どうやらダンジョンを踏破して異世界から帰還したのは俺だけらしい

黒兎

プロローグ

第1話 目が覚めると、そこは……





「――ねえ剣士さん、妾を攫ってくれないかしら?」

「悪いけどロリに興味ないんだわ。今からオレに冤罪を着せたこのクソ皇帝を全裸に剥いてM字開脚の逆さ吊りにしてケツに国旗突き刺した動画をネットに流すって大事な使命があるんだよ。悪いが他を当たってくれ」

「これが妾の本来の姿よ(絶世かつグラマラスな龍娘の写真)」

「全てオレに任せろ。困っている人を助けるのは、我が家の家訓なんだ。弱きを助け、強きを挫くってな。お節介と言われても、この性分だけは手放せねえよ」

「…………」

「おっとゴミを見る視線。恐ろしい勢いで好感度が下がりましたね」





◇◆◇



 お前を殺すと言わんばかりの燦々とした陽射しが降り注ぐ真夏の昼時。

 地球温暖化の影響により、とうとう最高気温が四十度を超えたバリバリの猛暑日だと言うのに、オレの姿は剣道場にあった。

 猫のようにダランと床に突っ伏していると、スマホくんから着信音。

 多分あの人かなーと思いながら画面を見ると案の定。

 オレはタップをしてスマホを耳に当てた。


「もしもし。私、メリーさん。今五億の借金を背負ってるの。連帯保証人に興味ない? あと足の付かないバイク」

『思いっ切り迅切はやぎりくんの声なんだよなぁ』

「もしもし。オレ、迅切さん。実は前世がメリーさんだったの」

『それメリーさんに対する侮辱罪だよ』

「もしもし。オレ、迅切さん。今からアンタを殺しに行く」

『そーゆーとこだよね。って、こんな話してる場合じゃなかった。ごめんね、迅切くん! 困ってるお年寄りの方を見つけたから少し遅れるかも。先に素振りをしてて。あ、勝手に帰ったらメッだからね!』


 最後にそんな言葉を言い残し、通話が切れる。

 うーん、あざとい。相変わらずあざとい。


 さすが中学の頃から多くの男子生徒に『あれ? この子、もしてかして俺に気があるんじゃ……?』と勘違いさせ、トラウマ持ちを生み出し続けるだけはある。

 あれで無自覚なんだから何とも酷い話だ。


 寝返りを一つ。

 冷たい床が気持ちいい。

 足先で業務用扇風機の向きを調整し、全身に清涼感が満ちる。

 

 ああ、一生このままでいたい。

 お願いだから誰か夏という季節を消滅してくれないだろうか。

 二百円あげるから。今なら五十円も付けるから。


 もぅマヂ無理でェ……全然動けなくてェ……リスカしよ……。


 外出するのもしんどいし、蝉の鳴き声とかめっちゃ煩いし。

 こんな日に木刀を振るうとか絶対間違ってるよ。

 ただの自殺志願者か何かだろ。せめてエアコンを付けてクレメンス。


 パイセンからは素振りをしろと言われた気がしたが、きっと聞き間違いだ。

 あ、閃いた。

 手団扇も素振りみたいなモンだし、それでええやろ。

 この結論には東大の主席もつい唸らずにはいられまいて。


 パタパタ。

 や、扇風機あるから普通に要らねえわ。

 でも二度素振りしたからオッケーです。


 たくさんの詭弁を浮かべながら、年季の入った剣道場の天井を眺める。


 そういや、この剣道場に通い始めてもう五年も経つのか。

 切っ掛けは何だったか。

 好きで入ったわけじゃないのは確かだ。

 まあ思いのほか実戦向けな剣術だったから相応に楽しくはあったが。


 ああ、そうだ。

 父さんと母さんから『薙刃なぎは、お前は道徳が0点だから剣術で心を養え。あと良識』とか言われたんだった。


 何て失礼な話だろう。

 オレほど暴力を嫌う慈愛に満ちた人間もいないというのに。

 両親じゃなければ刃傷沙汰になっていたところだ。

 つーか、そう言うならアンタらはネーミングセンスが0点だよ

 何だ、この半分ドQが入った名前。


「よっこいせ」


 と、立ち上がる。

 大分汗も引いたし、ちょいと暇になってきた。

 今、この剣道場にはオレしかいない。

 何気に初めてのことだ。

 さっき連絡を寄こしたパイセンはもちろん、師範も三日前に帰らぬ人となった。


『薙刃よ。今こそお主に伝授しよう。〝白夜一刀流〟の奥伝をも超えた儂独自の究極剣技――スーパーハイパーグレートスペシャルデリシャスマジヤバス腰がァアアアアアっ!!』


 その言葉を最後に師範は天に召されたのである。主に腰が。

 手向けに指貫グローブと眼帯を渡されそうになったが普通に断った。


 マジヤバスなのは、おめーの頭だよ。

 七十間近のオッサンが厨二発症しとんちゃうぞ。


 オレが向かったのは納戸だ。

 何か面白い物はないかと思ったのだ。

 まあ期待するだけ無駄だろうけど、暇潰しくらいにはなるだろう。


「ん?」


 ガサゴソと納戸を漁ること数分。

 やっぱ目ぼしいものは無かったか、と踵を返そうとしたとき、片隅にあるものが目に付いた。

 

 一冊のノートと刀袋だ。

 その二つが寄り添うように置かれていた。


 黒歴史ノートとかだったりしねえかな?

