第6話 踏破者の帰還



 :な、何だあ!

 :救援か!?

 :間に合った!?


(援、軍……?)


 モンスターたちは何が起こったのか分からず後ろを振り向いた。

 その身体を、次の瞬間、風のように駆け抜けた何かが斬り飛ばす。

 それは二人に迫った脅威を一旦退けたあと、守護するように立ち塞がった。


「――フェイルーン。そこの二人は任せた」

「…………え」


 凛音の耳に、懐かしい声が聞こえた気がした。

 視界がぼやけていて良く見えない。

 こちらに背を向けて歩き出す姿になぜか焦燥感を抱き、手を伸ばそうとするが、全然力が入らない。


「安心なさい。もう大丈夫よ」


 何とか必死に言葉を紡ごうとして、それさえも出来ず金魚のように口をパクパクさせる凛音を宥めたのは、優しい声だった。


 幼子のような可憐な声。

 しかし、その声色は安らかな落ち着きに満ちており、まるで聖母のようだ。


 自然と力が抜けた。

 心の、精神の力だ。

 そんな凛音を淡く澄んだ光が包み込む。


(あたたかい……)


 不意に母の姿を思い出し、凛音は泣きそうになった。


 凛音を包み込む光の粒子は、やがて吸い込まれるようにして凛音の傷口に集束した。

 集まった光が触れるたびに、みるみる傷口が塞がっていく。

 痛みが波のように引き、失ったはずの活力が押し寄せる。

 

「え?、傷が……」


 すっかり全快した凛音は、目一杯の疑問符を浮かべる。

 患部だった部位に指を触れ、ぐちゃぐちゃになった肉が皮と一緒に再生されたことを知覚する。

 折れた骨も元通りだ。


「一体、なにが」


 確かに地球はファンタジーになった。

 が、出来るようになったことは精々が身体能力の強化くらいだ。

 レベルやスキルにステータスなんてものはもちろん、魔法のような超常の力もない――というのが地球の共通認識だった。

 だからこそ凛音のように予め武術を嗜んでいた者が重宝されたのだ。

 

 しかし今、凛音が受けたのは間違いなく魔法染みた超常の力だ。


「回復魔法……?」

「あら、こういうのは初めてかしら?」


 声の主はそんな言葉を返しながら素早くランジュの治療も済ませた。

 パチリと大きな瞳が開く。

 首を傾げながら上半身を起こすランジュにホッと胸を撫で下ろした。


「まだ『星間行路』が開いて浅いということよね。じゃあもしかしたら、ここが地球だったりするのかしら?」


 答えを求めるように声の主が振り返った。

 その容姿を真正面から捉えた凛音は愕然となる。


 :よ、よ、幼女だあああああああああ!

 :スーハー、スーハー! ……ふぅ

 :は? 可愛すぎてキレそう

 :ふ、ふひっ。お嬢ちゃん、僕をお兄ちゃんと呼んでみないかい? お兄たまでも可

 :子どもの声音なのに、ママみたいな落ち着いた口調……オギャア! オギャア!

 :一気にコメントがキモくなったんだが

 :なんか角生えてない? 東洋の龍みたいな……や、色のせいでどっちかっつーと珊瑚か?

 :妄想乙。そこまでファンタジーじゃないって結論出てん――マジだああああ!

 :龍娘、だと……!!?

 :や。突っ込むべきは子どもがダンジョンにいることだと思うんだが。冒険者の資格は十四歳からだろ?


