第22話 幕間



 夜の帳を歩くようだった。

 鬱蒼と生い茂り、うず高く伸びた木々たちが作り上げた森の中は、まさしく闇夜を進むのと似ている。湿り気を帯びた腐葉土は、少し油断すれば足元を滑ってしまいそうで少女は微かに目を細めた。


 処女雪を思わせる儚げな美少女だった。

 腰元まですらりと伸びた、銀とも白とも取れる長髪。

 頭頂部の左右にピョコッと生えた獣の耳。

 可憐かつ美麗の相貌は、氷のように冷たいながらどこか無垢な幼さを感じさせる。


 すらりと伸びた四肢とは裏腹に、女性特有の部位は非常に豊満だった。

 胸元を大きく曝け出した煽情的な和装。

 片方の北半球にある黒子が妖艶な雰囲気を醸し出しており、その相貌と相俟って非常に背徳的だった。

 そして尾骨から伸びるのは、少女の背丈と同じくらいの大きさになる、豊かな体毛に覆われた尻尾。それが五本。


 男が見れば、思わず固唾を飲まずにはいられない――そんな欲情をかき立てるほどの極上の美少女が近くを通れば、声を掛けるのは寧ろ必然だった。


「へへ、こりゃあまた意外なお客さんだ」

「おいおい、先に声を掛けようとしたのは俺だぜ?」

「誰が先に声を掛けても関係ねえだろうが」

「そりゃあそうだ」


 少女の足が止まる。

 茂みの奥から現れたのは、粗野な男たちだった。

 それでいて徹底的に己を苛め抜いた痕跡のある屈強な身体付きをしており、少女を組み伏せるなど容易いことは想像に難くない。

 軽薄な笑みを浮かべながら囲うように距離を詰めていく。


 少女にこれといった反応はない。

 尚も氷のように冷たいながらも無垢な幼さを彷彿とさせる美貌で男たちを見ており、恐怖のせいなのか、微動だにせず、声を発することもなかった。


「まさかこんなところに一人で現れるとはな」

「ちと不用心が過ぎるんじゃあねえのかい? ま、俺にとっちゃ都合良いが」

「ゲヘヘ、しばらくご無沙汰だったんだ。存分に楽しませてもらうぜ」


 軽薄なものが下卑たものに変わり、そして男たちは一斉に――





「またそんなえちえちな服を着てええええええ! お兄たまは許さんぞおおおおおおおーーーー!! 絶対に許さんぞおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!」


「お前はいい加減自分の容姿を理解しろおおおおおおーー! 可愛い妹分がえっちな身体に育ってお兄たそは心配が止まらんぞ! 止まらんぞおおおおおおおおおおおおおおーーーー!」


「久々に会えたのは嬉しいが、たっぷり甘やかし可愛がる前に、お兄たんからのお説教だ! 男に声掛けられてない? もうそんなヤツいたら地の果てまで追い掛けて処すから言ってみなたい」




 衣類を取り出し、瞬く間に少女の身体を包み隠した。


「……重い。苦しい」


 そうして出来上がったのは、ぶくぶくと着込んだ少女である。

 狐を模したお面で美貌を隠す徹底ぶり。

 男たちは良い汗を掻いたと言いたげに、無駄に爽やかに汗を拭った。


「で、雪たんよ。こんなとこに何の用だ? 雪たんはあいつらの観察の仕事だったろ?」

「……ん。失敗した」

「そりゃあヒメっちが? それともあいつらが?」


 普通に後者か、と男は納得する。

 目の前の妹分がミスをするとは思わなかった。


「やっぱ新参の猟兵団に任せたのは失敗だったか。けど、そんな難しい依頼だったか?」

「ま、向こうにゃあ護衛に《鉄壁》がいたからな。それにお姫様のメイドは、あの《死銀》と来た。万に一つもあるだろ」


 《鉄壁》のレイゼルは、ラシュアンにその人ありと謳われた騎士だ。

 防衛戦にて真価を発揮するレイゼルは、今回の依頼の警戒対象の一人だった。

 もう一人の警戒対象が《死銀》のノエル。

 こちらは隠密と暗殺に長けた存在だ。

 彼女の手腕により標的が逃げおおせた可能性は充分にある――が。


「強襲用戦艦を四艘も借りといてかあ??」


 それでも疑わしいというのが実情だ。

 確かに二人は名立たる実力者だ。

 何なら男たちより普通に強いだろう。

 だが、それを差し引いても強襲用の小型戦艦四艘を加味した戦力差を覆すのは不可能というのが、男の出した見解だった。


 当たり前だが、人間が戦艦に勝るなどあり得ないのだ。

 それこそ自分たちのトップを張るようなバケモノでもない限り。


「……援軍が来た」

「援軍?」


 ちゃんと下調べは付いていたので、その言葉は予想外だった。

 少女が虚空にウィンドウを映す。

 そこには黒髪に大きな武装、そして青い機械翼を展開した青年が映っていた。


「「「バケモンじゃねえか!」」」


 男たちの叫びが重なった。

 バケモノでもない限りとか思ってたら、本物のバケモノだった件。


「……知ってる?」


「ああ――キチガイだ」

「ああ――畜生だ」

「ああ――ドブカスだ」


 ちゅどおおおおおおおん!!!!



