昇させる天賦の持ち主だった。


 互いに頭脳戦より真っ向からのぶつかり合いに偏重した者同士。

 故に、リシュが劣勢に陥る道理はないはずだった。


 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 エレイナはまるで未来予知の如く先読みを見せるようになり、軽々とリシュの攻撃を躱すようになった。

 この急成長は果たしてどういうことか。


 リシュは焦りと憤りにはち切れそうになりながら、ライフルのトリガーを幾度となく引いた。

 どれも的外れも甚だしい射撃だったが、ハントレスのアビリティにより、ぐにゃりと曲がり、あらゆる方向からエレイナを穿たんと追尾する。


 しかし、やはりと言うべきか驚異的な回避力を発揮して、リシュに接近すらして見せた。

 ブレイドカノンと剣がぶつかり合い、互いのエーテルがバチバチを明滅する。


「もういい加減、お兄様ばかりに囚われるのは止めて下さい! そんなことをしてもリシュお兄様が苦しいだけです!」

「何を!」

「王になれば、その呪いから解放されるんですか!?」

「っ」


 リシュは苦しげに呻いた。


「違うでしょう! リシュお兄様の本当の望みは、願いは何なんですか!?」

「俺の望み……願いだと……!?」


 そんなものは決まっている。

 自身の全てを踏み躙ったあの男への復讐だ。

 どれだけ努力をしても、あいつは平然と上回っていく。

 影で努力をしているとか、そんな救いすらなく、才能の差を見せ付けてくるのだ。

 もちろん、あの男にそんなつもりがないというのは分かっている。

 だが、それを理解していても尚、リシュにはファイが憎く映って仕方ない。

 

 なぜ、あいつはあんなにも眩しいのか。

 なぜ、自分はこんなにも無様なのか。

 なぜ。なぜ。なぜ。なぜ――!


「ちゃんと考えてください! リシュお兄様自身の救い方を! どうすれば自分が救われるのか、その答えを!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙れえっ!」


 魂の奥底から溢れる憎悪を力に変え、強引にエレイナを吹き飛ばす。


「俺の救い方だと!? そんなものは決まっている! 王になり、奴より優越した存在であると証明する! それ以外あるものか! だから――邪魔をするなああああああああーーーーっ!!」

「このっ、分からず屋ぁ!」


 互いに力を込めた一撃が重なり合い、均衡は一瞬。

 エレイナの振り下ろしたブレイドカノンがリシュの剣を断ち切った。

 驚愕に目を見開くリシュに、勢いのままブレイドカノンが叩き付けられる。

 『セーフティ』という、肉体へのダメージだけを緩和させるアビリティのおかげで斬り裂かれることはなかったが、凄まじい衝撃がリシュを襲った。


 地面に叩き落され、岩盤を砕きながら三、四、五とバウンドを繰り返し、ゴロゴロと地面を転がる。

 ようやく止まったリシュは、呆然自失となった。


「俺が、負けた……?」


 言葉の意味を噛み砕いた瞬間、カッと血が昇る。


「ま、まだだ! 負けてなどいない! この俺がお前などに! そんなもの、受け入れられるか! グゥ……ッ」


 激情のまま立ち上がったが、激痛に顔を歪めた。


「リシュお兄様……」


 舞い降りたエレイナが複雑な目を向ける。


「まだだ! まだだ! 敗北など認めるものか! お前にまで負けるなど……ならば俺は何のために生まれてきたと言うんだ!」


 リシュの絶望の叫びが響いた。

 それが真実だった。

 何をやっても異母兄弟たるファイには敵わない。

 誰もがファイを褒め称え、自国の安寧と繁栄を確信した。


 ファイがいれば大丈夫。

 ファイがいれば安全だ。


 あいつがスポットライトを浴びた瞬間から、リシュがソレを浴びることはなくなった。

 輝かしいほどに眩い光。

 それが生み出した濃い影にポツンと佇むのがリシュだった。

 ならば自分は一体、何のために生まれてきたと言うのだろう。

 負けるため?

 ファイの踏み台となるためか?


(違う、違う、違う!)


