第2話 ステータスオープン!! なお

 


 目が覚めると、そこは洞窟だった。

 イミフ。

 一瞬夢かと思ったが、だとしたらこんな自由に心身が動いたりはしないと思う。

 定番の方法で痛覚を確認し、地面を蹴ると固い岩肌の感触が伝わる。

 こんなリアリティの高い夢は、流石にないはずだ。


 だからと素直に現実と受け止めることには胡乱だが。

 チラッとゴブリンの死体を見遣り、溜め息を一つ。

 とりあえず場所を確認するか。


「圏外かよ」


 つっかえねー。

 や、トンネルでも圏外になるんだから無理もないか。


 スマホをしまい、辺りを見渡す。

 特に光源らしいものは見当たらないというのに、仄かに周囲の様子が窺えた。

 確保できる視界の距離は大体三十メートルくらいか。


 三車線ほどの道が続いており、暗然とした道の向こうから時おり奇怪な鳴き声が聞こえてくる。

 間違いなく碌なものじゃないだろう、が。


「しゃーねえ。行くか」


 このまま立ち往生して状況が好転するとも思えないしな。

 だったらさっさと進んじまおう。

 人間、死ぬときは死ぬもんだ。


 その前に、と。

 オレはゴブリンが落とした武器を探す。

 格闘技も修めているが、メインは剣術だ。

 刀なら嬉しいが、さすがにそれは望み過ぎか。

 何にせよ、どんな生き物がいるか分からないんだ。

 絶対に武器は確保しておくべきだろう。


「あったあった。って錆びてんじゃねえか」


 まあ無いよりはマシか。

 そう思い、手を伸ばしたところで錆びた剣が光の粒子になった。

 それはゴブリンも同じだ。

 小粒ほどの青い結晶を残し、その存在が光へと解けていく。

 そのまま霧散するかと思えたが、光の粒子は吸い込まれるようにオレの身体へと溶け込んでいった。


「うわ、バッチぃ。何だコレ」


 逃げる暇もなかった。最悪なんですけど。

 というか何が起きたんだ? 毒とかじゃないよな?

 特に身体に異常はないが……。

 まあ大丈夫なら良いか。


 問題は武器だ。

 敵から奪う選択肢が無いのはかなり痛手だ。

 こんな洞窟じゃ木の棒なんかもあるわけないし。


 仕方なく無手で進もうとしたとき、コツンと何かを蹴った。

 見下ろせば、兄元には鞘に納まった刀と、一冊のノート。

 両方とも黒いから全然気付かんかった。


「おお、コイツも一緒に来てたのかっ」


 それはオレが昼寝する前に突いていた代物だった。

 道場ではとんだハズレを引いたと憤慨したが、今となっては救世主みたいなものだ。

 例え鞘から抜けなかったとしても、鈍器と扱えばいい。

 そう思いながらも自然と鞘から抜こうとし――


「――あ?」


 あっさりと引き抜けた。

 鞘の奥から姿を見せたのは、一目で相当な業物だと分かる真剣だった。

 や、何で抜けたの? 道場では全然抜けなかったのに。


「ほんっとーにワケ分からんことばっかだな」


 まあ運が良かったと思おう。

 黒歴史ノートを一瞥し、それも懐にしまう。

 何が役に立つか分からんからな。


「よし、そんじゃ改めて行くとしますか」





 

 一本道の通路を進むこと半時間。

 次に遭遇したのは、三体のゴブリンだった。

 向かいからやって来たこともあり、相手側もこちらを補足しており、醜悪な面が愉悦に染まる。


 二体は剣。一体は弓だ。

 オレは弓使いの動向に気を配りながら応戦の構えを取る。

 まずは先頭を走る一体の飛び掛かりを斜めに踏み込みながら躱し、飛来する矢も回避する。

 二体目のゴブリンを刺突を納刀したまま打ち払い、同時に抜刀。


 白銀が閃く。


 オレがゴブリンの脇を通り過ぎた頃、思い出したようにその首がポロリと落ちた。

 その様子を横目で見つつ弓使いの二射目も躱し、体重を乗せた刺突がその喉を貫いた。


 刀を引き抜きながら振り返る。

 最後の一体が剣を振り上げ、こちらへと疾駆する。

 駆け引きも型もあったもんじゃない粗雑な攻撃だ。


 左手に持った鞘をゴブリンが持つ剣の柄頭へと突き出すと、面白いように剣がすっぽ抜けた。

 間抜け面を晒すゴブリンの首を掻き切り、戦いは終わった。


「まあこんなモンか」


 血糊を払い、納刀。

 地面に転がったゴブリンの死体を眺めていると、やはりと言うべきか光の粒子へと霧散、それらはオレの身体へと流れ込んできた。

 その場に残ったのも変わらない。小粒ほどの青い結晶だ。


「一応拾っとくか」


 二つの結晶をポケットに放り込み、歩を再開する。

 残った一つを手元で弄びながら考えるのは、荒唐無稽な話だ。


「ダンジョンってやつなのかねー」


 昨今のネット小説で人気の、現代にダンジョンが出現した系のアレ。

 だとしたら道場にダンジョンに出現し、オレはそれに飲み込まれたというワケだ。

 どんな確率よ。

 しかも寝過ごした結果とか間抜けに程があるわ。


 自分でもアレな発想だと自覚しているが、じゃあそれ以外に何がある?

 スマホで時刻を確認したが、オレが昼寝を始めた時間から一時間も経ってない。

 一時間内で行ける場所に洞窟なんかなかったし、そもそも誘拐されたなら流石に気付く。


 何より、ゴブリンなんかが現代にいるわけがない。


 異世界か? 異世界召喚ってヤツか?

 ハッ、どっちにしろなんだわ。


 と、そこでオレはあることを思い付く。

 もしもここがダンジョンだった場合、あの有名な台詞を口にした方がいいんじゃないか?

 即ち――


「ステータスオープン!」


 しーーーーーん。

 返事がない。ただの恥晒しのようだ。

 ……誰も居なくてよかった。

 居たら殺人事件に発展していた。

 オレは何事も無かったかのように振る舞い、前を見据え――


 岩陰からこちらを眺めるゴブリンと目が合った。


「…………」

「…………」

「(ダメっすか?)」

「(ダメです)」


 オレは抜刀した。



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