「「「ぎゃわわーーー!!」」」




◇◆◇




「どうしたの、薙刃。いきなり発砲なんかして」

「何か悪口を言われた気がした」

「呼吸してるだけじゃない」

「上等だ。表に出ろ」




◇◆◇




「……大丈夫?」


 少女がかがみ込み、こんがりと焼けて地面に突っ伏した男たちの様子を窺う。


「何とか」

「いちち、一体何だったんだ」

「雪姫の前じゃなきゃ即死だった」


 何とか男たちが起き上がる。


「チッ、《暴君》がいんのはヤバいな」

「……そんなに?」

「こんなこたぁ言いたくねえが――純粋な戦闘力じゃ多分団長より強え」


 顔を顰めながら吐き出された言葉に、少女――雪姫が珍しく目を丸くする。

 だって雪姫は団長より強い人間を見たことがなかったから。


「巷じゃ『人類の到達点』だか言われてるが、んな生易しいもんじゃねえよ。ありゃ人の形をしたナニカだ」

「完全にレイドボスなんだよなぁ」


 猟兵十万人斬り。

 邪龍の討伐。

 暗殺教団の壊滅。

 一個師団の撃破etc……


 純粋な戦闘力を求められる分野に於いては、他の追随を許さない戦果を持つ。

 数々のトラブルを巻き起こしながらも、それを補って余りある功績で帳消しにして来た稀代の問題児だ。面構えがカス。


「雪姫、団長はこの先にいる。詳しい話はあの人にしろ。俺たちは団長の判断に従う」

「ん」


 雪姫が更に森の奥へ進んで行くと、少し開けた場所に目的の男はいた。

 灰色の髪を後ろに撫でつけた強面の大漢。

 名を、デューク。

 雪姫が所属する猟兵団〝極北の旅団〟の団長であり、雪姫の育ての親である。


 周りには血みどろになり倒れる人々の姿。

 その一人の背中にドカリと腰を降ろし、悠々と煙管を燻らせていた。


「雪姫か。何かトラブルでも起きたか?」


 ここに来た理由を目敏く察したデュークが問う。


「ん。《暴君》? って人が助けに入った。一緒に行動してる」

「《暴君》だあ? こりゃまた随分と大物を引き当てたモンだな」


 面倒臭そうに眉根を寄せる。

 やはりデュークも《暴君》の名を知っていたらしい。


「……どうする?」

「どうもこうもバカ王子次第だな。仮に《暴君》が向こうに付くってんなら今の報酬じゃ割りに合わねえよ。最低でも百倍は釣りあげてもらわねえと」

「……団長より強い?」

「さてな」


 見た目にそぐわず、こてんとあどけなく小首を傾げる雪姫の頭をガシガシと乱暴に撫でる。

 確かに真っ向勝負なら勝利の軍配は向こうに上がるだろう。

 が、ただの実力だけで結果が変わらないのが戦いと言うものだ。


「な、ぜ……」


 そのとき、デュークが椅子代わりにしていた男が消え入りそうな声音で呟いた。

 今にもその燈火が消えてしまいそうなほどに儚い。

 それでも微かな燈火を使い、問いを投げる。


「なぜ、俺の『天賦』を知っている……? 誰にも見せたことがなかったはずだ……」

「良いぜ。冥途の土産に教えてやる。俺はお前のことをよーく知ってるぜ」


 と、デュークを語る。

 男の名前、年齢、趣味、好きな物、嫌いな物、住所、親類縁者、交友関係、経歴。

 滔々と人生を詳らかにする。

 ただでさえ死に瀕していた男の顔は、もう真っ青だ。


「天賦ってのは人生の縮図だ。そこに戦い方を加味すりゃ、どんな天賦なのかある程度の推測は立つ」

「そこまで、するのか……《獅子王》と謳われた漢が」

「そりゃそうだ。天賦は一発逆転の切り札。使い方次第じゃジャイアントキリングも容易だってのに強者を理由に肩で風を切るのはバカのすることさ」


 それに、と続ける。


「俺は猟兵だぜ? お前ら冒険者みたいに勇気ある挑戦はしねえのさ。情報を集め、アドバンテージを確立し、確実に勝てる環境を作り上げた上でありとあらゆる手段を用いて獲物を狩り取る。それが猟兵の流儀ってもんだ」


 そう締めくくり、携帯していたピストルを男のこめかみに当てる。


「煉獄に堕ちろ……卑怯者め」

「男だろ。今際の際くらい格好良く締めようや」


 パンと乾いた音が鳴った。

 やおらにデュークは立ち上がる。


「《暴君》か。さて、バカ王子はどうするかねえ」


 腹違いとは言え、権力のために妹の抹殺を依頼するような男だ。

 大体の予想は付く。

 気怠げに歩くデュークの後ろを、雪姫は雛鳥のようについて行った。

 少女はまだ、善悪の区別を知らない。





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