第36話
「お疲れ様です、エレイナ様。薙刃にリゼ、龍女様も、無事で何よりだわ」
場所は中央都市。
王練の一つを達成したことを報告するために訪れたテレーゼの執務室にて、出迎えたテレーゼの第一声である。
怜悧な美貌に安堵の笑みを浮かべ、労わりの言葉を掛けてきた。
「はい。今回も何とか上手くいきました」
へにゃりと笑いながら、エレイナがヴォルスピナの素材を渡す。
以前と同じようにスキャンを掛けたテレーゼが「確かに」とクリアを認めた。
ちなみにあの行為は、ヴォルスピナ自身と、そして王族以外のエーテルが混ざり込んでいないかを確認するための行為だ。
前述した通り、王練は外部の手助けが禁止だからな。
「これでリシュ王子との差は、ほとんど無くなりましたね」
「そうなんですか?」
「ええ、リシュ王子が第三の試練をクリアしたのは、半日前のことですから」
「そう、ですか……」
テレーゼの言葉に何とも言えない表情になり、そっと目を逸らすエレイナ。
まだ割り切れてないんだろうな。
そんなエレイナの心境を看破したテレーゼは、神妙な面持ちを向けた。
「エレイナ様――いえ、何でもありません」
だが、結局は口を噤む選択をした。
やや気まずい雰囲気が流れたところを、オレが柏手を打ち、注目を集める。
「話も付いたことだし、メシでも食いに行こうぜ」
「そう言えば、もうそんな時間だったわね」
オレの提案にリゼが乗っかった。
「妾はサッパリしたものが食べたいわ」
「じゃ、お前塩水な」
テシテシテシ!
「肉ね。肉一択よ」
「やっぱ食べに行くってなったら肉だよな」
シースーとか刺身はラシュアン――っつーか異世界には無いし。
「で、二人は何が良いんだ? 肉か、肉か、それとも肉か。一応肉っつー選択肢もあるが」
「実に難しい選択肢ね。ここに更に肉という可能性もありだと思うわ」
「マジかよ。じゃあ敢えて肉っていうのはどうだ?」
「斬新すぎて何とも言えない肉ね」
「ねえ、この中身のないゴミみたいな会話いつまで続くのかしら?」
そんなやり取りをしていると、エレイナとテレーゼは顔を見合わせ、くすりと笑った。
「私もお肉で良いですよ。寧ろバッチコイです!」
「自分で言っといてアレだけど、あんなに猪肉食べたのにか?」
「お肉はいつ、どれだけ食べても美味しいですからね」
「わかる」
エレイナの言葉にリゼが深々と頷いた。パタパタと上機嫌に尻尾が揺れている。
「そいじゃあ焼肉で決定だな。どこにする?」
「あ、私食べ放題が良いですっ」
「私は高いとこ」
普通逆じゃね?
「レストランで好きな物を食べれば良いでしょう?」
と、割れた意見をまとめ上げたのはテレーゼだ。
眼前にウィンドウを開き、さっさと手続きを進めている。
「諸々の手配は済ませたわ。行くとしましょう」
さすが大守護者サマ。仕事が早い。
というワケで場所は、都市の夜景が一望できる高級レストラン。
そこに訪れる客は貴族を始めとした富裕層ばかりであり、最初は自国のお姫サマであるエレイナと大守護者であるテレーゼという二大プリンセスの登場に騒然となった。
すると蜜に群がるアリのように我先にと挨拶なり繋がりを持とうとする輩が後を絶たなかったのだが、オレの顔を見た瞬間、大半が顔面蒼白となり、逃げるように場を後にした。
「きっとオレから迸る圧倒的な善オーラに、良心の呵責を覚えたんだろうな。分かる」
「相変わらず其方の頭はハッピーね」
「自分が何したのか忘れたのかしら?」
「薙刃くんが何かしたんですか?」
「……。詳細は省きますが、薙刃と関わった幾つかの貴族が没落したとだけ」
エレイナが『薙刃くん』と呼んだことに一瞬反応したテレーゼだったが、すぐに平静を取り繕い、軽い経緯を話した。
「うへぁ」
頬を引く付かせるエレイナ。
