第16話

 真奈が教室に戻ると、当然既に悠太は戻っていた。悠太の方を見ることはできず、自分の席についた。

 少しの間涙を流していたため、目は赤くなり、誰が見ても泣いたように見えた。


 羽菜は真奈の顔を見て何があったのか聞きたかった。真奈が悠太と教室を出て行ったので、二人一緒に戻ってくるものだと思っていた。だが最初に戻ってきたのは悠太で、その数分後真奈が戻ってきた。しかも目が充血しているように見え、泣いたことはすぐに分かった。


 羽菜は教科書を開き、ぼーっと眺めながら考えた。


 真奈ちゃん、どうしたんだろう。悠太くんと喧嘩でもしたのかな。でも悠太くんは良い人だし、真奈ちゃんを泣かせるようなことはしないと思うんだけど。じゃあ真奈ちゃんが悪いのかな。でも真奈ちゃんも良い人だし。悠太くんと一緒にいた後、真奈ちゃんは他の誰かといたのかな。一緒に戻ってくる途中に友達と出会って、悠太くんだけ先に来たのかも。だからその友達と喧嘩をしたのかな。うーん、真奈ちゃんは私と違っていじめられることはないと思うし、真奈ちゃんを泣かせる子がいるのかな。


 考えても分からず、かといって直接本人に「どうして泣いてたの?」なんて聞く勇気もなかった。


 悠太の方を見てみると目が合い、どきっとしていると笑顔で軽く手を振ってきた。


 悠太くん、いつも通りだ。じゃあ真奈ちゃんは別の子と喧嘩でもしたのかな。


 取り敢えず悠太と真奈の仲が悪くなったのではないと推測し、安堵して手を振り返した。


 その様子を後ろから眺めていた大河は噛みしめた。

 最近、羽菜と悠太の仲が良いと色んな人から聞くようになった。

 二人で図書室に行ったとか、よく話しているだとか、そんな話を聞いては八つ当たりをしていた。


 悠太のことは嫌いではなかったため、悠太を貶すことはできず、羽菜に対して憤慨していた。


 算数の授業が始まるも、大河は黒板を見ず羽菜の後ろ姿を苛つきながら睨んでいた。

 自分がなぜここまで腹立つのか理解していないまま、ただ羽菜のことがなんとなく気に入らないからと決めつけ、敵視している。大河のそうした行動はすべて恋愛感情があるからだと真奈は思っているし、悠太もそうであると確信していた。


「じゃあ今日は難しい問題を出します」


 先生がそう言うとクラス中から「えー」と嫌がる声が響き、その声で大河はハッとした。

 羽菜のことしか考えていなかったため、今から何をするのか聞いていなかった。


「最後の二問はとびっきり難しいのにしたぞー。この二問は水野さんと佐藤くんにお願いしようかな」


 その二人の名前がセットで出され、大河はムッとした。


 またあの二人かよ。がり勉同士いつも一緒とかなんなんだよ。


 羽菜と悠太は席を立ち、黒板の前に立った。白いチョークで悩むことなく数字を書く悠太と、少しだけ考えてゆっくり丁寧に数字を書く羽菜は、よくある光景だった。


 成績の良い二人はこうして、先生の出す難しい問題を解く常連である。この二人以外に難しい問題を解かせたことは、あまりなかった。

 他の授業でも二人はセットで問題を解かされることが多く、クラスメイトは見慣れた光景だったし、クラスで頭の良い男女はあの二人だと認識している。


 その光景が毎度毎度面白くない大河は、嫌そうに顔を顰めて睨んでいた。

 そしてその大河を眺めるのは真奈だった。


「いつまで見てんのよ」


 ぼそっと声に出してしまうくらい、大河は二人を見ていた。

 大河から視線を外し、穴が開く程見られている羽菜を睨みつけた。あんなに見られているのにどうして気づかないの。そう思いを込めて睨んでいたが、羽菜にその思いが伝わることはなかった。


「羽菜ちゃん、いつも字が綺麗だね」

「そ、そうかな」


 羽菜が書いた黒板の字を見て悠太は言った。

 羽菜は綺麗に書こうと思ってゆっくり書いていたので、褒められると素直に嬉しかった。


「確かに、水野さんはいつも丁寧だよね」

「ありがとうございます」

「佐藤くんも綺麗な数字を書くしね」

「文字と違って書きやすいですから」

「これ嘘なんだよ、知ってる?佐藤くん文字も綺麗に書くの」

「あ、知ってます。私より綺麗ですよ」

「羽菜ちゃんみたいに綺麗には書けないよ」


 先生と二人が少し談笑し、終わると二人は席についた。

 先生と仲良く話す姿がなんだか公認カップルのようで、これもまた大河は気に入らなかった。


 苛つきが止まらない大河はどうしようもなく、見ないで済む寝るという選択肢を選んだ。


 それを見た真奈は羽菜をもう視界に入れることもないだろうと安堵し、悠太はふっと笑った。

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