第4話

 お昼休みになると、羽菜は朝図書室で借りた本を机の中から取り出して読み始めた。

 ほとんどの男子は外へ出て、女子も同様にほとんどの子が遊びに出た。教室に残ったクラスメイトは、本を読むか絵を描くかのどちらかだった。


 羽菜は本が好きだった。外で遊ぶのも嫌いではなかったが、砂埃で咽ることが多い。走り回ると、咳が出る。だからよく室内で本を読んでいた。

 本を読むと落ち着いた。自分の知らない世界に入ることもできるし、何もかも忘れて没頭することができる。それに、たくさんの言葉を覚えることができる。


 今朝借りた本は、龍と炎のお姫様というタイトルだった。どんな内容なのか見当もつかず、タイトルに惹かれて借りた。休憩時間に少しずつ読んだので、この本の続きが気になっていた。学校にいる間だけではすべて読むことができないため、家に持ち帰ろうと思っている。


 本を開き、文字を目で追っていると、不意に上から声がした。


「それ、面白いの?」


 聞いたことあるような、ないような声だった。

 すぐに男子の声だと分かり、顔を上げてみると、クラスメイトの佐藤悠太だった。


 羽菜はあまり男子と話すタイプではなく、悠太と話した記憶はなかった。

 悠太は女子とも男子ともよく話すため、羽菜はあちこちで「悠太」と呼ばれていることを知っている。苗字で呼ぶクラスメイトはいないため、羽菜もそれに倣い、「悠太くん」と呼んだ。


「変わったタイトルだよね」


 悠太が隣の席に座り、話をするので羽菜は本を閉じた。自分と話すために隣の席に座ったからだと思ったからだ。


「うん、だから気になって借りてみたの」

「へえ、面白い?」

「うん、面白いよ」

「どんな話?」


 悠太はこの休憩時間、羽菜と話すつもりらしい。普段は外に出て遊んでいるはずだが、どういうつもりか、今日は友達と一緒ではなく一人だ。悠太の友達は多いが、何故自分の元へ来たのか不思議だった。


「炎に焼かれたお姫様が龍に助けてもらうの。そして龍と一緒に生活をすることになって…その続きを今読んでいるところ」

「面白そう。今度僕も借りてみようかな」


 意外ではなかった。

 悠太は外でも遊ぶし、本を読むことも好きな少年だった。その理由として、図書室で見かけることがあったし、借りた本のカードに悠太の名前を見かけたことがあったからだ。それに、休憩時間では友達と話すこともあるが、本を読んでいることもある。それを羽菜は知っていた。何の本を読んでいるんだろうか。あ、その本私も読んだことがある。そう心の中で呟いたことが何度かあった。


「今日は悠太くん、外で遊ばないの?」

「うん。今日は羽菜ちゃんと話してみたくて」


 悠太はクラスで女子から一番人気のある男子だった。

 子供らしからぬ笑顔と、柔らかい雰囲気。顔のパーツも綺麗に整っており、綺麗な顔が好きな女子や、大人っぽさに憧れる女子は悠太を好んだ。

また、男子は皆女子を苗字で呼ぶが、悠太だけは女子を下の名前で呼ぶこともあった。どういう基準で分けているのか、数人の男子がからかっていたときに悠太は「なんとなく、イメージで」と答えていたと、人伝で聞いていた。


「よく本を読んでたから、ずっと話してみたいと思ってたんだ」

「そうなんだ、私もだよ。借りた本のカードに悠太くんの名前を見たことあったから」

「羽菜ちゃんはどんな本を読むの?」

「私は、そうだなぁ、本の名前を見て面白そうだなと思ったら読むよ。あとは、本の絵とか」

「あぁ、分かる。今羽菜ちゃんが読んでる本も、面白そうなタイトルだよね。僕は本を読んで面白いと思ったら、次はその作者の本から選ぶなぁ」

「さくしゃ…」

「同じ人が書いたなら、面白いはずだから」


 羽菜は悠太の話をすごいなと思いながら聞いていた。考え方が大人っぽい。おまけに顔も整っているし、人気があるのも分かる気がした。


 こうやって悠太と話していると、悠太のことが好きな女子から反感を買いそうだが、羽菜が教室を見渡すと、悠太に比較的興味のない女子しかいなかったので安堵した。

 反感を買ったとしても、きっと悠太はやんわりとどうにかしてくれるとも思っていた。そういう雰囲気のある男子だった。


 外からはきゃーきゃーと楽しそうな声が聞こえ、自分も外で遊びたいなとぼんやり思った。もし自分が外で思い切り遊べたなら、悠太とも室内でなくて外で仲良くなれたかもしれない。


「羽菜ちゃんは外で遊びたいの?」


 その心を読んだかのように、悠太は首を傾げて羽菜に尋ねた。

 図星だった羽菜は咄嗟に嘘を吐くことができず、軽く頷いた。


「悠太くんは、外で遊ぶのと部屋の中で本を読んだりするの、どっちが好き?」

「うーん、そうだなぁ、どっちも好きかな。僕、体育も好きだし国語とか算数も好きだし」

「わ、私も!」

「あはは、僕たち似てるね」

「そ、そうかな。でも私はあまり外で遊べないし」

「まったくできないわけでもないんでしょ?」

「う、うん。走り回ったりするのができない」

「休憩入れたりすればキャッチボールとかできるの?」

「うん、できる」

「なら大丈夫だよ。それに、クラスで一番話が合うの、もしかしたら羽菜ちゃんかもしれない」

「えっ」


 これには驚いた。

 友達がたくさんいて人気者の悠太が、一番話が合うのは自分だと言うのだから。


 悠太くん、友達たくさんいるのに。今日初めて話して、それで私が一番だなんて。でも、私も本の話をしたのは悠太くんが初めてかも。


 なんだか嬉しかった。



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