第23話 異世界も異世界で大概という話


「――見えて来たな」


 窓の向こうに広がるのは、うず高く伸びた外壁だ。

 鉄骨により重厚感のある仕上がりとなった外壁には、至るところに砲門が設えられており、まさに不落の要塞といった圧力を見るものに感じさせる。


 ま、ここは最終防衛ラインだから資材を存分に投入するのは当たり前か。

 ラシュアンはゲートのある防衛都市を中心に、東西南北それぞれにも防衛都市を築き上げている。

 つまり、ここがその中央と言うわけだ。


 :おお、遂に異世界の街が!

 :中世ヨーロッパとSFを掛け合わせたような感じだな

 :屋根が同じ色で統一されてるの良いよね

 :区画整理がされてるのも◎

 :お日本くんがごちゃごちゃし過ぎなんじゃ~


 遂にお披露目の時を迎えた異世界の都市。

 これには視聴者の反応も上々といったところ。

 ラシュアンは日本人が思い描くthe・異世界って感じだもんな。

 車を始め現代を象徴する代物は、当たり前のように普及しとるが。


 基地のハンガーに搬入する様子を眺めていると、部屋の扉が開いた。


「迅切さん! 続き! 続きはどこにありますか!?」


 やって来たのは、目をしいたけにしたエレイナだった。

 続きとはもちろん、視聴者が勧めた漫画のことだ。

 我慢できないといった様子で飛び付いてくる。



「ガチハマりしとるんやんけ」

「はい! 私はバイブルに出会いました!」


 興奮した様子でここが良かった、あれが良かったと語るエレイナ。

 実際、四六時中夢中になってたもんな。

 時に笑い、時に泣き、時に怒り。

 まさに作者冥利に尽きるだろう反応にそんなに面白いのかとオレも読んでみたが……うん、正直オレには合わんかったというのが本音である。

 少女漫画だもんげ。


 ナヨナヨしてる主人公を見ると、どうしてもイラッと来ちゃうんだよな。

 やっぱ主人公は強くて迷わない、少年漫画みたいな芯の通ったキャラクターじゃないと。

 共感性よりも憧憬で魅せてほしいのだわ。


「それで迅切さん、続きの方は」

「残念ながら今読んだ分が最新刊だよ。先月発売したばっかみたいだから、続きは三、四か月は先なんじゃねえの?」

「そんなあ!?」


 オレの言葉に、エレイナはピシャゴーーン! と衝撃を受けたように仰け反った。


「まあ続きが読みたきゃ国交を結ぶのが安牌じゃねえか? 他にも色んな漫画があることだしな」

「うぐぐ……これが最新刊なら仕方ありませんね。――分かりました。私、頑張ります!」


 メラメラとやる気を滾らせるエレイナ。

 一応、上手くいったってことで良いんかね。






「あら、薙刃じゃない」


 戦艦から降り、身支度に時間の掛かる女性陣を待っている時だった。

 それだけで勝気なイメージを感じさせる声音。

 呼ばれた方を向けば、別の戦艦から降りて、こちらに歩を進めてくる美少女と、ホカホカの湯気を立てる手足の生えた醤油ラーメン。


 やや外にハネた紫色の長髪に、気の強さを示すかのようなつり気味の瞳。

 何より特徴的なのは、オタクくんたちが希って仕方なかった獣の耳と尻尾だろう。


「リゼか。久しぶりだな」


 そう――彼女は紛うことなき獣耳美少女なのである。

 これにはコメント欄も狂喜乱舞の雨あられ――


 :うおおおお! 獣耳美少女だあああああああ…………ああああ?

 :はー! クンカクンカ………ッスゥー

 :…………

 :…………

 :…………いや、あのさ

 :念願の獣耳美少女に会えたのは嬉しい――けどさ!!!

 :と な り の

 :バ ケ モ ン

 :何じゃああああああああああああああーーーーーーっっ!!!?

 :バカでっかいラーメンに……手足が生えてる……

 :ヤダコレ……ナニコレ……

 :隣の異物の存在感が強すぎて全部持ってかれたんですけど!?

 :俺たちは一体何を見せられてるんだ?

 :返して! 獣耳美少女と会えたときに味わえるはずだった感動を返して!

 :??????????????????????


