第11話 昼食の語らい





「……兄さん。兄さん、起きて下さい」


 身体を揺すられ、意識がゆっくりと浮上する。


「ん……寝てたのか」


 いつの間に。全然気付かんかった。


「はい。それはもうぐっすりと。余程疲れていたんですね」


 それもあるが、どっちかというと安心感に負けたって感じだ。


「起こそうか迷ったのですが、そろそろ昼食の時間ですので。もう準備も出来ていますよ」

「ああ、助かったよ」


 ダイニングに向かうと、行儀よくフェイルーンが待機していた。


「あら、ようやく来たわね。お寝坊さん」

「神だからな」


 適当に返しながら定位置に座る。


「神は妾なのだけど……」

「本来の姿取り戻してからほざけー」


 隣に座った夕姫が疑問符を浮かべる。

 まあ向かいにいるロリっ娘がガチモンの神とは思わんわな。


「――にしても、お前も星間――ダンジョンに潜ってたんだな」


 食事を進めながら話題を放る。

 この話を聞いたとき、素直に驚いた。


 オレの知る紅葉夕姫という少女は、名門のお嬢様学院に通う、清楚かつ凛とした佇まいの可憐な女の子だ。

 可愛い女の子たちを主軸にした日常コメディのメインに居ても全然違和感がない。

 そんな白百合の似合うお嬢様が、ダンジョンなどという血生臭い舞台に足を突っ込んでいるなど誰が想像できようか。


 きらら系かと思ったらバトル漫画だったみたいな裏切り感がある。


 や、んなこと言い出したら日本人が冒険者になって武器を携帯している事そのものが違和感バリバリだが。


 ま、それも仕方ないっちゃ仕方ないか。

 地球がファンタジーに変わったように、人間もその影響を受け、ファンタジーに適応したのだ。


 ミーム汚染みたいなモンだよなぁ。

 そう表現しても良いレベルで人類全体に意識改革が起こっている。


 じゃないと夕姫のような子どもがダンジョンに潜れるわけがない。

 まず国が許可を出さない。

 パイセンが配信とかをしていたが、それだって普通にアウトだ。

 一つミスをすればスプラッターな光景になるのだから。


 が、現実はこの通り。

 夕姫はダンジョンに潜り、ダンジョンストリーマーなんてモラル皆無なやべージャンルが当然のように受け入れられている。


 それは人間の意識そのものが改変を受けたという何よりの証だ。


 つーか星間行路だったりダンジョンだったり、使い分けが面倒臭ェな。

 異世界との外交が進めば、自然と星間行路が定着するだろうが。

 冒険者っつー概念が一致してんのが幸いか。


「はい。未だモンスターとの戦いは慣れませんが」

「わかるー。オレも初めてモンスターを倒したとき、あまりの嫌悪感にボロ泣きしたわ。優しくってゴメンね!」

「「ダウト」」


 チッ、はいはい。

 モンスターなんざ何千何万体と斬り殺そうと何とも思いませんよ。


「不慣れなら無理に戦うべきではないと思うのだけれど、何か事情があるの?」

「それは、その……」


 フェイルーンの問いに、夕姫は少し頬を染め、視線を彷徨わせる。


「何だ?」

「…………兄さんを探すためです」


 観念するように吐露した言葉に、オレの目が丸くなった。


「そうかそうか。可愛い奴め」


 オレは夕姫の頭をポンポンガシガシと撫でた。


「こ、子ども扱いしないで下さいっ」


 手を払い除けた夕姫は、嬉し恥ずかしな反応を見せながら髪を整える。


「そういや、お前は弓道をやってたもんな」

「あまり役に立っているとは言い難いですが……」


 と、夕姫は意気消沈の様子。


「ま、飛び道具はエーテルの扱い方が難しいからな。無理もねえよ」

「エーテル? ですか?」

「ほら、モンスターを倒したときに流れ込んでくる光の粒子があるだろ? アレがエーテル。身体能力が格段に上昇してんのも、そのエーテルが作用してんだ」

「なるほど。あれにはエーテルという名称があったんですね」


 納得する夕姫に頷きを返す。


「そ。んで地球人が未だ二十八層そこらで足踏みしている原因でもある」

