第52話

 とある晴天の体育で、大河は見てしまった。羽菜が、悠太を見つめているところを。

 ただ見ていただけと主張できるような瞳ではなかった。元々察しは良い方だった。自分のことになると良いとは言えないが、そういう空気は察せるタイプだった。


 そうだよな、と思った。


 あんな男と長く一緒にいて、好きにならないわけがない。


 男から見ても良い男である悠太は、なんでもできるスーパーマンで紳士でもあり、女子から人気があって当然で、男子からも支持が熱い。

 そんな男が毎日のように一緒にいて、惚れない方がどうかしている。


 バスケをしている悠太。それを眺める羽菜。この構図だけで察してしまった。

 長年の片想いが、散った瞬間だった。


「おい大河、早くしようぜ」


 大河が持っているボールを指して、友人が急かす。

 我に返るも、悲しいだとか辛いだとかそういった感情が沸いてこなかった。

 だって自分は何もしていない。羽菜にアプローチをかけるどころか嫌われるようなことしかしてこなかった。好感度は低いだろう。優しくした記憶はなく、泣かせた記憶しかない。

 中学生になってからは会話した数は少なく、傍にいることも減った。


 虚無。

 それしかなかった。


 友人に連れられ、コートに戻る大河の姿を真奈が見ていた。


「なに、あれ」


 思わず呟いてしまうほど、大河が落ち込んでいるのが分かった。

 誰も気づいていないのだろうか。あんなに落ち込んでいるのに。

 一部始終を見ていた真奈は、大河が失恋したことに気付いた。

 何度も想像したこの展開。大河が失恋して、羽菜を諦めて、そして自分が大河との距離を縮める。

 そんな展開を思い描いたときもあった。


 しかしどうだろう、実際目の当たりにすると羽菜への怒りと嫌悪感で顔が歪む。

 好きな男が失恋した姿をラッキーとは思えなかった。


「真奈ちゃん、どうしたの?」


 何も知らない羽菜が心配そうにしているが、全部お前のせいだと糾弾することはできず、口角を引き攣らせながら「大丈夫だよ」と吐き出すのが精一杯だった。


 冷静になれと自身を鎮めるが、羽菜を絶対に許さないとも思う。

 失恋した大河はまだ羽菜を好きでいるのか、諦めるのか。分からない。そこまで大河のことは知らないし、教えてくれない。


 できるなら、悠太と作戦会議を開きたい。

 きっと悠太は別にしたくもないだろう。大河が失恋しようが関係ないから。だって羽菜はもう悠太に惚れているし、悠太も分かっている。

 最後は自分の力で頑張らないといけない。でも、相談はしたい。


 そんな思いを持って悠太に視線をやると、目が合った。

 アイコンタクトをしたところで通じ合うような仲ではないため、このときは知らなかったが、体育が終わり着替えていると、悠太からメールが届いていた。

 どうやら真奈の願いは届いたようで、今日の夕方、例の公園で話そうとのこと。即答でOKした。


「真奈ちゃんばいばい」

「また明日ね」


 待ちに待った放課後、真奈は羽菜と悠太が帰ると同時に学校を出た。

 本当は大河と一緒にいたかったけれど、悠太が何時に例の公園に行くか不明なので、二人が学校を出るタイミングで真奈も出た。

 悠太は羽菜を家まで送っていくため、当然真奈が公園で待つようになる。


 一人で公園のベンチに座り、まだ沈まない太陽を眺めながら自分の価値の低さを感じた。


 羽菜最優先の男には見下され、利用され、けれど自分は相手を利用できるような器量がない。

 好きな男は失恋したがこっちを向いてくれる気配はない。体育が終わった後も羽菜を見ているその目玉を抉りたかった。

 失恋したのに、なんでまだそっちを見ているの。ちょっとはこっちを見ればいいのに。羽菜の隣にいても全く目が合わないし、相手にされていない。自分ばかりが頑張って、空回りして、伝わらなくて。

 自分の価値は、そんなにも低いだろうか。


 そう思うと視界が滲んだ。


「え、泣いてんの?」


 驚いたというよりは、嫌そうな声色。

 羽菜を送り届けた悠太が顔を顰めて立っていた。


「ちょっと、やめてよ。僕が泣かせたみたいじゃん」

「うるさいわね。わたしだって泣きたいわけじゃないのよ」

「じゃあ早くその涙どうにかしろよ」


 羽菜への態度と違いすぎる。


 こんな男の前で泣くのは嫌なので、袖で拭った。

 それを確認し、真奈の横に座った。



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