第39話 今日も世界が平和でありますように……




 星間領域の街並みというのは、基本的に本星にある母国の特徴を盛り込みつつ、エーテルテクノロジー――要するにエーテルと動力とした近未来技術と調和した景観となっている。


 もし日本が星間領域に防衛都市を築こうとした場合、京都の花街のように和をモチーフとした風情ある景観に、近未来要素を盛り込んだ街並みとなるだろう。


 つかオレがそうする。

 一等地に専用の豪華な温泉宿を作る。

 オレなら人類が実用可能な技術なら、例えそれが職人が生涯を費やして到達した匠の技だろうと、一、二回も見れば完コピできるからな。


 ラシュアンの街並みは、西洋を彷彿とさせる木組みと石畳をベースとしつつ、そこに空間ディスプレイやガジェットなどの近未来技術を取り込んでいた。

 あくまで本来の景観を損なわない程度といった感じだ。


 自動車が通る道路はない。

 そもそも自動車がない。

 何せ、星間領域にはヴィマーナが普及しているからだ。

 エーテルくんが万能すぎる。


 オレのヴィマーナ(現在修理中)は、最新鋭かつ車で例えるところのレーシングカーに相当する機体ゆえに豪邸を十件以上建てられるほどの費用が求められたが、街中を移動する家庭用ならば日本円にして三、四百万もあれば購入可能だ。

 地球だと空飛ぶ車なんかは億単位もするっぽいから、それに比べたら破格も良いところだろう。


 今はそのヴィマーナに乗った帰り道。

 自動車が広義的にはオートバイも含まれるように、ヴィマーナも広義的な名称であり、オレたちが乗っているのは、如何にもSFっぽい流線形のフォルムをした複数人用のヴィマーナだ。


 なお空気はあまり宜しくない。

 外の景色に顔を向けながら、横目で向かいの席に目を向ける。

 エレイナが憂鬱げに顔を俯かせていた。


 まあ身内からあんなドロドロの敵意を向けられたら落ち込みもするわな。

 分かっていたとしてもキツいだろうて。


「ちょっと薙刃。アンタ、場を和ませる一発ギャグでもしなさいよ」


 隣に座ったリゼがボソボソと耳打ちをする。


「は? 絶対嫌だが?」


 だだ滑りすること間違いなしじゃねえか。


「アンタが食事を提案しなけりゃ、こんな空気にならなかったんでしょうが」

「理不尽でワロタ。じゃあ今からバカ王子危機一髪っていうミニゲームやるか? オレが勘頼りにスナイパーを一発撃つから、バカ王子の眉間を貫いたらオレの勝ち」

「よし、採用」

「止めろやバカ」


 全く、なんて野蛮な女なのか。

 常に恒久和平実現のため思考を働かせているオレを見習ってもしいものだ。

 ――さあ、皆で祈りましょう。

 今日も世界が平和でありますように…………うぷっ。


「急にえずき出したわよ」

「脳内で善人アピールしたけど耐えられなかったのね」


 と、的確にオレの思考を当てたのはフェイルーンである。


「じゃあ何でした? 血祭りワッショイみたいな男が平和とか無理でしょ」

「――今日も世界で暴力で満ちますように……こんなところかしら」

「あはははは! それなら確かに薙刃にピッタリね!」

「ブチ殺がされてえのかクズ共が」


「――三人とも」


「「「あい……」」」


 重たい空気を打破しようとしたが、テレーゼの冷えた声にオレたちは悪ふざけを止めた。ダメだったかー。


「エレイナ様」


 静謐で澄んだ声音に呼ばれ、エレイナの肩がピクリと跳ねる。

 数秒の沈黙を置き、テレーゼが言葉を続けた。


「身内と争うことになったエレイナ様の無念は、心中に察して余りあります。ですが、どうか歩みを止めないでください」


 それはきっと執務室にて言おうとした言葉だったんだろう。

 あのときは濁したが、伝えるべきと判断したようだ。

 エレイナはやおらに顔を上げる。


「リシュ王子は王になるべきではありません。あの方は、自分が王座に就くためにエレイナ様に暗殺の依頼を出したのです。怪しい報告も幾つか上がっています。王ともなれば清濁併せ持つ度量は必要でしょう。ですが、それは過ちを肯定する方便ではありません」


