第10話

 羽菜は今まで恋愛というものに興味がなかったし、恋をしたこともなかった。自分には関係のないこと。日常生活で恋愛という単語を聞くこともあまりなかったため、恋愛を意識したことはなかった。

 しかし、悠太や真奈から恋愛というワードを出され、気になっていた。

 真奈も悠太も恋愛について知っているということは、他のクラスメイトも恋愛がどんなものであるのかを知っているような気がする。

 特に悠太は、女子からの人気が高いため、クラスで一番詳しいのではないかと羽菜は思っている。


 悠太が人気というのは分かるし、それが悠太の顔や性格からであることは承知している。ただ、知っているからといってこれが恋だとは思わなかった。人気の理由は分かる。しかし分かるというだけで恋ではないと羽菜は断言できる。


 では、どういうものが恋愛なのか。


 悠太や真奈がしていた話からでは、まったく理解できなかった。

 ドキドキするということから分からない。


 けれど今回、恋愛に興味を持ったので羽菜は放課後また図書室へ行った。

 昼休みに行ってもよかったのだが、なんとなく、恋愛について調べることを人に知られたくなかった。放課後の方が人も少なく、人の目を気にせず本を探せると思ったからだ。


 図書室には今日も人がいなかった。

 少し前に校庭に新しい遊具も立ち、クラスに置いてあるボールや縄跳びなども新しいものがあった。どのクラスの生徒もそちらで遊びたいのだと羽菜は察した。


 カウンターには今日もひとがいなかった。もしかしたら後で来るのかもしれない。そうなると借りる本を見せなければならないが、今回ばかりは借りる本を見られたくなかった。


 早く本を探そうと、本棚を見てまわるが、なかなか恋愛に関しての本がない。

 「恋愛とは何か」というタイトルだと思っていた羽菜は困惑した。タイトルに「恋愛」と入ったものが見当たらない。


「あそこは低学年向けだし、あそこは絵本だし…」


 背表紙だけをざっと見てまわったが求めていた本は見当たらない。

 途方に暮れた羽菜は仕方なく図書室を出ようと後ろを振り向いた。


「うわぁ!!」


 振り向いた瞬間目の前に顔があり、驚いて飛びのいた。


 心臓がどきどきと早く動き出したため、深呼吸をして落ち着かせた。


「あ、ごめんね、そんなに驚くとは思わなくて」


 そこにいたのは悠太だった。

 苦笑いしながら「大丈夫?」と声をかけられ、羽菜は軽く頷いた。


「いつ気づくのかと思って待ってたんだけど、何か真剣に考えてるようだったから」

「あぁ、いや、うん」

「何か探してたの?」


 そう聞かれ、羽菜はぎくりとした。知られたくなかった。

 咄嗟に嘘が吐けず、もごもごと口を動かすだけだった。


 悠太は羽菜が言い出すまでじっと待っていた。

 その姿を見て観念し、小さい声でわけを話した。


 悠太は馬鹿にするわけでもなく、「あぁ、それなら」と言って傍にあった一冊の本を棚から抜き出した。青空に雲が浮かんでいる表紙には「紙ひこうき」と書かれている。


「はい、これ」


 差し出された本に思わず手が伸び、受け取った。

 紙ひこうきがどうかしたのか。そんな表情をしていた羽菜に、悠太はふっと笑った。


「これ、恋愛小説だから」

「そ、そうなんだ」


 これが...と言いながら羽菜はぱらぱらっと中身を見た。

 恋愛小説を読んだことのなかった羽菜は、まじまじと本を観察する。


「この辺は大体恋愛小説だよ。でも、この段だけだから、少ないけど」

「知らなかった」

「こっちは上級生が読む本だからね」

「悠太くんはこれ、読んだの?」

「うん、面白かったよ」

「へえ、じゃあ借りてみようかな」


 そしてふと気づいた。


「悠太くんも何か借りに来たの?」

「いや、借りたいものはないけど」

「じゃあどうして図書室に来たの?」


 首を傾げると、悠太はにこっと笑った。


「羽菜ちゃんと一緒に帰ろうと思ったからだよ」

「えっ」


 まさかそんなことを言われるとは思わなかったので、瞬きをした。

 真奈の言った言葉が頭をよぎる。しかしそれは一瞬だった。悠太は好きな人がいると言っていたし、自分は友達として好きなのだろう。そうに決まっている。

 ほんの一瞬だけ考えてしまった自分勝手な妄想に頭を振ってなかったことにした。


「一緒に帰ってもいい?」

「うん。これ借りたら帰ろうと思ってたから」

「それならよかった」


 カウンターで本を借りる処理をして、二人で図書室を出た。

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