 闇の中でもがくリシュに、エレイナが声を掛ける。


「……リシュお兄様、私が王宮で何と呼ばれていたか、リシュお兄様もご存知ですよね? 出涸らし姫、と」


 眉を下げて、儚げに笑う。


「それがどうした?」


 エレイナはファイと同じ母親の元、生を受けた。

 リシュのように半分だけじゃない、全く同じ血を引いているのだ。


 だからファイの才能が日の目を浴びたとき、周囲がエレイナに掛けた期待は大きかった。

 だが、エレイナはそれに応えることが出来なかった。


 先に断っておくが、一般的に見たらエレイナは充分上澄みだ。

 王族という観点から見ても、それは変わらない。

 しかし、ファイという麒麟児と同じ血を引いている前提が加わると、その評価は逆転してしまった。


 故に、口さがない連中は揃えてこう言うのだ。

 兄に才能を奪われた出涸らし姫――と。


 そのことはリシュも知っている。

 エレイナがずっとそれに心を痛め、懸命な努力を重ねていたことも。

 だが、だから何だというのか。

 リシュの気持ちが分かるとでも言いたいのか。

 思い上がりも甚だしい。


 戦う前に述べた通り、エレイナには王女としての役割がある。

 政略結婚として他国に嫁ぐという重要な役割が。

 才能の有無に関わらず、生まれてきたことそのものに意味があるのだ。


 それに比べてリシュはどうだ?

 ラシュアンという国にとってリシュという存在は、ファイに何かあったときのためのスペアにしか過ぎないのだ。

 それも――何もかもがファイに劣る粗悪品。


 何が同じとのたまうのか。

 つらつらと、憎々しげに吐き捨てるリシュに、エレイナはかぶりを振るう。

 

「それはリシュお兄様の視点でしょう。そんなことを言い出したら、リシュお兄様だって、例え王にならずとも公爵となり、領地を治めることになるじゃないですか」


 その正論にリシュの言葉は詰まった。

 そう、エレイナの視点から見れば、リシュにだって充分に役割があるのだ。

 公爵はもちろん、軍属して隊を率いるという選択肢もある。


 だが、リシュはそこに自身の存在意義を見出すことが出来なかった。

 ならば、あってないようなものだ。

 しかし、それを言うならエレイナも同じこと。

 彼女はリシュが述べた王女としての役割に、自身の存在意義を見出せなかった。


 大事なのは他者の視点ではなく、本人の視点――当人がどう感じたか、なのだ。


「私もずっと何のために生まれてきたのか分かりませんでした。どうしてお兄様のように出来ないのかと言われ続け、結果で人の気が引けなかったから、とにかく愛想良く振る舞うことだけを努めてきました」