 あれ? 何か混乱してんな。

 まいっか。


「醤油さんもお久しぶりです」

「ああ、そちらも壮健で何よりだ。ラーメン食うかい?」

「是非」


 うむ、相変わらずのダンディなイケボである。

 コンテナの上に座り、差し出されたラーメンを啜りながら深々と頷く。

 オレも将来はこんな深みのある声を出したいものだ。

 ――にしても、やっぱ美味えな。

 ラーメンだけはこの人のが一番だわ。


「醤油先輩、私も」

「ああ、リゼは依頼を頑張ってくれたからね。チャーシューを四枚付けよう」

「やたっ」

「え、ずっる」

「ふふん、良いでしょ。あげないわよ」


 ドヤ顔を浮かべたリゼがオレの隣に座り、早速ラーメンを食べだした。

 おいおい、チャーシュー四枚は犯罪だろ。世界でも救ったんか?


 :ねえ、何で当たり前のように順応してんの!?

 :俺たちがおかしいの? ねえ俺たちがおかしいの?

 :ラーメンの入ったどんぶりに……手足?

 :人間? ラーメン? どっち!?

 :一番説明が必要なタイプじゃん!!

 :情報が完結せん……!

 :これが、異世界……!

 :クセが強いとかいうレベルじゃねえぞ!!


「は? 何言ってんだ?」

「んぐ。あにが?」

「ほら、コイツらの反応だよ」


 と、オレはコメント欄をリゼに見せる。


「なにこれ?」

「それはまあ追々な。今はこれらのコメントを見てほしいんだ」


 オレの言葉に疑問符を浮かべながらもリゼはコメント欄を向き合ったのだが、結果は似たようなものだった。


「醤油先輩は醤油先輩でしょ? 彼の覇王豚骨流と双璧を為す元祖醤油流の伝承者」

「ああ。このオレが上辺だけじゃなくて本当に敬って敬語を使ってる唯一の人だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 :情報の暴力やめろし

 :覇王豚骨流ってなに? 元祖醤油流ってなに!?

 :俺たちは一体何を見せられてるんだ?


 増々疑問符を浮かべるオレたちに解答を示したのは、件の醤油さんだった。


「彼らの疑念も最もだよ。私も他人からどう見られているかは薄々察しているからね」


 :まさかのアンタが常識人側!?

 :それもそれで頭おかしなる

 :でもちゃんと異端と認識しとんやな。それだけが救いだ。救いか?

 :どうか納得のいく説明オナシャス


「ほら、二人も聞いたことあるだろう――私の声が黒幕っぽいと」

「ああ」

「そう言えばそうだったわね」


 中盤辺りで裏切りそうと言われれば、確かにその通りな声色なんだよな。

 まあ万が一にも醤油さんがそんなことあるわけないんだが。


 :いや――

 :そこじゃ――

 :ねええええええええええええええええええ!!!!!

 :声じゃねえよ本体だよ!

 :こんなのが黒幕の漫画とか絶対嫌だわ!

 :ボケが、ボケが渋滞事故を起こしてる……!

 :頼むフェイルーン! 早く来てくれええええーーーーっ!

 :あ、来たぞ!



 視聴者たちの言葉通り、やっとフェイルーンたちが降りてきた。

 ラーメンを食べるオレたちに、いの一番に気付いたのは、エレイナだった。


「あ! 私もラーメン食べたいです!」

「お安い御用ですとも」

「わーいっ」


 と、ハンガーにてラーメンを啜る影が三人になった。


「ん~! やっぱり醤油さんのラーメンは最高ですね」

「完全に同意」

「けど、お姫サマがこんなとこでラーメンなんて食べて大丈夫なの? アンタみたいな人間には、もっと別に相応しい場所と料理があると思うんだけど」


 リゼが皮肉げに言った。

 彼女はラシュアンの貧困層出身だ。

 そこから執念でA級冒険者まで成り上がった身としては、王女であるエレイナに対し、色々と複雑なんだろう。

 当時、大守護者の補佐だったテレーゼとも初対面のときは、妙に喧嘩腰だったし。

 今は気の置けない関係みたいだが。


「もちろんですっ。美味しい料理はどこで食べても美味しいですから。皆で食べられるのなら、もっともっと美味しくなるんです」


 しかしエレイナは、そんなリゼの心境に気付いていないのか、溌剌した笑顔で言ってのけた。


「ふうん。そ」


 毒気の抜かれたリゼは、それ以降特に何かを言うことはなかった。

 一方、フェイルーンと醤油さんは、


「龍女様も是非どうぞ」

「ありがとう。……ふふ、数千という月日が流れようと変わらないわね、この味は」

「恐縮です」


 そんな会話を繰り広げていたのだった。



 :現場にツッコミ役が皆無ってマ???





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