第11話

「ところで、どうして急に恋愛だったの?」


 校門を出てすぐに、悠太は疑問に思ったことを口にした。

 放課後になりそこまで時間が経っていないため、昨日のように帰り道は誰もいない、ということはなかった。

 前を歩くランドセルが視界に入りながらも、羽菜の横顔を見つめた。


「真奈ちゃんとか悠太くんが恋愛について知ってたし、私も知りたいなと思って」

「好きな男子とかはいないんでしょ?」

「う、うん。でも周りの友達が恋をしてて、なんかすごく大人だなと思ったから」


 恥ずかしそうに俯いて言う羽菜に、悠太は可愛いなと心の中で呟いた。

 

 羽菜はクラスの中でも可愛いと、悠太はずっと前から思っていた。あまりうるさくないところが良いし、本の話ができるのも、勉強ができるところも好感が持てた。そして何より、儚げなところが一層好きだった。俯いて恥ずかしそうにする姿は特に庇護欲がかきたてられ、守ってあげたいと強く思う。


 羽菜が恋愛に対して興味を持ったのは嬉しかった。もしかしたら自分のことを好きになるかもしれない。そんな期待があった。


「じゃあ、羽菜ちゃんは好きなタイプとかないの?」

「好きなタイプ....うーん、優しい人?」


 難しそうに眉を寄せ、目を瞑る羽菜に悠太は笑った。


 僕も、優しいと思うけど。


 その言葉は出さずに仕舞った。


「じゃあ、嫌いなタイプとかは?」


 最低限、嫌われない努力はしたい。その一心で聞いた。

 これに対し、羽菜は即答した。


「大河くん」


 大河は嫌いな人間ナンバーワンだった。大河以上に嫌いな男子なんていない。

 いつもいつも嫌がらせをしてくる。今日だって落としてしまった消しゴムを蹴って遠くへやったのだ。


「大河くん、どうしてあんな意地悪するんだろう。今日は消しゴムを蹴ったでしょ、あとは頭を叩かれたでしょ、それから椅子も蹴った」


 指を折って数えて、ぷんすか怒っている羽菜に悠太は口をへの字に曲げた。

 羽菜がいじめられたことに対して不満を持っているからではない。それも少しはあるが、多くは嫉妬だった。羽菜にした仕打ちをすべて覚えてもらっている大河に嫉妬した。


 けれどそれを表に出すような悠太ではなかった。

 羽菜はまだ恋愛について知らないため、自分が嫉妬したと伝えても理解してくれない。伝えたところでどうしようもない。付き合ってもいないのに、そういうことを口に出すのは小さい男だと思ったからだ。


「そうだ、恋愛について知りたいなら、学校の図書室よりも図書館に行った方がたくさん本あるよ」

「図書館かぁ、今度のお休みに行ってみようかな」


 それまでに今日借りた本と、昨日借りた本を読み終わらせたいな。折角二冊とも悠太くんがすすめてくれたわけだし。読み終わるかなぁ。


 先のことをぼんやり考えていると、悠太が「僕も行っていい?」と聞いてきた。


「悠太くんも?」

「うん、駄目かな」

「いいよ。でも、悠太くん勉強するんじゃないの?」

「一日中するわけじゃないから大丈夫だよ。僕も一緒にいた方が、本を探しやすいかと思ったんだけど」

「確かにそうかも。でも、いいの?」

「うん。もっと羽菜ちゃんと一緒にいたいから」


 少し風が吹いて、さらっと悠太の髪が揺れた。

 なんだか本に出てくる王子様みたいだなと羽菜は感心した。


 本の中の王子様はかっこよくて優しくて、お姫様を助けに来てくれる。なんだかその王子様に似てる。自分はお姫様ではないけど、お姫様になったような気分になる。もしかしたら、他の女子もこういう気持ちなのかもしれない。悠太くんと一緒にいると、なんだか不思議と自分が特別になったような気がする。自分だけ悠太くんの一番になれたような気がする。


 実際に一番好きだと言われた、その事実も重なって一層思う。


 恐らくこれが恋というものでは。そんな気さえし始めた。

 しかし、一度も経験をしたことがないため、恋として飲み込むことはできなかった。


「待ち合わせは東図書館の入り口でいい?」

「うん、お昼の一時からでいいかな」

「分かった」


 昨日仲良くなったのに、もう外で会う約束をする。

 真奈の言った言葉がまた頭を過る。


 好きになるのに時間は関係ない。


 間違いではないと、今になって羽菜は気づいた。

 悠太と友達になってまだ三日も経っていないのに、休日に遊ぶ予定を立てた。仲良くなるのに時間は関係ない。なんだか恋愛と似ている。


 まさかこれが恋愛かな。


 ふと出たその疑問に否定も肯定もできなかった。

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