第3話 洞窟探索中



 それから一時間ほど歩いたが、まだ一本道は途切れることなく続いていた。

 その間にエンカウントしたモンスターはゴブリンと、大きな一つ目が特徴的なコウモリ型のモンスターの二体だけだ。


 どちらも普通に弱かった。

 刀の斬れ味が良いというのもあるが、それを差し引いても、だ。

 コウモリ型のモンスターなんて石を投擲しただけで光に消えた。

 よ、よわすぎる……。


 とは言え、同時に複数を相手取ることも多々あった。

 武芸の武の字も知らない一般ピーポーじゃ確実に死んでただろうな。


 エンカウント率もそこそこだから安易に逃走も選べないし。

 来た道を引き返すという選択肢すらも安易には取れない。


 何故ならモンスターは、唐突に出現するからだ。


 仄かな光が発生したかと思えば、次の瞬間、そこにゴブリンがいた。

 まるでゲームのモンスターがリポップするかのように。


 だから逃走のために来た道を引き返せば、挟撃に遭う可能性が非常に高いのだ。

 オレが歩いてきた道も、既にゴブリンやらがリポップしてるに違いない。


 ゲームじゃレベリングに適したありがたいシステムだが、現実だとただのクソゲーだな。

 おちおち休憩も出来やしない。


 だからここの正しい歩き方は、モンスターを殲滅しつつ、その先に安置があることをお祈りしながらノーストップで進み続けることだ。


「お」

 

 次に遭遇したのは、新たなモンスターだった。

 青い毛並みの狼だ。

 さすが獣と称賛すべきか、向こうはとっくにオレを捉えていたようだ。

 こちらが目視した頃には、既に俊敏な動きで距離を詰め、飛び掛かって来ていた。


 唾液に濡れた獰猛な牙が瞬く間に肉薄する。

 人間の身体能力を考慮すれば、どう考えても回避・防御共に間に合わない距離だ。

 仮に反応出来たとしても身体スペックがそれを許さない――はずだった。


 軽くバックステップを一つ。

 それだけでオレの身体は二メートルも後退し、狼の攻撃範囲から免れた。


 空を噛み切った狼だったが、その勢いのまま再び攻撃を仕掛けてくる。

 それに合わせるように、オレは斜めに踏み込みながら抜刀。

 大きく開いた口の両端を白銀が閃く。


 すれ違った狼の悲鳴を聞き流し、反転。疾走。

 今度はオレがあっという間に狼へと肉薄していた。

 一つ、二つ、三つ、四つと剣閃を重ねる。


 動物の肉体は想像以上に頑丈なのだ。

 ゴワゴワとした毛並みも拍車を掛けており、生半可な攻撃じゃ倒し切れないだろう。


 間違っても『やったか!?』なんて叫んじゃいけない。


「やったか!?」


 やったわ。

 フラグ? 何の話ですかね。


 力尽きた狼が光の粒子へと還り、オレの身体に吸い込まれていくのに意識を傾ける。

 すると、ほんの少し。

 本当に微々たるレベルだが、力が漲るのを感じ取った。


 オレが人間離れした動きを可能とした要因だ。

 どうも光の粒子を取り込むたびに身体能力が向上してるっぽいのだ

 さっきも言った通り、本当に塵積レベルだが。


 マジでダンジョンみたいになって来たな。

 こういうゲームみたいなレベル仕様、ダンジョンじゃ珍しくも何ともないからな。

 そのうちスキルとか魔法とか修得しそうだ。


 こう――マッチ棒のように指先に火が灯るイメージなんかをするとボッと火が付いたり。

 ま、さすがにあり得ないわな。

 はっはっは――ボッ。


「ファッ!?」


 付いた!? ッソやろ!?

 反射的に手を振ると、火はあっさりと消えた。

 心臓が早鐘のように鼓動するのを感じながら、まじまじと人差し指を眺める。

 特に痛みはないし、火傷の痕なんかもない。

 試しにもう一度同じイメージを思い浮かべる。


「……付いた」


 熱さは感じるが、オレの肌を焼くようなことは無かった。

 炎使いが自分の炎で火傷しない理論だろうか。

 色々試行錯誤を重ねようと思ったが、運悪く新たなモンスターがリポップした。


「ったく、考える暇もないってか」


 こんな慈愛に満ちた人間に対する仕打ちじゃねえよ。

 純粋で穏やかな心を持った、『死ね』なんて言葉とは無縁の迅切さんだぞ。

 世の理不尽さを嘆きながら、オレは戦闘に意識を傾けた。

 死ねえっ!






「すー……はー……っ」


 ゴツゴツと堅い石材の壁に背を預け、ゆっくりと深呼吸を行う。

 スマホで時刻を確認すると、ここに来て十時間近く経過したことが分かった。

 斬り伏せたモンスターの数は優に百を超えただろう。


 束の間の休息を味わいながら、少しだけ鞘から刀を引き抜く。

 可能な限り攻撃回数を減らし、骨を避けながら急所を狙うように心掛けた。

 それでも普通の刀ならとっくに刃毀れしてもおかしくなかったが、未だ斬れ味は健在だ。


 そのことに安堵しながら鞘に戻し、天井を仰ぐ。

 武器の方は問題ないが、肝心なオレの方が問題だった。


 別に負傷したわけじゃないが、数分に一度のペースで殺し合いを演じたのだ。

 単純に疲れたし、腹が減った。

 ゴロンと横なればあっという間に意識が落ちそうだ。

 さぞかし心地が良いだろうな。

 代償に己の命を支払うことになるが。


 腹筋に力を込め、壁から離れる。

 長居は危険だ。

 小休憩を取れただけでも御の字と思おう。

 本音は罵詈雑言の嵐だがな。


 少しのリフレッシュを経たオレは、改めて真正面にあるものと向き直った。

 そこにあったのは、如何にも何かありますと言いたげの真っ黒な空間だ。

 特に気配は感じないが、嫌な予感がビンビンする。


「……ボス戦かね?」 


 深呼吸を一度して部屋に踏み入ると、少しだけ明るくなった。

 仄かに照らし出された薄暗い空間は、学校のグラウンドと同じくらいの広さだろうか。

 間を置かずして中央の虚空が揺らめいた。


 最初に出現したのは、地面に突き刺さる一振りの刀だった。

 次に深紅の鎧武者を着た骸骨がゆらりと姿を現し、刀を引き抜くと正眼に構えた。


 そこに一切のブレもなく、大樹の如く深みが伝わって来る。

 洗練された立ち振る舞い一つで骸骨武者の実力が相当なものだと分かった。


「上等!」


 オレはニヤリを笑みを浮かべる。

 何せ、ずっと知能が感じられないモンスターを屠るばかりだったのだ。

 戦いというより作業に近く、ただ疲労が蓄積するだけだった。

 それに比べれば、強者との戦いの方が何倍もマシだ。

 投げやり或いは空元気とも言う。


 オレと鎧武者は示し合わせたように地を蹴り、互いの白刃が鋭く踊った。

 

 


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