 や、あの師範のだとすれば現在進行形か。

 途端に読む気が無くなってきた。

 こういうのは相手が羞恥と思うから楽しいのだ。

 今のオッサンなら嬉々として設定を語り出しそうだ。

 素人ほど語りたがるの何なんだろうな。

 けど他に目ぼしいモンもないし、これで時間を潰すか。


 オレはそれらを手に取ると、道場へと戻った。

 あぐらをかき、改めてノートへと目線を落とす。


 うわ、かなり古いな、このノート。

 和装本ってやつだ。初めて見た。


 何々……『裏・白夜一刀流』。


 めっちゃ面白そうじゃん。

 ワクワクしながら、しかし破かないよう慎重に中身を拝見し――


「結局黒歴史ノートじゃねえかッ!」


 思わずぶん投げそうになった。

 何がエーテルじゃフォルァ!

 つかエーテルって何じゃフォルァ!

 この一家、こんなんばっかか!

 もしやパイセンも?


 オレはスマホを取り出し、パイセンに『厨二乙』と文章を送った。

 鬼電が来たので電源を落とす。


 全く……炎を纏うとか斬撃を飛ばすとか、ファンタジーを夢見るのも大概にしとけ。

 喜んで損したわ。


 黒歴史ノートを床に置き、刀袋へとターゲットを変更する。

 一緒にあったのがアレだ。

 期待するだけ無駄だろうが……。


「……モノホンか?」


 刀袋から顔を見せたのは、一振りの刀だった。

 てっきり木刀か竹刀だと思っていたから目が丸くなる。

 しかも、かなりずっしりとしている。


 や、真剣の中に軽い物があれば、模造刀の中に重い物もあるから重量だけで判断は出来ないが。


 まあ真剣か模造刀の違いなんかは、刀身を見れば一目瞭然だ。

 玉鋼はピカピカと光らず、刃文から地鉄に掛けてグラデーションのように溶け込む。

 その差は素人目でもハッキリと分かるくらいだ。


 真偽を確かめようと柄を握り、刀を引き抜こうとする。

 隣にあったのが痛々しい黒歴史ノートだったから正直期待は出来ないが……。


「ん?」


 抜けない。


「フンッ。チッ、こんの……!」


 ガチャガチャガチャ。

 完全に錆び付いてんじゃねえか!

 確かに期待出来ないと言ったが、案の定だとそれはそれでムカつく。


 オレは刀を放り出して横になった。

 結局ゴロゴロするのが正解だったというワケだ。


「はー、寝よ寝よ」


 パイセンの怒る顔を想像し、いつも通りだなと追い払ったオレは眠りについた。





 昔から勘は良い方だった。


「――――!」


 急激に意識が覚醒するなり反射的に横へと転がった。

 さっきまで居た場所を細長い何かが横切り、甲高くも重たい金属音が響く。

 転がりながら飛び起きたオレは、それが何なのか考えるより早く反撃に移った。


 まずは細長い何かの根本へと蹴りを放つと、それは呆気なく宙を舞った。

 多分、武器か何かだろう。

 狙い通り、手を蹴り抜いたらしい。

 

 下手人は反撃されると思ってなかったのか、これといった行動を起こさない。

 オレは再び足を振り抜き、下手人の横っ面に容赦なく脛を叩き込んだ。

 ボキッと何かをへし折る感覚。ちょっと癖になりそうな手応えだった。


「あ」


 そこでオレの血の気が引いた。

 や、やばい。

 考えてみりゃ道場に来るようなヤツなんてパイセンくらいしかいなかった。

 つまりさっきの攻撃は、言いつけを破り昼寝をしていたオレを見つけたパイセンからの怒りの一撃だったのか?


 それをオレは……。

 パ、パイセンダイーンッ!


 あれ? でもあの人って、そんな暴力系ヒドインだっけ?

 オレがダメなことをしたときは「メッ」って怒るタイプだったよな。

 うん、毎日聞いてるから間違いない。


 でもさっきは割と本気の殺意感じたんだが。

 だから容赦なく対応したわけだし。

 さすがのオレもそんくらいの分別は付く――と思いたい。


 って、考えている場合じゃねえ!


「えーと、スコップ……いや、この場合はセメントとドラム缶を用意するべきか?」


 スマホで完全犯罪と検索を掛けようとしたが、その指を止める。


「何だコイツ」


 オレが首の骨を叩き折った相手は、パイセンじゃなかった。

 そもそも人間ですら無かった。

 

 二足歩行の生き物なのは間違いないが、身長は小学生くらいしかなく、しかも肌は緑色と来た。

 まるでファンタジー世界に登場するゴブリンのようだ。

 

 もしやパイセンの一家は厨二を拗らせるあまり、こんな生物までも創り出すに至ったのだろうか。

 そんなことを思いながら辺りを見渡し、絶句。


 オレの視界に飛び込んだのは、月明りを受けたような薄暗い洞窟だった。



 

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