第15話

 真奈は翌日悠太と二人で話をすべく、休憩時間に屋上の入り口付近へ連れて行った。

 悠太は何の用で真奈に呼ばれたのか、なんとなく分かるような気がしたが、真奈が話すまで黙っていた。


「悠太さ、羽菜ちゃんのこと好きでしょ?」

「うーん、何で?」

「あ、誰にも言わないよ。だから、これも言わないでほしいんだけど、わたし大河が好きなんだよね」

「あー、なんとなく知ってる」

「え、そうなの?」

「だって黒木さん、執拗に追いかけてるから」

「シツヨウ…?まあ、追いかけてるというか、羽菜ちゃんをいじめるから」


 ここまで話されると、何を言われるか悠太は察した。


「協力しようってこと?」


 悠太に話の核心を言われて驚いたが、頭の良い悠太のことであるため当然かと納得した。

 悠太の表情は読めず、何を考えているのか真奈には分からなかった。


「悠太、羽菜ちゃんのこと好きでしょ。わたしは大河が好き。でも大河は羽菜ちゃんのことが好きみたいだし、どうにかならないかなと思って」

「ふうん」


 悠太は顔色を変えず真奈の話を聞いていた。この話にあまり興味がなかった。

 なんと答えようかと考えていると真奈はまだ続ける。


「大河がわたしのこと好きになったら、羽菜ちゃんもいじめられずに済むじゃん。そしたら悠太も嬉しいでしょ」


 これを聞いて悠太は眉を寄せた。

 変な言い訳ばかり並べる真奈は、良い印象を与えなかった。


「悪いけど、話には乗れない」

「え、なんで?」


 真奈はあんぐりと口を開け、心底驚いたと言わんばかりに目を見開いた。

 真奈としては、この話に乗ってくると疑わなかった。こんな良い話を断る理由が見つからなかった。

 想像と違う状況に戸惑う。


「その話、僕に良いことないじゃん」

「あるよ」

「へえ、何?」

「だから、羽菜ちゃんがいじめられなくなる」

「それだけ?」

「それだけ、って。好きな子がいじめられてたら嫌でしょ」


 悠太はため息を吐いた。


 悠太は自分の頭が良いことを自負しており、頭脳の差から周りとは性格も価値観も大きく違うことを理解していた。

 真奈の言う協力とは、普通に考えると悪い話ではないと思っている。相手が自分でなければ、この話に乗るだろう。好きな女がいじめられずに済み、恋敵が違う女子とくっ付けば万々歳である。

 しかし、悠太にとってはどうでもいいことだった。大河は女子からの人気もあり、真奈のように狙っている子は少なくない。ただ、大河と羽菜との関係性とそれぞれの性格を考えたとき、二人がくっ付く可能性は限りなくゼロだと確信していた。


「羽菜ちゃんがこのままいじめられてもいいの?」


 真奈はなんとしても悠太を協力させたかった。

 先程まであった余裕はなくなり、必死に悠太を説得する。

 もうこの話に興味がないと言わんばかりの表情を見せられ、真奈は焦りだす。


「羽菜ちゃんがいじめられるっていうなら、守ればいいじゃん。友達でしょ?」

「ゆ、悠太は羽菜ちゃんが好きじゃないの!?わたしに守り役をさせて、それでも男なの?」

「嫌ならやめればいいじゃん、守り役」

「そっ、そんなこと言ってないでしょ!」

「そう。じゃあ僕そろそろ戻るから」


 終始興味がなさそうに話す悠太を前にし、真奈は不安になった。


 悠太ってこういう感じだっけ。もうちょっと穏やかな気がしたし、こんなに冷たかったっけ。


 悠太の態度が普段と違っていて、真奈の知っている悠太ではなかった。二人きりで話すことが今までにあったかどうか思い出せないが、こんなに冷たかったら印象に残っているはずだった。


 悠太が階段を下りて去っていくと、真奈はその場に蹲った。


「どうしよう、どうしよう」


 笑顔で協力してくれると思っていたが、全く食いついてこなかった。それどころか、真奈を敵視するような目と表情。自分の何がそんなに気に食わなかったのだ、と問い詰めたかったが、悠太の雰囲気に圧されてしまい、聞くことはできなかった。


 真奈は味方を手にするどころか、自分の好きな男子を暴露して終わった。更には羽菜を嫌っていることがバレた。悠太は頭が良いため、きっと真奈の本心を見抜いてのことだと思った。


 大河が好きだということと羽菜が嫌いであることを知られた。

 もしかしたら、このことを悠太は誰かに喋るかもしれない。いや、でも悠太は優しいからそんなことはしないはずだ。その思いは数時間前の真奈にはあっただろう。しかし、先程の態度を見る限り、喋る可能性も否定できなかった。


 どうしよう、どうしよう。このことがバレたら大河に嫌われて羽菜ちゃんにも嫌われるかもしれない。羽菜ちゃんが嫌いだってことが知られたら、大河はわたしのこと嫌いになるかも。


 自分は羽菜が嫌いだが、羽菜が自分を嫌いになると思ったら、それは嫌だった。

 人に嫌われたくない。例え嫌いな相手でも、誰かに嫌われることを想像すると不安になった。


 そして大河に嫌われることが、一番嫌だった。


 真奈はもうどうしていいか分からず、両目から涙が流れた。

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