第12話
夜。
夕姫も既に帰宅し、オレは一人自室のベッドで仰向けに寝転んでいた。
ぼんやりと天井を眺めているわけではない。
大体五十センチほど離れた空間にモニターが浮かび上がり、それを眺めているのだ。
これはオレの右手に装着した『EVE』という個人端末機器の機能だ。
簡単に言うと異世界版スマホである。
空間に画面を投影し、思考での操作が可能という夢の機械だ。
あれを見たいこれをしたいと思うだけで勝手に画面が切り替わってくれるという神性能。
科学の力ってスゲー。
スマホとかもう時代遅れですわ!
今、オレが見ているのは、とある配信者の過去配信だ。
チャンネル名は『四季折姫』。
動画は三人の可憐な少女たちが星間行路を冒険すると言った内容だ。
射手の少女が装着したアクションカメラが視点となっている。
彼女たちのような存在を、ダンジョンストリーマーと言うらしい。
軽く検索すると何万という数のチャンネルが出てきた。
新しく開拓されたジャンルのはずだが、既に飽和状態だ。
そんなレッドオーシャンと化したダンジョンストリーマーの中でも、この四季折姫というチャンネルは充分上澄みと呼べる数字を誇っていた。
『お、二人とも。敵が出現しましたよ! さあ斬りましょう殺しましょう一思いにザックリと! やっふー!』
そう意気揚々と刀を抜いたのは、桜城春姫という少女だ。
色素の薄いプラチナブロンドの髪を肩先まで伸ばし、黒のリボンでハーフアップに纏め上げている。
黒のロングマフラーを巻き、純白の着物は瑞々しい肩先から二の腕を露出させたノースリーブだ。
青い袴に、大きな蝶を作った黄色の帯。足元は歯のない厚底の黒い下駄。
純和風から逸れたアニメチックな服装だが、美少女という生き物は、それを難なく着こなす存在だ。普通に似合っていた。
溌剌とした様子で刀を構えた春姫だが、次の瞬間には一切の表情が抜け落ちた。
喜怒哀楽も警戒も殺意も、何もかもが消え失せた人形のような面差しでモンスターへと斬り掛かる。
そんな春姫を援護するように視点主が矢を放ち、もう片方の少女も銃を発砲した。
うーん、見事にバランスが悪いパーティだな。
もう一人近接アタッカーがいればのう。
一撃の火力が高いタイプだと尚良し、
夕姫にも説明した通り、エーテルを攻撃に運用できないと遠距離武器が火力に貢献するのは難しいんだよな。
事実、二人の放った攻撃は精々牽制が良いところ。
それでも四季折姫というパーティが二十二層まで到達しているのは、春姫の実力が凄まじいからだ。
才能だけならオレと良い勝負できるんじゃねえかな。
振るう剣閃はどれも鋭く、的確にモンスターの急所を穿っている。
淡々と命を奪っていく様子は、武芸者というより仕事人を彷彿とさせた。
「うーん、さすがバーサク剣士」
実はこの桜城春姫という少女とは知り合いだったりする。
こいつは不良ならばボコっても構わないという認識で深夜に一人徘徊し、片っ端から不良を木刀で殴り倒した辻斬りの常習犯なのだ。
オレもそのターゲットにされ、闇討ちを受けた過去がある。
なぜ慈愛の化身と名高いオレを狙ったのかは未だ不明だが。
あの時も全くの無表情で木刀を振るう、修羅のような女だった。
まあ返り討ちにしたが。
とは言え、かなりギリギリだった。
何せ、生まれて初めて重傷を負ったくらいだ。
それほどこの女は強かった。。
だから星間行路で八面六臂の大活躍をしても特に何も思わない。
こいつならできるだろうなって感じだ。
そしてその場にはもう一人、オレの知り合いがいた。
それは視点主。
夕姫だ。
「――もう一度異世界に、ですか?」
時は昼間まで遡る。
オレが異世界へとんぼ返りすると伝えた夕姫の反応は芳しくなかった。
「どうして兄さんが? やっと帰って来たというのに」
「そりゃ現状オレしか居ねえからな。異世界に行けんのも、異世界にパイプがあんのも」
「それは、そうですけど……」
オレやフェイルーンがエーテルの扱い方を指南できれば良かったんだが、簡単に修得しちまったからなぁ。
正直、何がそんなに難しいのかがサッパリっつーのが本音だ。
身近に例えるなら「勉強とかセンセーの話聞いてるだけで充分じゃね?」って感じかね。
或いは「数学とか公式さえ覚えときゃ簡単に解けるだろ」みたいな。
オレにとってエーテルの扱い方は、まさにソレだった。
フェイルーンに至っては生まれた時から呼吸も同然に扱えたみたいだし。
名選手が必ずしも優れた監督になるとは限らないってやつだな。
さすがに他人の命に関わる場面で虚勢を張るほど終わっちゃいない。
だからオレたち以外に指南に長けた人材が必要だった。
「オレの話を聞いたなら、諸々の人材が必要なのは分かんだろ?」
エーテルの扱い方はもちろん、エーテルを用いた技術に外交関係。
