第一章 

第7話 一夜明けて

 

 

 ごくごくごくごくごくっ。


「っぷはぁ~~……!」


 は~~~~、生き返る~~!

 っぱコーヒー牛乳と言えばこれだよなあこれ。この味。

 まろやかな甘味と牛乳とコーヒーの絶妙なバランスが堪らん。


 ヤバい。懐かしすぎて泣きそう。

 オレ、もうこいつと結婚する。


 我が家はこれと一緒に育ったと言っても過言ではない。

 きっと両親も快く祝福してくれるだろう。


 女? 何それ飲めんの? 飲んだらこいつみたいに甘いの?

 んなことないだろ。じゃあキミの負け。

 何で負けたか、明日まで考えといて下さい。

 そしたら何かが見えてくるはずです。

 ほな、いただきます。うまー!


「――にしても随分と様変わりしたなぁ」


 窓の向こうに広がる景色を見下ろし、呟く。

 遠くの方は記憶と相違ない景観だが、近くは全くの別物に変貌していた。


 まあ星間行路――つまるところダンジョンが出現したのだから当然か。

 政府はダンジョン周辺の土地を買い上げ、ゲートを取り囲むように大きな基地を設え、ダンジョンに対する防衛体制を整えた。


 その判断に間違いはない――が、ここにあったはずのパイセンの家や剣術道場が無くなったのは残念に思う。

 そういやパイセンはどこに住んでんだろうか。

 あの後あんま話せなかったんだよな。

 何か避けられた気がしたのは、気のせいかしら。


「薙刃、起きているかしら?」


 コンコンコンとノックの後にそんな声が聞こえた。

 幼子のような声質ながらも、落ち着きのある理知的な声音。

 それは半年ほど異世界の旅を共にした相棒のものだ。


「ああ、フェイルーンか。入っていいぞ」


 ガチャリと扉が開き、薄花色の髪をしたロリっ娘が入室する。

 こめかみから後ろに向けて東洋の龍と似た形状の角が生えているが、鮮やかなピンク色のせいで珊瑚にしか見えない。

 珊瑚、髪に付いてたよ(ボキッ)。


「良く眠れたみたいね。どうかしら? ようやく故郷に帰れた感想は?」

「まあボチボチってとこだな」


 マイフェイバリットコーヒー牛乳を飲めたのは最高だが、まだ家にも帰ってないしな。家族に連絡だけはしたが。


「随分と曖昧ね。其方の物珍しい姿を見られると期待していたのだけど」


 残念だわ、と頬に手を当てながら、フェイルーンはちょこんとベッドに腰を降ろした。


「感動して泣くと思ったか?」

「いいえ、其方にそんなセンチメンタルな情緒を期待するほど奇特な精神性はしてないもの」

「はい傷付いた。オレじゃなかったら殺人事件に発展してました」

「嘘乙とでも言えば良いのかしら?」

「おいおい、世の中にゃハンガーを投げられただけで抹殺された奴もいるんだぜ?」

「また妙な嘘を――え? 嘘じゃないの……?」


 嘘を見抜けるフェイルーンが愕然となる。おもろ。

 まあ漫画の話だし、そのハンガーも元々あった憎悪を爆発させた切っ掛けに過ぎないが。

 嘘は見抜けても真実が見抜けるわけじゃないんだよな。


「おーい、起きてっか問題児」


 と、新たな来客がノックもせずに入って来た。知り合いじゃん。

 進藤零児。くせ毛に切れ長の瞳をしたイケメン警察官だ。


「フェイルーン、お前何かしたのか? 早速問題児扱いされてんじゃねえか」

「ここは其方に宛がわれた部屋よ。はい、論破」

「知らんのか? 論破ってのは暴力で捻じ伏せられるんだ」


 やはり暴力。暴力は全てを解決する。


「それはプライドを引き換えにするほど価値のあるものなのかしら?」


 チッ。ああ言えばこう言うやつめ。

 もう少しオレのように慎ましやかになれんものか。


「へえ、お前が丸め込まれるなんて珍しいじゃねえか」


 進藤さんはニヤリと笑う。

 不良警官という言葉がピッタリだ。

 イケメン不良警察とか女に人気出そう。


「失敬ですね。オレほど謙虚な人間がこの世に居るとでも?」

「お前を基準にしたら世の九割が聖人だっつーの」

「もやは芸風よね」

「よーし、おいちゃん今から殺人事件起こしちゃうぞー」


 二人分のドラム缶とセメントを用意しなきゃだな。


「其方は薙刃とお知り合いなのかしら?」

「其方て、また珍しい言い回しだな。ま、そんなとこだ。こいつは昔から根っからの問題児でな。よく警察の厄介になってたんだよ。まあちっとも改善しなかったが」


 まるで積年の恨みを晴らすかのように乱暴に頭を撫でられる。

 はて、まるで心当たりがありませんね。

 つかいつまで触っとんねん! そぉい!


