第5話
羽菜が思っていた以上に話が弾んだ。
最初は本の邪魔をされたと少しだけ思っていたのだが、悠太と話すことが意外と楽しかった。良い友達になれる、と羽菜は嬉しかった。
「もっと早くに羽菜ちゃんと話しておけばよかったなぁ」
「私も。悠太くん、いろんなこと知ってるから凄いね」
「家でよく本を読んでるからかな」
「家にも本がたくさんあるの?」
「うん、お父さんに頼んで買ってもらったり、あとは近くの図書館で借りたりしてる」
羽菜は目を輝かせた。
すごい、すごい。私も本を買おう。そして近くの図書館でも本を借りよう。
その発想がなかったわけではない。ただ、学校で借りて家で読むことが楽だったため、近所の図書館は利用しなかった。
お昼休みに会話をしただけで、羽菜は悠太に憧れを抱いた。
真奈ちゃんもすごいと思うけど、悠太くんもすごい。真奈ちゃんは強くてお姉ちゃんみたいだし、悠太くんは物知りでかっこいい。
お昼休みが終わる音楽が流れ、外で遊んでいた子たちが次々に教室へやってきた。
それに気づいた悠太は席に戻るため立ち上がり、羽菜に「また話そうね」と言って、自分の席に戻った。
「ブスが悠太と喋ってたのか」
遊び終わった大河が羽菜の方へやってきて、吐き捨てた。
羽菜はそれに答えることなく国語の教科書を出した。
「ブスのくせに無視かよ」
羽菜の肩を軽く押し、大河は自分の席についた。
大河くんは悠太くんと全然違う。同じ歳なのに、どうしてこんなに違うんだろう。悠太くんは意地悪なんてしないし、本の話だってできる。なのに大河くんはいつも私に意地悪ばかり。ふん、私も大河くん嫌いだもん。
強がってみるが、涙が出そうだった。
どうして私にばかり意地悪するんだろう、どうして私は弱いんだろう。私が真奈ちゃんだったら言い返せるし、悠太くんだったら素直に自分の気持ちを言えるのに。
溢れ出そうな涙をこらえ、少しだけ上を向いた。
それを後ろから大河は眺め、苛ついていた。楽しく遊び、教室に戻ったら悠太と羽菜が楽しそうに会話をしていて、不快だった。自分の知らない本の話をしているようで、二人だけで楽しく話していた。それが気に入らなかった。
ブスのくせに悠太と話すなんて生意気だ。
ちらっと悠太の方を見ると、悠太は前を向いているだけだった。
大河も女子から人気があるとはいえ、悠太の人気には及ばない。大河自身、女子に好かれている自覚はなかった。だが、悠太の人気があることは承知していた。見ていれば分かる、それだけのことだった。
悠太の顔は可愛い。それは大河も知っているし、テレビで見かける子役を見ても悠太の方が勝ってるなとも思う。女子はキャーキャーと悠太に群がり、男子は女みたいだと揶揄う子もいたが、大河はどちらかというと悠太の顔より雰囲気を好いていた。大人のような雰囲気があり、いつも一緒に遊んでいる男子とは違う雰囲気。顔は確かに女のようだと大河も思う。けれど、悠太に勝る顔を持つ男子は見たことがない。
だから悠太がモテることに納得はしていたし、当然だろうと思っていた。
しかし、その悠太に羽菜も仲良くしていたことが気に入らない。
あいつもきっと悠太の顔が好きなんだろ。それか、悠太の大人っぽいところが好きなんだ。女子は絶対悠太のことを好きになるからな。でも弱虫水野はだめだ。悠太みたいな男子に弱虫は合わない。
大河は恋愛というものをよく分かっていなかったが、「付き合う」や「両想い」など、多少の意味は理解していた。だから悠太が付き合うのだとしたら、真奈のような女子であるとなんとなく思っていた。
「あと五分で終わりなので、ちゃんと見直しをしましょうね」
先生のその言葉で、書き終わっていた何人の生徒かはもう一度自分の答えを確認する。
大河は羽菜と悠太のことを考えながら書いていたので、まだ半分しか書けていなかった。それでも焦っていないのは、勉強に関心がない故だった。
羽菜は既に書き終えており、自分の名前が書けているか、答えは合っているかなどをチェックしていた。大河はその姿を見て、がり勉だなと思い、今度は悠太を見た。
悠太も羽菜動揺に最終確認をしており、二人の気の合った様子にまた苛ついた。
そういえばあいつらはがり勉だった。勉強なんてできてもできなくても変わらねえし。こんなの勉強したって意味ないだろ。なんで勉強なんてするんだよ。がり勉は意味分かんねえ。
クラスでいつも百点をとる悠太に、毎回百点ではないものの、女子の中で一番頭の良い羽菜。似た二人が気に食わなかった。
結局テストは半分しか回答できずに隣の席の女子と交換し、答え合わせをした。百点満点中、大河は二十一点だった。あの二人はどうだっただろうかと耳を澄ますと、「悠太くんまた百点だ、すごいね!」という声と、「羽菜ちゃんあと一点だったねえ!」という声が聞こえた。悠太が百点で羽菜が九十九点だった。
大河は舌打ちをして、自分のプリントをそのまま机の中に突っ込んだ。
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