第9話

 悠太と二人で帰った次の日、真奈は目の色を変えて羽菜に詰め寄った。いつもはギリギリに登校する真奈だが、今日は早めに登校したらしい。何かを聞きたくてうずうずしている様子に羽菜は疑問符を浮かべた。


「羽菜ちゃん、昨日どうだったの?」

「どうって?」


 教室に入ってくるなり羽菜を教室の後ろの方へ引っ張ってこそこそと話を始めた。羽菜は話が読めず、どうしてそんなに楽しそうなのかと聞きたかった。


「悠太と図書室行ったんでしょ?どうだった?」

「どうって、楽しかったけど」

「どんな話をしたの?」


 悠太は女子に人気なため、羽菜は周りをきょろきょろと見渡し、誰も聞いていないことを何度か確認する。

 真奈もそれに気づき、一層声を小さくする。


「だって悠太だよ。悠太が羽菜ちゃんと二人で図書室に行くなんて。羽菜ちゃんのことが好きなんじゃないの?」


 そう言われ、羽菜はふと思った。昨日確かに「一番好きだ」と言われた。


 でもあれは友達としての好きだよね。悠太くんは好きな子いるって言ってたし、女子の友達の中では私が一番ってことだよね。あれ、でも好きな子も友達の中に入るのかな。友達の中から恋してる女の子を除いて、私が一番ってことかな。ということは私は本当は二番目ってことじゃないかな。好きな子が一番で、私が二番。その好きな子は恋だから、その子を除いた友達の中で私が一番ってこと?あれ、一番って何の一番?


 考えれば考える程よく分からなくなってきた。


「本の話とか楽しいし、嫌われてないとは思うけど…」

「そうじゃなくて、悠太は羽菜ちゃんに恋してるんじゃない?」

「恋?」

「そう、恋」

「それはないと思うなぁ」

「どうして?」


 だって、悠太くんが好きな子いるって言ってたもん。


 とは言えなかった。何せ悠太と約束をしているため、ほいほい話すわけにはいかなかった。


「だって悠太くんみたいな大人っぽい人が、私を好きになるかなぁ」

「なるよ、だって羽菜ちゃん可愛いし頭良いもん。悠太くんが付き合うなら羽菜ちゃんか南ちゃんだって皆言ってるもん」


 そ、そうだったの?


 衝撃の事実に羽菜は固まった。

 今まで自分の噂を聞いたことがなかった。そう思われていることになんだか嬉しい気もした。

 あの悠太に並べる子だと周りに思われていることが、嬉しかった。


「だってね、悠太は今まで図書室に誰かを連れて行ったことないんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。いつも一人か、誰かがついて行ってもいい?って聞いてからついて行ってるし。悠太が自分から誘ったことってないんだよ」


 真剣な顔をして言う真奈の言葉を聞き、自分だけという特別感に嬉しくなった。


「羽菜ちゃん、悠太に好かれてるんだよ。良かったね!」


 自分のことのようにはしゃぐ真奈に、なんとも言えない気分になった。


 真奈ちゃん、勘違いしてる。どうしよう。悠太くんは好きな子いるって言ったけど、そんなこと言えないし。でも、その勘違いが広まったらどうしよう。さすがに悠太くんも嫌だと思うし、恋愛じゃないよって今のうちにちゃんと言わないと駄目だよね。


 そう決心し、真奈に訂正しようとするも、「おはよう」という第三者の声にさえぎられてしまった。


「あ、悠太!おはよ」

「おはよう、羽菜ちゃんも」

「お、おはよう」


 こそこそ二人で話していた間に入ってきたのは悠太だった。

 今話題に出ていた本人が登場していたことにより、羽菜は気まずかった。反対に、真奈はなんとも思っていないようで、昨日のことを悠太にも聞いており、羽菜はひやひやした。


「昨日?羽菜ちゃんに本をおすすめして、その後喋っただけだよ」

「本当にー?」

「うん。すごく話が合って楽しかったよ」

「まあ、悠太も羽菜ちゃんも頭良いし、話は合いそう」

「また今度、放課後一緒に図書室行こうよ」


 真奈の横にいた羽菜に笑いかけ、羽菜は慌てて「うん」と答えた。その答えに満足し、悠太は自分の席に向かった。


 悠太が去った後も、真奈は話を続けた。


「やっぱり悠太と羽菜ちゃんお似合いだよ」


 真剣な真奈の表情を見て唾をのんだ。


 真奈ちゃん、恋愛の話が好きなのかな。なんだかすごく悠太くんを褒めたり、私と悠太くんを一緒にしようとするけど。まさか真奈ちゃん、悠太くんのこと好きなのかな。でもそうだったら悠太くんの好きな子が私だって、嫌なはずだけどそんな風には見えないし。悠太くんの好きな子は私じゃないのに。


「でも、悠太くんとは本の話をしたくらいだから、本当にそんなんじゃないよ。私よりさっき真奈ちゃんが言ってた、南ちゃんとの方がお似合いな気がするけど」


 なんとか自分の話から逸らそうと、南の話を持ち出した。

 毛利南はクラスの中でも一番明るい女子で、人気者だ。女子からも人気だし、男子ともよく騒いでいる。女子一番の人気者である南と、男子一番の人気者である悠太がお似合いなのではと、羽菜は言った。

 羽菜としては、悠太と真奈が似合う気がするのだが、他の子はそう思っていないらしい。少数派の自分の意見よりも、多数派の意見の方が真奈も納得すると思い、南の話を持ち出した。


「あー、南ちゃんも確かにそうなんだよね」

「でしょ?悠太くんはただ私と本の話がしたかったんだと思う」

「うーん、まあ南ちゃんは本とか読まないし、クラスの中でも本を読むのって羽菜ちゃんくらいだし…」

「昨日のお昼休みに仲良くなったから、そのついでに図書室に誘ったんだと思うよ」

「えー、絶対悠太は羽菜ちゃんのこと好きだと思ったんだけどな」

「だって仲良くしたのは昨日だよ。そんなすぐ恋愛ってするのかな」

「するよ。好きになるのに時間なんて関係ないもん」

「そ、そうなんだ」


 恋愛のことはよく分からなかったので、言い返す言葉はなかった。


 真奈が納得し始めると先生が教室にやってきた。そろそろチャイムが鳴る頃だと思い、真奈と羽菜は顔を見合わせて席に戻った。

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