 小さく可憐な女の子だった。

 百三十センチに達しただろう体躯に、もちもちとした白い柔肌。

 この場には似つかわしくない、甘えたい盛りな幼子そのものだ。


 上品に澄んだ竜胆色のセミロング。

 赤いアイシャドウを薄く塗った瞳は、常に色彩が変化しており、まるで虹のようだ。


 ノースリーブのブラウスに青のフレアスカート。

 その上には、敢えて肩先を露出するように着崩した白のフィッシュテールワンピース。所々に青の模様が描かれており、ハイウエストの皮ベルトで固定されている。

 丈の長い後ろ側の裏生地は黒く、夜空に瞬く星座があしらわれていた。

 腕には羽衣が巻き付き、重力を無視するようにふわりと浮かんでいる。


 とても目を惹く少女だ。

 その愛らしい容姿にそうだが、薄蓮色の髪もかなり特徴的だ。

 しかし、何より人の目を集めたのは、こめかみの部分から後方に向かって生えたピンク色の角だろう。

 東洋の龍を彷彿とさせる枝のような形状だが、その鮮やかな色合いにより、どちらかと言うと珊瑚のようだ。


「できれば質問に答えてくれると助かるのだけど、まだどこか痛い?」

「あ、ううん。大丈夫! えーと……ごめんなさい。もう一度言ってくれるかな? 聞き逃しちゃって」

「構わないわ。妾が聞きたいのは、ここが地球と繋がってるかどうかよ」

「ダンジョンのこと? それなら地球と繋がってるけど」


 と言うか、他にあるのだろうか?

 少女の不思議な言い回しに疑問符を浮かべながら返答する。

 すると少女はふんわりと笑い、


「そう、ようやく当たりを引き当てたのね――薙刃」

「――――――――ぇ」


 凛音の時が止まった。


「今……なん、て……。まさか……まさか」


 信じられない面持ちで少女の視線を追い――口元を抑える。

 そこにはたった一人でモンスターを殲滅する青年がいた。


 男にしては長めの黒髪を無造作に束ね、簪を挿している。

 目つきは少々鋭いが、女物の装飾品が違和感なく溶け込むほどに顔立ちは整っていた。


 袖の長い白いローブの上には白銀の胸当て。

 手には黒のロンググローブを通し、同じく黒のワイドパンツに編み上げブーツを履いている。


 魔法使いと騎士。

 その双方のイメージを取り込んだ衣装には所々金の刺繍が施されており、上品かつ高貴な雰囲気を演出していた。


 そんな青年が纏うのは一振りの刀と、青を基調とした近未来的なデザインの機動武装だ。


 右肩付近には翡翠に透き通った刀身を設えた、身の丈ほどある機械仕掛けの大剣が。

 左肩付近には槍にも似た長大なライフルらしきものが。

 周囲には六つの細長い凧形の兵器が。

 そして背中付近には、機械の翼が。

 それぞれ付き従うように浮遊している。


 ダンジョンを冒険するようになり、凛音の身体能力は遥かに向上した。

 しかし、件の青年は、そんな凛音よりずっと速かった。


 鳥のように畳んでいた機械翼を展開すると同時にスラスターが点火。

 一気に加速した青年が勢いのまま刀を振り抜けば、何体ものモンスターが寸断される。

 青年が周囲のモンスターを殲滅を済ますと、左肩付近に浮遊するライフルらしきものへと手を伸ばす。

 すると折り畳まれていたグリップが起き上がった。

 起き上がったグリップをトンファーのように逆手に握り締める。

 これだとどうやってもスコープを除くのは不可能だが、そもそもライフルらしきものにスコープは付属していない。あれで正しい握り方なのだろう。


 特に照準を合わせた様子もなくトリガーを引く。

 銃口から光を凝縮したような弾丸が放たれ、射線上にいたモンスターの悉くに風穴を空けた。


 周囲に浮遊していた六つの凧形兵器が展開され、先端から一斉にレーザーを噴き出した。

 次々と連射されるレーザーは、大量のモンスターの身体に風穴を開けていく。


 :ファッ!?

 :何あのクッソかっこいい武器!?

 :ビームきちゃあああ!

 :SFだーっ!

 :ファ、ファ、ファ……ファ〇ネルやんけーーっ!

 :世界観違いすぎんか?