「…………」


 リシュは目を逸らす。

 リシュも似たようなことを言われてきたが、直接的に言われたことは一度もなかった。

 だが、エレイナは何度も対面で言われてきたのだという。


「辛かった。苦しかった……ずっと。いつか見放される未来に怯え、誰にも本音を零すことなんて出来ませんでした。――でも」


 エレイナが笑う。

 いつもの朗らかな――しかし。リシュからすれば空元気だと一目で分かるソレとは違う、幸福に満たされた乙女の微笑み。


「リシュお兄様。私、恋をしました」


 出し抜けの告白に、リシュの思考が止まった。


「自分の全てを捧げたい、もらってほしいと思うほどに惚れ込んでしまいました。誠実とは程遠い、悪い人です」


 リシュの脳裏に、自身に無礼千万を働いた《暴君》が過ぎる。

 何となくだが、きっと間違いじゃないのだろう。


「強くて格好良くて、常に自信満々で、自分という芯を持っていて、何もかもが私と真逆で――何なら私が苦手と思うような人でした」


 それでも、と続けるエレイナには、微塵の後悔も見られなかった。


「それでも好きになってしまいました。そのときに気付いたんです。生まれたことに意味を求めること自体がそもそもの間違いだった、と」

「な、に……?」


 それは、聞き逃せるものじゃなかった。

 自分と同じ境遇にあり、同じ苦しみを持ち、同じ問題を抱えていたエレイナが答えを示したのだから。


「だって、そうでしょう? 人の心はこんなにも移ろいやすく、人は一生それに振り回されるんです。心の衝動には、存在の意義や理由ですら逆らえません」


 だというのに、生まれたことに意味を求めて何になるのでしょう、とエレイナは言う。

 その答えに辿り着いた、何よりの衝動を再び告げる。


「――ええ、私は、私の人生を変えてしまうほどの恋をしたんです」


 そう締め括ったエレイナは、ファイよりも眩しく見えた。







 どうかリシュにも伝わってほしい。

 もしも意味や理由を求めるのなら、それは生まれてきたことよりも、生きていることであるべきだ。


 夢とか、希望とか、――恋とか。

 そういう、外付けの理由。

 それは、ちゃんと顔を上げれば幾らでも見つけられる簡単なものであり、だけど生まれてきたことに固執していては、いつまでも見つけられない難しいものである。


 リシュはファイを超えられない人生に意味はないと言うけれど、そんなことはない。

 積み重ねこそが人生であり、エレイナたちは最初の挫折からずっと立ち止まったままだったのだ。

 だからどうか、兄への妄執を捨ててほしい。

 例え捨て切れなかったとしても、リシュには色んな選択肢があることを知ってほしかった。


 そうすれば、いつかきっと自分のように、自分だけの運命と出会える日が来ると思うから。

 戦闘中はつい性急な言動をしてしまったが、その運命こそがリシュを救うための、たった一つの答えを持っているに違いない。


 自分の気持ちはハッキリと伝えた。

 やはり、もう昔のように戻るのは無理だろう。

 それでもリシュが自分だけの運命と出会えたならば、新しく始め直すことは可能なはずだ。

 それを希望に、エレイナは最後の試練へと向かう。

 負ける気は毛頭なかった。


(それにしても――)


 と、エレイナは何となく、自身の手の平を眺めた。

 〝危険予知〟という新たな天賦。

 本来は実力差の大きかったリシュを降した勝因。


 ――それは薙刃がエレイナに与えた天賦だった。


 一時的ではなく、限定的でもなく、当たり前のように自身に馴染んでいる。

 これからもごく自然と、しかも永続的に扱えるという感覚がエレイナにはあった。

 もしもこの事実が明るみに出れば、間違いなく全世界が驚愕に包まれるだろう。

 本当に、規格外な存在だった。


(……まさか天賦も使わず、他人に天賦を授けるだなんて)


 まさに人間の領域を逸脱した、神のみぞ許された御業である。

 今思い返し、こうして恩恵に預かっていながらも俄かに信じ難い思いだった。

 それでも、この奇跡は間違いなく現実で。


「よしっ」


 自分の中から薙刃のチカラを感じ取ったエレイナは、背徳感にも似た高揚に胸を弾ませながら先を急いだ。




 そして、彼女の想い人たる薙刃の現在は。




「――俺の勝ちだな」

「……っ」



 《獅子王》にブレイドカノンを突き付けられる。

 その身体は右手を失い、更に頭から眼球を経由し、腰元までを斜めに深く斬り裂かれた傷により、瀕死の重傷に陥っていた。

 







――――――――――





 前回の後書きの続き


 概念系や因果系の天賦を創れる人間というのは、相当過酷なバックボーンを背負っているのが常です。


 そして天賦を行使するというのは、その過去を想起させる可能性が非常に高く、最悪フラッシュバックしてしまう可能性もあることから、これらの天賦を創った人たちは強大な天賦と理解しつつも、極力使いたがりません。


 天賦を忘れたと言い訳をしていたり、最後の最後まで出し渋ったリゼは、むしろ自然だったわけです。


 過去というのは、良くも悪くも寄り添い合い、折り合いを付けるものというのが私の認識ですので、「過去乗り越えたッピ! 乗り越えた以上、この強力無比な天賦も使いたい放題だウッヒョ~! ワイルドだろぉぉおう???」みたいな展開にだけは絶対にさせません。















 



 ☆次回予告☆


 やめて! ただでさえ瀕死の重傷を負っているのに、追撃なんて喰らったら、薙刃の命まで燃え尽きちゃう!(きっと、多分、もしかしたら、メイビー、…………………………ほんとかぁ??)


 死なないで薙刃! アンタがここで倒れたらエレイナや地球で待つ人々はどうなっちゃうの!?

 ライフはまだ残ってる!

 ここを耐えれば、《獅子王》に勝てるんだから!



 次回! たぶんどっちか死す!

 デュエルスタンバイ!




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