他にも問題は山ほどあるが、温和な異世界との友好関係は何よりも優先すべきだ。
これを怠って侵略された国は、枚挙に暇がないレベルだからな。
「でも……それでも、やっぱり心配です」
しかし夕姫の表情は優れない。
不安げな眼差しを向けてくる。
夕姫とて、こちらの言い分が正しいと分かっているはずだ。
だが、彼女からすれば、三年も行方不明になっていた兄貴分がまたその渦中へと飛び込もうというのだ。
容易に頷けるわけがないわな。
「お前の心配は嬉しいが、大丈夫だよ。今回はすぐ帰って来る」
オレが三年間帰れなかったのは、単純に帰り道が分からなかっただけだ。
しかし、その問題が解決した以上、地球と異世界の行き来は簡単だ。
星間行路は一度踏破すれば、次からは丸々省略できるしな。
星間領域のマッピングも無問題。
確かにオレはやや方向音痴を拗らせているが、漫画キャラほどじゃない。
その気になれば、往復に一日も掛からないだろう。
「本当ですか?」
「オレがお前に嘘を付いた事があったか?」
「割りと」
「はっはっは」
オレが乾いた笑いを上げると、夕姫は仕方なさそうに笑みを浮かべる。
「もうっ……分かりました。兄さんを信じます」
「ああ、お兄様に任せとけ。何か良い土産も買ってきてやるよ」
「お土産は良いですから、無事に帰って来て下さい。それだけで充分です」
それは乞い、祈るような、真摯な想いだった。
「……其方には勿体ないくらい良い娘ね」
は? 寧ろオレという善人の化身の背中を見て育ったからこそ。こんな良い女に成長したんだが???
「なるほど。反面教師」
ガキィ!
オレとフェイルーンがわいわいがやがやと争っていると、一人思考の海に没頭していた夕姫が出し抜けに顔を上げ、
「兄さん、配信活動に興味ありませんか?」
夕姫としては画面越しでもオレの動向を確認したかったのと、純粋に異世界がどんなものなのか見たかったらしく、そんな提案を持ち出してきた。
そんなわけでオレは、その活動がどんなものかを知るために夕姫たち四季折姫の配信を視聴しているというわけだ。
夕姫がこういう活動をするのは少々意外だったが、切っ掛けが親友の春姫ならば納得だ。
あいつ、平時は承認欲求の塊だからな。
夕姫の事だから押し切られたに違いない。
一度スイッチが入れば仕事人モードに切り替わるんだが。
戦闘の内容は、お世辞にも良いとは言えなかった。
完全に春姫のワンマンチームだ。
それでも彼女たちが人気なのは、アイドルに比肩し得る容姿なのと、それぞれの個性がしっかり際立っているからだろう。
ファン層の獲得のため雑談配信や企画物にもチャレンジしており、マルチタレントとして売り出しているのも要因の一つか。
やっぱ世の中顔だよな。
身近に感じられる分、下手なアイドルよりガチ恋が多そうだ。
「そういやパイセンも配信活動してんだったけ」
えーと、チャンネル名は『Ad Aster』。
うお、登録者数やべえな。
夕姫たちの倍以上あるじゃん。
「へえ」
どうもパイセンはバリバリの攻略組。
しかも最前線を突っ走っているらしい。
正直、かなり意外だった
夕姫もだが、パイセンがこういうのに興味を持つと思わなかった。
これもファンタジーに適応した結果か。
パイセンが切り込み、忍者コスを着た金髪の少女が攪乱し、昨日は居なかったメイドが敵の行動を阻害する。
夕姫たちと違い、ちゃんと役割分担がはっきりとした良いパーティだ。
これがパイセンの本来のパーティなんだろう。
戦いが終わると、各々が労いながら探索を再開する。
時おりコメント欄との会話を交えながらの探索は、中々に明るかった。
なるほど。精神を安定させる役割も兼ねてんのか。
オレもそうしときゃ良かった。
……いや、あの頃のスマホは普通に圏外だったな。
そう考えると地球の科学の力もちょこっとは進歩したようだ。
「配信ねえ」
案外悪くない。
星間行路のモンスターなどオレからすれば路傍の石ころも同然。
だから道中は結構暇なのだ。
それを潰すためにコメント欄とやり取りをするのは、普通にありだと思う。
それにオレがサクッと攻略してモンスターの情報を流布すれば、冒険者全体の底上げにもなるだろう。
今の地球に於ける星間行路とオレの価値を考えたら、その配信は絶対バズる。
何せ、前人未踏の領域をリアルタイムで世間に公開するという事だ。
バズらないわけがない。
バズる=視聴者数アップ。
視聴者数アップ=登録者数アップ。
登録者数アップ=広告収入アップ!
広告収入アップ=課金し放題!!
神かよ。
三年分の娯楽を取り戻すんだ。
あればあるだけ使うのがオレ。
国から億単位の報酬を貰っても、一年で使い切る自信がある。
なら乗るしかないだろ、このビッグウェーブに!
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