「何かデメリットがあるんですか?」

「いんや? 身体は丈夫になるし、健康にも良いし、基本的には良い事尽くめだよ」


 ちなみに美容にも良いが、何ならアンチエイジングどこかリバースエイジングの領域だが。

 この事実を知った女性陣が何をやらかすか容易に想像できるので今は隠しておこう。


「では、他に何か理由が?」

「扱い方がなってないんだよ。特に意識して扱おうともしてないんだろ?」


 イマイチ要領を得ないと言った様子の夕姫を認め、オレは箸入れから一本の割り箸と取り出した。

 まずはパキッと割った片方を渡す。


「ほい。これ割ってみろ」

「どういう事でしょうか?」

「良いから良いから」


 流されるように夕姫は割り箸の両端を握り、パキッとへし折った。


「これで良いんですか?」

「じゃ、次はこれ」


 オレはもう片方の割り箸を渡す。

 先ほどと同じように割り箸の両端を握った夕姫に対し、オレは人差し指を中央に添えた。


「兄さん。危ないですよ?」


 確かにこのまま割り箸を割れば、破片が当たったりするかもしれない。

 割れたらの話だが。


「大丈夫大丈夫。絶対折れないから」

「む。馬鹿にしてますか?」


 知りませんからね? 本当に、本当に知りませんからね? と念を押す夕姫に軽く返答を返す。

 夕姫は不承不承ながらも両端を握る手に力を込めた。


「え、あれ?」


 しかし割り箸はしなりもせず、鉄棒のように微動だにしない。

 えいっ、と可愛い掛け声と共に何度か挑んだが、結果は変わらなかった。


「これは……兄さんが何かしてるんですよね? もしかしてこれがエーテルの扱い方というものですか?」

「そゆ事。今のはオレのエーテルを割り箸に流し込んで強度を上げたんだ。何なら鉄棒より堅い自信があるぞ」


 それに慣れたらこういう事もできる、とオレは割り箸をファ〇ネルのように動かした。


「す、凄い……」

「こんな風に自在にエーテルを操られるようになれば、戦い方の次元が変わる。しっかり鍛錬を積めば、大砲よりも高火力な矢を放つ事も可能だろうよ」


 実際、オレの知ってる射手の中には、一射で山河を砕いた化物もいるし。

 それでいて速射にも対応している移動砲台なのが性質が悪い。

 今思い出しても腹立つ。


「地球がファンタジーになったとは言われてましたが、本当に漫画みたいですね」


 まだ実感が薄かったのか、しみじみと夕姫は呟いた。


「それでその、兄さんはそのエーテルの扱い方を教えてくれるんですか?」


 こちらを見る夕姫の瞳は期待を孕んでいた――が。


「わり。無理」


 オレはきっぱりと断りを入れた。


「ど、どうしてですか? 私には才能がない、とか」

「寧ろ才能が無いのは薙刃の方よ」

「兄さんが?」

「彼は完全な感覚派だもの。残念ながら物を教えるには圧倒的に向いてないわ」

「そう言えば兄さんは、根っからの天才肌でしたね」


 じゃないと間違いなく星間行路で乙ってたしな。

 あれを運やら主人公補正なんかで切り抜けるのは不可能だ。

 この手のラノベだと、平凡な主人公が成し遂げたりする展開が王道だが、あんなんただのご都合主義だ。


 長い年月を生きたフェイルーンが五指に入ると評した才能があって初めて土俵に立てる――そんくらいの理不尽ゲーだったと自負している。


 天凛の才を持たせてくれた両親には感謝の言葉もない。


「ま、そこに関しちゃ安心しろ。ちゃんと代わりの講師を用意すっからよ」

「代わりですか?」


 夕姫の視線がフェイルーンに向いたが、彼女はかぶりを振った。


「残念だけど、妾も薙刃と同じ感覚派なのよ。妾にとってエーテルは呼吸のようなものだもの。知識はあるけれど、それを伝授するとなれば適任とは言い難いわね」

「では、その代わりとは一体?」

「決まってんだろ。他の異世界人だよ」


 つまり異世界にとんぼ返りというわけだ。


 

 

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