「誤解を招く言い方はやめろ。オレはただムカつくヤツをぶん殴ったら、それがたまたま絵に描いたような悪徳貴族だったから不正の証拠をばら撒いて事件を上書きしただけだ」
「誤解?」
やれやれと肩を竦める。
オレだって好き好んで破滅に追いやったワケじゃねえよ。
その証拠に0.2秒くらいはどうしようかと迷ったもん。
これはあまりに善人。
将来が心配になるレベルですね。
悪い人に騙されたらどうしようぷるぷる。ドラム缶とコンクリートとアリバイを用意しとかないと。
「お待たせしました」
ウェイターがやや緊張した面持ちで料理を運んできた。
高級レストランで働くだけあって実に丁寧な所作だが、おっかなびっくりでもある。
まあ二人の身分を考えれば当たり前だが、それでもエレイナのデカいお山に一瞬目がいったのを見逃さない。
オレ、リゼ、エレイナがガッツリした肉料理なのに対し、フェイルーンはアクアパッツァ、テレーゼは野菜中心の料理だった。
エルフは生粋のベジタリアンであり、その血が半分入っているテレーゼも肉を好んでいないのだ。
「ほんで、次の王練は何のモンスターを倒すんだ? エレフランドか? それともシェルホーク? メアヴァイト?」
肉を切り分けながら問い掛ける。
パクリと一口。うん、美味いっちゃ美味いけど、やっぱタレがちょいと物足りんな。
「どれも大陸級モンスターじゃない。そんな複数の国家が対処に当たらなきゃいけないモンスターをお題にするわけないでしょう。王練はA級モンスターから選抜されるのよ」
「あはは……。さすがに大陸級は遠慮したいですね。第四の試練はグレンベイルの討伐です」
「グレンベイル……確か炎を操る巨人型のモンスターだったか」
ですです、とエレイナは頬袋に詰め込んだ肉を咀嚼しながら頷いた。
A級モンスターとかほぼワンパンだからほとんど覚えてないんだよな。
ちなみにA級だったり大陸級だったり色々紛らわしいかもだが、基本的にモンスターの階級はS~Fにランク分けされており、大陸級やら惑星級やらはS級を更に区分するために登場する用語だ。
S級はサイズがピンキリだからな。
「ま、エレイナなら巨人型モンスター相手に手こずることはないだろ」
「えへへ、そうですかね」
「私嫌い。硬すぎんのよ、あいつら」
リゼが眉根を寄せながら言った。
コイツは手数を重視するタイプのアタッカーだからな。
デカいモンスターだと一撃の火力が求められるから相性は良くないのだ。
やっぱモンスターが相手だと、変に凝った天賦よりも自己バフに特化したシンプルイズベストな天賦が最適だよな。
対人戦だと逆転するから一長一短だが。
「とは言え、油断は禁物ですよ、エレイナ様。何が起こるか分かりませんから」
「もちろん分かっています。油断も慢心もせず、必ず第四の試練もこなして見せますともっ」
ふんす、と気合を入れるエレイナ。
そんなエレイナに、テレーゼは微笑を浮かべた――が。
「フン、随分と余裕そうだな。エレイナ」
横合いから棘のある言葉が飛んできた。
ぞろぞろとやって来た連中には、思いっ切り心当たりがあった。
やほ、と気軽に手を挙げると、おう、と向こうも気軽な返答。
そして「何親しげに接してんですか」と部下から半眼を向けられている。
そいつらは先日、バリバリにやり合った〝極北の旅団〟だったのだ。
つまり、それを我が物顔で引き連れてやって来たのは、
「リシュお兄様……」
半ば呆然といった様子で呟く。
気品がありながらもどこか野生味を感じさせる風貌をした男が、冷たくエレイナを見下ろしていた。
――――――――――
王子の容姿を銀髪オッドアイにして「やっぱりオリ主じゃねえか!」と突っ込ませようと思ったのですが、カクヨムだと伝わらなさそう&さすがに老人会がすぎるという理由から断念しました。
ハァ……ハァ……老人会……?
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