第37話

 翌日、真奈は学校に来なかった。

 羽菜は一晩、自分が真奈を不快にさせた理由を考えたが、分からなかった。

 何故昨日あんなことを言われたのか。


 授業中、いつもはしっかりと先生の話を聞いているが、今日ばかりは真奈のことしか頭にない。

 今日真奈が登校していないのも、もしかしたら自分のせいなのでは。

 自分が無意識に、真奈にとって嫌なことをしていたのかも。

 ただ、自分が何をしてしまったのか、それが分からない。


 あんな真奈は初めて見た。いつもは姉のような、しっかり者の真奈だ。その真奈があんなに感情的になって睨みつけてきたのだから、自分が何かをしてしまったに違いない。


 結局この日の授業は頭の中に入ってはこなかった。

 板書も途中からできておらず、いつもなら黒板に書かれていない先生が言った大事な言葉をノートに書いているのだが、今回はそれもできなかった。

 真奈のことで頭がいっぱいで、勉強が手につかない。

 家に帰ってもまた真奈のことばかり考えてしまうだろう。


「悠太くん、いいかな」

「うん?」


 放課後、悠太が帰る支度をしていたのを呼びとめた。

 申し訳ないと思いつつ、頼み事をする。


「ごめん、今日の授業ノート見せてくれないかな?」

「ノート?いいけど、珍しいね。羽菜ちゃんがそんなこと言うなんて」

「う、うん…」

「もしかして黒木が原因?」

「うん、気になっちゃって」

「そっかぁ。でも、羽菜ちゃんは気にしなくていいと思うよ」

「でも、もしかしたら真奈ちゃんが嫌がることを私がしてたんじゃないかなと思って…」


 しょぼん、と項垂れて両手でもじもじしている姿に悠太は可愛い以外の感想がなかった。


「黒木、最近勉強を頑張ってるみたいだから、ストレスもあったんだよ。それで、昨日ついに爆発しちゃったから羽菜ちゃんのせいじゃないよ」

「そ、そうなのかな」

「ほら、この前成績が発表されたでしょ。僕ら三人は割と上位だったけど、黒木だけ下の方だったからショックだったみたい」


 本人から直接聞いたわけではないが、最近の真奈を見ていると恐らくそうなんだと確信した。

 休憩時間も羽菜と喋るよりも一人で黙々と勉強をしているし、授業中にふと真奈を見ると真剣に授業を受けていた。公立の中学校とはいえ、それなりに勉強ができる人たちが集まっている。その中で真奈は恐らく、最下位に近いだろうと悠太は予想していた。三人だけ上位で一人が下位。全く気にせずに、今までのように振舞うことはできないだろう。


 大河が勉強をしているのだって羽菜を意識しているからだろうし、それが分からない程真奈は鈍感ではないはず。悠太はなんとなく、昨日の真奈の言動は察しがついていた。


「羽菜ちゃんは優しいから、自分が何かしてしまったのかもって思ってるんだろうけど、そんなことないからね」

「う、うん。でも、気になるよ」

「大丈夫だよ。僕が黒木と話をしておくから」

「悠太くんが?」

「うん。僕も心配だし、もし勉強で分からないところがあるなら教えてあげようと思って」

「じゃ、じゃあ私も」

「羽菜ちゃんは、黒木がもう少し落ち着いてからの方がいいよ。今はちょっと、危ないから」

「でも、友達だから」


 羽菜が必死な表情で悠太を見つめ、悠太はなんて健気なんだろうと感動していた。

 真奈の本心を知っているが故に、嫌われているにも関わらずここまで親友のためになんとかしようとしている羽菜を健気としか思えない。


 羽菜が行くと逆効果だから来ないでくれ、なんてことは死んでも言えない。


「黒木は今、正常じゃないんだよ。もし羽菜ちゃんが黒木に酷いことされたら、羽菜ちゃんだけじゃなくて黒木もショックを受けるんだよ。我に返った時、羽菜ちゃんに申し訳ないことをした、って」


 そう言われると羽菜は何も言えなかった。

 確かに、悠太の言うことにも一理あると思ったからだ。


「分かった、じゃあ悠太くんに任せる」

「うん」

「でも、もし何かあったら言ってね。私も、真奈ちゃんと友達だから力になりたい」

「もちろん。じゃあ、はい。今日の授業ノート」


 ノートを差し出して、話はこれで終わりだと暗に伝えた。


 羽菜はノートを受け取って、礼を言う。


「ノート、今から写す?」

「うん、早く課題もやりたいし」

「そっか。じゃあ僕も一緒にいい?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、僕の隣来なよ」


 教室には二人だけだった。

 この空間、いいな。

 悠太は羽菜が隣に座ったのを見て、そう思った。


 誰もいない教室で、好きな子と二人きり。

 静かに勉強し、たまに分からないところを教える。好きな時間だった。



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