第53話

 悠太は特別真奈に何かをしてもらおうと思い、呼び出したわけではなかった。

 勝ち筋は見えているし、協力をしてもらわないといけないような障害もない。こうやって呼び出したのは自分のためではなく、真奈の恋路についてだった。

 自分の恋愛はすんなり事が運んでいるが、真奈には特段変化がない。このまま自分だけが実ってもよかったのだが、やけくそになった女は何をしでかすか分からない。


「僕はこのままゴールまで行けそうだけど、黒木はどうなの」

「はんっ、何それ嫌味?わたしのゴールがあんたに見える?」


 半ばやけくそになっている真奈を横目に、ため息を吐いた。

 

「黒木が何もしてないからだろ」

「何もしていないわけないでしょ!?」


 近所迷惑だと言いたいところだが、真奈にとってはそれどころではない。

 これだけ頑張っているにも関わらず何もしていないと言われるし、意中の相手にも伝わらない。自暴自棄になるのも仕方がなかった。


「わたしだって頑張ってるの!イメチェンしたり、あの女と親友ごっこをしたり、変な噂が流れないように他の女子たちとも頑張って話したり!なのに全然上手くいかない!」


 思ったようにいかない。


「悠太はいいよね、頭いいから色々と立ち回りが上手だもんね。羽菜ちゃん悠太のこと好きだもんね、もうそろそろ付き合えるんじゃない?それに比べてわたしは?わたしの恋愛は?何これ、何でわたし惨めになってんの?」


 独り言のように呟きはじめた真奈に、うげっと内心敬遠した。

 鬱丸出しの女の近くにいたら運気が逃げそう、と数センチだけ物理的に距離をとった。


「僕は黒木がどうなろうがいいんだよ、そんなこと僕に関係ないし。お前がどんな速度で大河と仲良くなろうがどうでもいいけど、ちまちまと事を進めてたら他の女にとられると思うけど」

「じゃあどうしろっての!?」

「知るかよ、僕に八つ当たりするな。自分のせいだろ。自分がただ見た目を変えただけで満足してるんだろ。そこから先に動かないくせに、頑張ってるとか自己評価高すぎない?」


 今まで何度か見てきたが、どうも見た目を変えて満足しているようなところがある。

 勝算があるならそれでいいが、ただそれ以上動きたくないように見える。勝算なんてない。あれば自暴自棄にならない。


「あのさぁ、怖いのかなんなのか知らないけど、大河の人気知らないわけじゃないよね。ちょっと自分の顔が他より整っているからって、油断しすぎでしょ。大河が失恋した今がチャンスなのに」


 真奈は大河のことを知っているようで知らない。

 大河は周囲の人間が思っている程できた人間ではないし、優しいわけでもない。

 つけ入る隙はあるというのに、この女は自分の保身と羽菜のことしか頭にない。


「告白してみればいいだろ」

「無理」

「じゃあ諦めろ」

「はあ!?」

「さっきも言っただろ、人気があるって。失恋したところに女から告白されたら心動くよ」「ふん、大河はそんな男じゃないわ」

「あっそ。そう思うのは勝手だから、もうそれでいいんじゃないの?」


 話していて疲れる。

 こういうヒステリックな女は好きじゃないし、二人の恋路もどうでもいい。

 自分と羽菜の仲さえ邪魔しなければ好きなようにすればいい。


 ベンチから立ち上がり、帰ろうと真奈に背を向けると制服を掴まれた。


「何?」

「…ちなみに、わたしが告白しなかったら、どうなるの」

「他の女が告白して、付き合うだろうね。お前、本当に大河の性格知らないんだな」

「じゃ、じゃあわたしが告白したら、どうなるの」

「お前と大河が付き合うんじゃないの?まあ、お前がその他大勢の女子っていう認識をされてたら付き合えるよ。大事な友達と思われてたら振られるだろうね」


 その意味が分からない程馬鹿ではなかった。

 制服を掴んでいた右手から力を抜くと、悠太はそのまま帰って行った。


 悠太の最後の言葉を噛みしめる。

 あれを聞けば大河はただの不誠実な男だ。

 そんな男だろうか。

 では、悠太が間違ったことを言っているのか。それはない。そんなことを言うメリットが悠太にはない。

 それでは本当に、大河が不誠実な男なのか。

 これには肯定も否定もできない。

 大河が誠実だと思ったことはないし、不誠実だとも思ったことはない。

 良い人、優しい、そう思ったことはある。


「明日、してみようかな」


 このまま、ちまちま事を進めていても、そのうち誰かに奪われてしまうだろう。

 一番嫌なのが、大河が誰でもよかったとき。誰でもいいのに、他の女が選ばれてしまうとき。


 自分だけを見てほしいと思うが、誰でもいいなら自分でもいいじゃないか。そんなことも思う。

 つまり、大河の隣に立てるなら、彼女になれるならなんでもいい。

 もしも自分のことが好きじゃなくても、羽菜のことが好きなままでもいい。他の女に搔っ攫われるくらいなら、自分が彼女の座にいたい。


 ふと、悠太の言葉を思い出す。


 いつだったか、本当の自分を好きになってもらいたいと悠太に伝えたとき。

 本当の自分を知って嫌われるなら自分を偽って好きになってくれた方がいい、と言っていた。

 あぁ、自分もそっち側だ。なんでもいいから、隣にいたい。本当の自分も偽物の自分も好きじゃなくていい。ただ他の女を選ばないで。

 自分を好きになってくれたら嬉しいことこの上ない。好きになってくれないのは虚しいから嫌だ。でも、他の女が彼女になるのが、一番嫌だ。


 答えは出た。



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