「かつ丼を食べたかっただけで不良をのしたのはお前くらいだろうよ。るんるん気分で自首しやがって。何度も言ってっけど、かつ丼と取り調べは等式じゃねえからな? おん?」

「そんなこと言いながら毎回ちゃんと用意してくれてる進藤さんには足を向けて寝られませんよ。これからはあっちに足を向けることにします」

「おう、その方向はバッチリ俺ん家だな。このクソガキ」


 バレてて草。


「ったく、お前と話してたらいつも変な方向に話が飛びやがる。起きたんならさっさと行くぞ。お前と、んで嬢ちゃんの話を聞きたい奴が山ほどいるんでな」

「スリーサイズ? やだ怖い」

「ぶっ飛ばすぞ」


 身を翻した進藤さんの後ろを付いて行こうとしたが、不意にその足がピタリと止まった。


「そういや言い忘れていたな」


 と前置きをしてから進藤さんは、首だけを振り向かせ、


「良く帰って来たな、薙刃」


 ニヤリと不敵に。

 しかしその瞳には優しさを湛えて言うのだった。


「……………見たか、フェイルーン。あれが女を堕とすテクニックだ」

「飄々とした男が不意に見せた優しさというものね。これは確かに効果抜群だわ」


 悪い男に引っ掛かる女の気持ちが少し分かった気がした。

 参考にしよ。


「全部聞こえてんだよ、クソガキ共」







 進藤さんに案内されたのは、応接室っぽい場所だった。


「おはよう、迅切くん。体調の方は大丈夫かい?」


 部屋には既に数人が大人がおり、一番身分の高そうな人が代表するようにオレたちを出迎えた。

 ハードボイルドが似合う、ナイスミドルなイケオジだ。

 オレも将来こんな男になりたいものである。


「残念だけど、其方に一番似合うのは牢屋の中よ」


 ブチ殺したろか、このガキ。


「ええ、久しぶりにぐっすりと眠られました。ご配慮痛み入ります」


 フェイルーンの額にデコピンをしてから握手に応じる。

 額を赤くしたフェイルーンが涙目でテシテシ叩いてくるが、無視だ。


「そちらのお嬢さんは」


 フェイルーンを攻撃を止め、イケオジへと向き直った。


「フェイルーンよ。よろしく」

「……その頭にある角は、アクセサリーとかではないんだね?」


 珊瑚かもしれない。


「もちろん本物よ。妾はヒューマンではなく龍神だもの。だけど気にせず普通に接してくれると嬉しいわ。……そうね、薙刃の保護者と思ってくれればいいわ」

「誰の保護者だロリっ娘が」

「あら、この国には年功序列の風習があると聞いたのだけど?」

「残念だったな。それにゃあ外見年齢も伴わないと適応外なんだよ」


 割と真理だと思う。

 確かな身分が認知されているならともかく、ただの合法ロリに仰々しく接するのは普通にハードル高いよな。


「……失礼を承知で尋ねさせてもらうが、フェイルーン嬢は一体何歳なんだい?」

「少なくとも其方の数百倍は生きているわね」

「合法通り越して化石なんだよな。化石ロリ」


 テシテシテシ!

 とまあそんなやり取りをしつつ対面のソファーに腰を降ろす。

 テーブルにお茶とお茶請けが配膳された。

 ほほう、きな粉餅とは良いチョイスだ。

 まずは一口。うまー。


「とても上品な味わいね。凄く美味しいわ」


 フェイルーンも目を丸くして驚いている。


「だろ? 食に関しちゃ、やっぱ日本が一番だわ」

「そうなのかい?」


 と、イケオジが尋ねてきた。


「ええ。異世界の文明レベルなんてピンキリですが、どこも日本ほど食に力を入れてはいませんでした」


 ナーロッパ風は言わずもがな。

 SFレベルの文明世界だと味より効率が重要視されており、合成食が主流だった。

 食べた感想?

 虚無。

 味が無くなるちょい手前のガムみたいな感じと言えばいいのか。

 それが一口目からだぜ?

 あんな味気ないものは、二度と御免だ。


 地球の先進国と同等の文明を持つ異世界もあったが、そこの料理も物足りなかった。

 まあ海外でも日本人の『食』への執着には驚かれるレベルだし、仕方ないっちゃ仕方ないか。


「異世界、か……。しかも聞いている限り一つ二つの規模じゃないみたいだね。その話も実に興味深いが、まずは本題に入らせてほしい」

「本題ですか?」


 今の反応といい、大体予想は付くが。


「我々は、君の三年間の軌跡を知りたいんだ。この世界で唯一ダンジョンを踏破したとされる君が、果たして何を見聞きしたのかを」


 イケオジは幾ばくかの焦燥を孕んだ瞳で、ちらりとフェイルーンを一瞥する。

 一刻も早く情報が欲しいというのがありありと伝わってきた。


「やっぱオレ以外に星間行路――ダンジョンを踏破した奴は居なかったんですね」

「……その通りだ。我々はダンジョンの果てには何があるのか、ダンジョンがどこまで続くのかすら不明瞭なのだ。それは日本のみならず、他国も同様だ。どうか我々に、君が体験したことを聞かせてほしい」


 重く、堅い返答だった。

 ま、そうじゃないと『向こう側』のゲートを野晒しにする理由がないもんな。

 異世界という単語にも半信半疑だったし。


「分かりました。少し長くなりますが大丈夫ですか?」

「もちろんだ。より事細かに語ってくれると助かる」


 イケオジが目配らせをすると、背景に徹していた面々が素早くカメラのセッティングを始めた。

 今のうちにきな粉餅を三つほど摘まみ、最後に熱々の緑茶を流し込む。

 カメラに赤いランプが点灯したのを認め、オレは滔々と語り出した。



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