 :今更やろ


 あれほど絶望的だった状況があっという間にひっくり返った。

 さっきの奮闘は何だったのかと言いたくなる程の蹂躙劇に誰もが目を剥いた。


 しかし、凛音の驚愕は別のところにあった。


「ぁぁ……」


 凛音の視線は、青年の顔だけを捉えていた。


 忘れない。忘れられるわけがない。忘れていいわけがなかった。

 自分のせいで行方不明になった彼。

 記憶にある彼より成長しているが、確かな面影がある。

 それを凛音が見間違えるはずがなかった。

 彼を見つけるためだけに冒険者になったのだ。


 それだけが彼女に出来るたった一つの償いだったから。


 気が付けば残ったモンスターは、たった一体になっていた。

 深い闇の向こうからズルズルと地面を這いながら巨大ワームが姿を見せる。


 青年が納刀し、刀を手放すと、どういうカラクリか刀は消失した。

 武器を右肩付近に浮かぶ機械仕掛けの大剣に切り替え、飛翔

 ワームが不気味な口を開き、ドプリと吐瀉物を吐き出した。

 即座に青年は機動を変えたが、その口は吐瀉物を撒き散らしながら追い掛ける。


 しかし、捉えられない。

 戦闘機のように力強く縦横無尽に空を翔け、ワームに揺さぶりを掛けながら肉薄した青年は力強く一閃。

 透き通った翡翠の刃は、強固な外殻をチーズのように切り裂き、頭から尾まで一切止まることなく駆け抜けた。


 縦に真っ二つに割かれたワームが地面に倒れ、間もなく光の粒子へと還った。

 ようやく訪れた静寂の中、青年の着地音が響く。


「ま、こんなモンか」


 そんな軽口を叩きながら青年は大剣を手放す。

 すると大剣は自動的に右肩付近へと移動した。

 青年が振り返り、視線が重なる。

 切れ長の瞳がキョトンと丸くなった。


 いつの間にか凛音は、滂沱の涙を流していた。


「パイセン?」

「……迅切、くん」


 万感を込めて名を呼ぶ。

 そこに居たのは、ダンジョンの出現に伴い行方不明になった後輩――迅切薙刃だった。



   ◇◆◇



 ダンジョンの出現に巻き込まれ、三年間行方不明になっていた青年の帰還。

 その情報は瞬く間に拡散され、日本のみならず世界中のトレンドを占領するほどの大騒ぎとなった。


 それもそのはず。

 その文面だけでも一面のニュースを飾るには充分過ぎると言うのに、青年は隔絶した実力を以てモンスターの大群を殲滅するという偉業すら成し遂げたのだ。


 しかも時代を超越した近未来的な武装と、頭に珊瑚のような角を生やした小さな女の子を連れて。


 SFと異世界ファンタジーのダブルパンチ。

 明らかな情報過多である。


 おめーソレ風呂敷畳み切れんのか? と言われても仕方ないレベルだった。

 ようつべのゆっくり評論家に『色々手を出した結果、全部が中途半端になったんだよね』と酷評されそう。


 これが口頭により語られた情報なら、誰もが「プギャギャー。妄想乙」と草を生やしたことだろう。

 しかし、その光景は日本トップクラスのダンジョンストリーマーの生配信がバッチリと記録していた。


 元々視聴者の数は多かったが、モンスターパレードにより更に視聴者数は上昇。

 数十万の視聴者がそのぶっ飛んだシーンを見届け、切り抜き動画はポップコーンのようにバチコーンと弾けた。


 しかし驚きの情報はまだまだ止まらない。

 寧ろそんなものは序の口とばかりに青年から語られた情報は、世界中にダンジョン出現以来の大旋風を巻き起こした。


 ――ダンジョンを超えると、そこは異世界だった。

 ――あ、ちなさっさとダンジョンを踏破して『向こう』に基地なり何なり作っとかんと普通に異世界から侵略されるよ。ドマです。


 混沌とも言う。

 

 

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