第50話

 最近、というか少し前から悠太を前にすると上手く話せず、おどおどしてしまう現象が起きた。以前のように自然と会話ができず、自分でも何を言っているか分からなくなる。明らかに変な態度をとっているにも関わらず悠太はいつもとおりだ。おかしいと感じているのかもしれないが、それを表に出さず羽菜に接してくれている。それが羽菜の羞恥を煽る要素の一つとなっている。


 真奈とゆっくり話ができるお昼休み、羽菜は勇気を出して真奈に相談をした。

 この現象の原因は分かっている、分かっているから真奈に相談をした。


「ど、どうしたらいいのかな」


 顔を真っ赤にさせて初めて羽菜から恋の相談をされた真奈は雷にうたれたようだった。


 あの羽菜が、ついに。悠太を意識するどころか惚れているなんて。

 ここで背中を押せば羽菜と悠太は見事にくっつき、いつかは結婚するだろう。そんな気がする。しかし、それはなんだか面白くない。自分はこんなに頑張っても大河のお友達になるのが精一杯。意識してもらうなんて夢のまた夢なのに。意地の悪い心が顔を覗かせ、邪魔してやろうぜと囁く。もともと天使のような心なんて持ち合わせていないから、背中を押してやるつもりはこれっぽっちもない。だが、悠太はどうだろうか。邪魔をすると悠太に何をされるか。


 羽菜は真奈からの言葉を待っているようで、ちらちらと様子を伺っている。


 羽菜と悠太が付き合えば邪魔者はいなくなり、大河との恋も進みやすくなる。それはいい。それはいいのだが、羽菜だけとんとん拍子で事が運ぶ。それが納得できないし、邪魔をしたくなる。


 一番避けたいのは悠太からの仕打ち。悠太の機嫌は損ねたくない。よって、邪魔をするのは賢い選択ではない。

 ならやるべきことはなんだ、協力か、応援か。

 悠太から何も聞かされていないので、勝手に背中を押すのも難しい。何が逆鱗に触れるか分からない。


「そっか、羽菜ちゃんも恋してるんだ」


 ここは無難に、話を合わせる。

 悔しいが、悠太が主導権を握っているため真奈は勝手な行動ができない。

 悠太なら羽菜が惚れていることなんてとっくに見抜いているだろう。何も言ってこないということは、特別することはないということ。


「そ、そうだよね、やっぱり恋だよね」

「もう誰かにこのこと話したの?」

「ま、まだ。真奈ちゃんが初めてだよ」

「そっかー、羽菜ちゃんも恋してるのかー。もしかして初恋?」


 女子トークに花を咲かせる。助言せず、落ち込ませず、ただ楽しくお喋りに徹する。

 羽菜の恋バナなんて微塵の興味もないが、聞き役に回るのが正解だろう。


「初恋、だから何をしたらいいか、分からなくて」

「何かしたいの?」

「いや、その、告白とか」


 真奈は少し驚いた。あの羽菜から告白をするなんて事があるのか。てっきり「友達のままでいい」や「この気持ちが消えるまで」などと消極的なことを言うのかと思っていた。


 思わず羽菜を凝視してしまい、その視線に気づいた羽菜が苦笑する。


「告白はしない方がいいのかな」

「え、いや、てっきり友達のままでいいのかと思った」


 箸でご飯を掴んだまま、思ったことを口にする。


「それも考えたんだけど、悠太くんて頭いいから、好きでいてもバレちゃうと思うんだよね。だったら黙ってるより告白した方がお得かなって」


 何がお得なのか不明だが、そのマインドに真奈は初めて羽菜に対して悪くないという気持ちを抱いた。羽菜への気持ちがマイナス百だったとして、今の発言でマイナス八十くらいにはしてやろう。


「最近悠太くんに変な態度とってるから、薄々気づいてるんじゃないかと思うの。優しいから、何も言わないだけで。だから、告白してみようかなって」


 とは言え、初めての恋に初めての告白。何をどうすればいいのかよく分からない。


「へえ、凄いのね。いつ告白するの?」

「えっと、まだちょっと、告白はしないんだ。もう少し恋愛を楽しんでからと思って」


 ごにょごにょと言い訳を並べる羽菜を見て、マイナス八十からマイナス百へと戻った。

 結局は怖いのだろう。うじうじしている羽菜はやはり嫌いだ。


「でも、いつかはしたいな」

「そんなこと言って、もたもたしていると他の女子に奪われちゃうよ」


 少しの意地悪くらいいいだろう。


「悠太は人気なんだから、こうしてる間にも告白しようと決心した女子が悠太を呼び出してるかもしれないし」


 このくらいなら言っても許されるだろう。この言葉が後に影響を及ぼすなんてことはない。


 口に出してから、その言葉がブーメランの如く自分の胸に刺さった。

 自分だって告白できないくせに、羽菜には偉そうなことを言う。聡い羽菜は気づいただろう。自分だって告白できてないではないか、付き合えていないではないかと。それに気づいた瞬間、羞恥心で手が震えた。


 違う、自分はまだスタートラインにも立てていないから、告白しても玉砕するだけ。分かり切っているからしないのだ。今はまだする時ではない。やっと友達になれたかもしれないのに、今告白をしてこの関係を悪化させたくない。


「そうだよね、悠太くんモテるからなぁ」


 けれど、あんなにもモテる悠太が恋人をつくらない。

 羽菜の中で、もしかしてという淡い期待がむくむくと膨らんでいた。

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