 実力ならともかく、暗殺はな。

 つーか半日とはいえ、先にクリアする実力があるんなら、そっちに注視しろって話だ。ザコの理論は分からん。


「間違った方法で得た結果は必ず禍根を残します、その負債を背負うことになるのは、後に生きる人々です。もちろん、エレイナ様の心にも。――もしもあのとき、と」


 自らの罪を告白するような、慙愧に堪えない声色だった。


「それは……」

「はい。私の実体験です」


 そうテレーゼは儚げに微笑んだ。


「先代の大守護者であった私の母は、国を護るというお題目の元、裏で非道な人体実験を行っていました」

「――――」


 エレイナは息を呑んだ。

 リゼが不快げに舌打ちをする。


「私がそのことに気付いたのは、数年前です。……いえ、気付かせてくれたと言うべきでしょうか」


 テレーゼはオレを一瞥した。


「それまでの私は、母様を盲目的に従っていました――その裏で生まれ続ける犠牲者を知る由もなく」


 テレーゼは忸怩たる思いを吐露した。


「ま、自分の親がンなことしとるとは思わんだろ、普通。テレーゼの前では尊敬できる人間として振る舞っていたみたいだし」


 一応そういう事情もあったと注釈を入れておく。

 自責の念が強すぎるからな、コイツ。慰めの言葉はあっても良いだろう。


「それでも言い訳にはならないわ。知らなかったで済ませられる立場ではないのだから」

「へいへい」


 肩を竦めるオレに、一瞬笑みを浮かべたテレーゼだったが、すぐに引き戻す。


「全ては情に流され、目を曇らせた私自身の愚かさが招いた結果です。エレイナ様には、私のような過ちを犯してほしくはありません。ですからどうか、迷わぬように」

「――はい」


 悄然と項垂れながらもエレイナは小さく頷いた。

 その様子を見遣り、テレーゼはこちらを一瞥する。

 あー、うん。

 ったく、メンタルケアはオレの領分じゃないってのに。




◇◆◇




 夜の帳が降りた街並みを、エレイナはバルコニーからぼんやりと眺めていた。

 故郷の夜はこんなに眩しくなかったし、ヴィマーナのような空を飛ぶような乗り物もない。

 だけど確かに故郷の面影を感じる街並みが、エレイナには奇妙に映った。


「…………」


 思い出すのは、レストランでのリシュとの邂逅。

 そしてその帰り道でのテレーゼの言葉。


 分かっている。

 今のリシュは危険だ。


 もしも王練を勝ち抜け、王になれば、きっと大変なことになる。

 少なくとも自分や兄は碌な目に合わないだろう。

 それはまだ良いが、問題は国と民たちだ。


 リシュには申し訳ないが、カケラも良い未来を迎えるとは思えなかった。

 だからリシュを王にするわけにはいかない。

 それも分かっているのだが、エレイナは踏ん切りが付かないでいた。


『……俺は絶対、王になる。例えどんな手段を使ってでも、必ずだ。そうじゃなきゃ……俺は何のために――』


 ありったけの憎悪。

 しかし、その中心にはやり切れない哀しみがあった。

 何一つとしてファイに優越したものを持つことが敵わず、自分の存在意義に泣き叫ぶ声が。


 もしも自分が王練を勝ち抜いた場合、全てを失ったリシュはどうなるのだろうか。

 幼い頃に自分の手を引いて自信に満ちた笑みを浮かべていた、あの兄は。


「そんなの……」


 ――あんまりだ。

 リシュは確かに邪道に手を染めたが、好きで選んだわけじゃないはずだ。

 多くの葛藤があり、その上で選んだのだろう。

 それを考慮せず、ただ『悪』と断じるのはどうなのかと、エレイナは胸元に置いた手をギュッと握り締めた――


「やほ」


 ――ところで出し抜けに薙刃が現れた。

 眼前に。逆さまで。生首だけが。


「きゃ――」

「おっと」


 反射的に悲鳴を上げたエレイナだったが、すかさず薙刃のインターセプトが入る。

 彼はどこからともなく取り出したガムテープを二枚に千切り、投擲。

 見事にエレイナの口元は×の字を描いて塞がれた。


「ふぅ、危ねえ危ねえ。エレイナが悲鳴を上げたらシャレにならないからな。おいどんVSラシュアンの戦争に突入しちまう」


 まあ勝ちますが、とのたまいながら着地する薙刃に、ようやくエレイナは状況を呑み込んだ。

 やや上に視点を向けると、円形の穴のようなものが広がっていた。

 人ひとり分くらいが入れる大きさだ。

 おそらく薙刃は天賦で空間と空間を繋げ、割り当てられた部屋からワープして来たのだろう。


 突然のホラー展開に心臓が飛び出そうなほど驚いたエレイナだが、薙刃はそんな彼女に構うことなく、ガムテープを剥がすと、バルコニーの手すりに腰を降ろした。


「んじゃ、ちと話そうぜ」






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