第19話

放課後になると、クラスメイトは徐々に教室を出て行き、雰囲気を察して居残る生徒はいなかった。チラチラと羽菜や絵梨を見て出て行く者が多く、羽菜の宿題がどうなるのか気になるようだった。


 羽菜と絵梨、悠太がデスクに集まると先生は「先生はデスクの上を探すから、三人は教室の中を探してくれる?」と指示を出した。デスクの上には点数をつけ終えた小テストなどがあり、生徒に見せれるものではなかった。そのため、デスク以外を三人が探すことになった。


「きっと見つかるよ」


 悠太が羽菜にそう言うと、羽菜は教室の後ろにあるロッカーを探すことにした。先生の方に向けていた体を動かし、教室の後ろを向いた。すると視界に入ってきたのは大河だった。


「何見てんだよ」


 目が合うと大河は羽菜に低い声で悪態をついた。

 羽菜は「何でも…」と消え入りそうな声で返した。


 大河の横を通り、斜め後ろから盗み見ると、どうやら国語の宿題をしているようだった。

 今日提出予定だった宿題を出していない者は、明日のホームルームまでに持ってくるようになった。大河は未提出だったため、家に帰ってやるよりも学校でやる方を選んだ。


 大河が残って宿題をしていることに、羽菜は感心した。以前ならば出さないままだったはずだが、心境の変化でもあったのか、居残りまでして宿題をしている。


 だが鉛筆の音があまりしないため、問題が解けないのだろう。それでも残ってやるのだから、一体何があったのかと羽菜は気になった。


「先生、他人のロッカーは漁っちゃいけないですよね。机の中も見てまわれないし、探す場所があまりないように思いますけど」


 悠太がそう言うと、先生は「そこをなんとかして探してみて。宿題っぽいプリントがあるかどうか」とアバウトな返しをし、悠太はロッカーを漁ることはせず、じっと眺めて判断するようにしたうようだった。羽菜は悠太の配慮に対し、大人だと素直に関心した。


 私だったら漁ってたかも。いや、よくないけど、でもプリントがあるかもしれないし。


 悠太を見習って羽菜もロッカーを眺めることにした。プリントっぽいものがあればちらっと中身を見て、違うと感じたらすぐさま手をひっこめた。

 そうして見て回ったが、見当たらない。絵梨は机の中を探していたようだが、こちらもなかったようだ。


「先生、見つかりました?」


 大体探し終えた三人はデスクに戻ったが、「こっちにもない」という言葉を聞いて項垂れた。

 もう一度探してみようと言い、今度はもっと丁寧に探したが、それでも見つからなかった。


 羽菜は半分諦めていた。答えは大体覚えているし、そんなに難しい問題でもなかったのでもう一度やれば今度はすぐ解けるだろうと思った。

 先生からもう一枚宿題をもらって、明日の朝までにやってこようかという気もあった。


 ロッカーの中を漁らずに眺めるだけでは、やはり深く探せない。

 昨日、きちんと宿題をしたのに。提出もしたはずなのに。未提出になっている。その事実が悔しかった。折角やった努力がないことにされ、また涙が出てきた。ずずっと鼻をすすり、袖で涙を拭いた。


 大河は後ろで羽菜が泣いている音を聞きながら、問題を解くこともせずにぼーっとしていた。


「先生―、ちょっとトイレ」

「はいはい」


 絵梨がトイレに行くため教室を出ると、大河はそれを目で追い、絵梨の気配がなくなったところで「てかさー」と三人に聞こえるように声を出した。


「あいつが名前書き替えたんじゃねえの?」


 大河がこの件に対して口を出してくるとは思わなかったので、羽菜は驚き、悠太も目を丸くした。


「荒野くん、今のどういうこと?」

「だからー、小山がこいつの宿題出したんだろ?それでなくなったんだろ?なら、小山がこいつの名前を消して自分の名前書いて出したんじゃねえの?」


 羽菜はそんな酷いことは考えたことがなかったし、絵梨がそんなことをするとは思えなかった。先生も手を顎に当ててじっと考え込んだ。

 悠太は、大河の言葉に一理あるなと思った。可能性としてはないこともない。


「羽菜ちゃん、小山さんが出すとこちゃんと見た?」

「え、いや、出すよって言われて渡してからは、見てないかも」


 絵梨が立ち去った後のことは分からない。見ていない。絵梨が羽菜の席から離れてすぐ、羽菜は本を読み始めたからだ。


 悠太はそれを聞いてすぐ、絵梨のランドセルを漁った。

 羽菜は、悠太がロッカーを漁ることに抵抗があったことを思い出した。


 絵梨ちゃんのランドセルはすぐ漁るんだ。


 軽蔑などではなく、その行動力に唖然とした。

 しかし、先生は止めることなく成り行きを見守っている。先生が止めないなら、いいのかなと羽菜も思うことにした。

 大河は肘を机に置いて、じっと悠太を眺める。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る