第18話 星間領域
――というわけで二時間後。
オレたちは想定通りダンジョンの百階層に到着した。
いやあ……ボスくんたちは強敵以下略。
目の前には、無数の光輪が折り重なった青い輝きを放つ球体。
星間領域へと続くゲートである。
「さて、そんじゃ配信を再開しますか」
「ちょっと待って」
そう言ってフェイルーンは軽く身嗜みを整えた。
オレも一応手櫛で髪の乱れを直しておく。
「お待たせ。もう始めて大丈夫よ」
「おけ」
既に枠の方は立てており、まだ始まってもいないのに何十万という視聴者が待機中だった。
:そろそろかな
:ほんまに二時間で百層まで突破できたんか?
:星間領域、だっけ? どんな場所だろ
:wktkが止まんねえ
:えー、ネット死語を使う古代民もいます
:なっつ
:死語に強まる念
:誰が上手いこと言えと
まあこれだけ数もいりゃ、コメント欄も賑やかだわな。
随分と待ち遠しいみたいだし、御開帳といこうか。ポチっとな。
:お
:始まった!
:ゲートあるじゃん。しかも周りの景色が違うな
:つーことはマジで百層まで行ったん?
:引くわー。スゲーけど引くわー
:一人だけマイライフしてる大〇選手かよ
:日本人の中から極稀に登場する特異点なんなの?
「二時間ぶりだな。察してるヤツもいるみたいだが、ご覧の通り、このゲートは地球じゃなく星間領域に飛ぶゲートだ。つまりあと一歩踏み出したら、そこは星間領域っつーわけだ。全員、心の準備はできたか?」
視聴者の反応に気を良くしながら、オレたちはゲートへの一歩を踏み出した。
光輪の動きが加速し、青い球体の輝きが増す。
視界が真っ白に染まり、一瞬の浮遊感。
次の瞬間には、オレたちにとっては見慣れた――。
視聴者たちにとっては初めてとなる星間領域が露になった。
そこは小高い丘の上だった。
視界を両断するようにグリフォンが空へと飛翔する。
あっという間に黒点となった姿を見届けると、次は青空と黄昏が混ざり合ったような神秘的な空が待ち受けていた。
天空を頂き浮遊する島々。
遥か彼方に霞んで見えるは、なだらかに折り重なった山々の稜線。一つだけ突き抜けたように伸びる山から赤と黒煙が立ち昇っている。
山の内側には見渡す限りの草原が広がり、足元の森からは動物たちの鳴き声が聞こえてきた。
端的に言うと、エーテルの息吹が満ち満ちた広大な大自然が広がっていた。
そこに合わせるように、物静かだけどどこか壮大な物語の始まりを予感させるBGMを流す。
コメントの流れは止まっていた。
どうやら画面越しからでも伝わる活力に満ちた大自然に言葉を失っているようだ。
次第にハッと我に変えたのか、感動のコメントが怒涛の如く流れた。
良いよね……素直に感動できて。
オレなんか「もしかしてコレで地球に帰れるんじゃね? やたあああああああああああああーーーっ!」って乗り込んだところにコレよ?
感動する余裕もなく膝から崩れ落ちたわ。
近くを通り掛かったキノコマンを惨殺したわ。
というか、ここのゲートはまだ他の異世界人に見つかってないっぽいな。
まあ昨日の今日だ。
大陸化した宇宙と言われるだけあって、星間領域は少なくとも五百億光年はあると推測されている。
しかも現在も拡大中なのだとか。
つまりゲートを見つけるのは、砂漠の中から一粒のダイヤを見つけるより遥かに難しいのだ。
とは言え、早急にゲートを中心に拠点を築いた方が良いのは間違いないんだが。
「さて、感動も落ち着いた頃だろうし、出発するか」
「行き先はラシュアンよね」
「ああ」
「方角は分かる?」
「バカにすんなよ。東だ」
オレは東方面を指差した。
「反対ね。あとそっちは北よ」
「……ッスゥー。た、試してたんだが???」
:草。
:これは三年間も迷子になるわけですね
:いや、でも土地勘がなけりゃ仕方なくね?
:確かに。太陽の登り方とかも違うだろうしね
そうそう! オレは悪くねえ! 悪いのは土地勘先生だ! オレは悪くねえ!
誤魔化すように虚空からカプセルを取り出し、それを放り投げる。
するとカプセルの中からバイクと戦闘機が一体化したような、白を基調とした流線形のメカが出現した。
左右と後部から生えた四つの翼には、青がメインに黒と黄金の美しいカラーリングが施され、コックピットはバイクのように剥き出しだ。
:ふぁ!?
:待て待て待て! 展開が早すぎる!
:どっから出した!? カプセルから戦闘機が出てきた!?
:SF過ぎんだろ……!
:そういや中世みたいな文明もあればSFみたいな文明の異世界もあるっつってたな
:大丈夫? 世界観の風呂敷広げすぎてない?
:か、かっけぇえええええーーっ!!
:いいないいないいなあ!
:主人公機みたいなカラーリングじゃん
:バイク好きの俺氏、一目惚れ。くれください売ってくだちいお願いします
「これはヴィマーナっつー乗り物だ。星間領域の体積は軽く見積もっても地球の『十の六十乗個分』はあるからな。SFに登場する戦艦とかも珍しくないよ」
つか、それらがないと普通に死ねる。
馬車とか完全に役立たずだ
ラシュアンという都市が近くにあったのは本当に助かった。
それでも本州を横断するくらいの距離はあるんだけどな。
:十の六十乗個分!
:規模が違い過ぎる
:俺バカだから分かんねえけどよお。バカだから分かんねえわ
:バカすぎ。地球の十の六十乗個分ってのはなあ、すっご~~~~~~~~~~~~~~~く大きいってことだよ!
:俺よりバカがいて安心したわ
:実質、資源が無限ってことだろ。マジで革命じゃん
:ブルーオーシャンどころかスターオーシャンだもんな
:今、ゲームの話した!?
:してない。下がれ
:クゥン……
操縦席に跨り、フェイルーンが後部座席に座る。
シートベルトを装着したのを認めてから、ヴィマーナの起動ボタンを押す。
慣れた手つきで機体の確認を終えると、アクセルを回した。
加速による推力もなしに、まるで気球のように機体は静かに、ゆっくりと浮上しはじめる。
見る見るうちに高度が上がり、更に騒がしくなるコメント欄を横目で見ながら一気に加速。
あっという間に果てしない空へと飛翔するのだった。
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