第56話

 コソコソと陰で見守っていた二人の感想は生正反対だった。


「え、え、え?付き合ったのかな?」

「そうみたいだね」

「す、すごいよ真奈ちゃん」


 二人に聞こえないようコソコソと会話をする。

 羽菜は真奈の恋が実り、大興奮だった。

 大河との恋愛について悩んでいた真奈。その恋が実ったのだから興奮せずにはいられなかった。

 真奈は今羽菜が見ていることを知らない。真奈が報告をしてくるまで羽菜は知らない振りをしなければならない。顔に出さないよう注意しなければと思うが、今駆け寄っておめでとうと真奈を抱きしめたかった。


 興奮気味に見物している羽菜を横目に、大河も大概クズだなと悠太は嗤った。

 大河は大事な人にこそ誠実さを見せるが、それ以外の人間には割と扱いが雑な部分があった。小学生の頃、羽菜には暴力と優しさの両方を見せていた。中学生になり、その優しさだけが羽菜へいき、暴力の部分がその他へ向けられた。精神的に少し大人になったため、暴力とはまた違うが、羽菜以外の人間に対してはクズになることがしばしばあった。

 今回も、真奈に向けられたのは優しさではなくそのクズな部分だ。


 制服の袖で涙を拭っている真奈を眺め、この四角関係は長く続きそうだと悟った。


「悠太くん」

「うん?」


 羽菜に名前を呼ばれ、隣の羽菜と目を合わせると、真奈にあてられたのか赤面しながら真剣な表情でこちらを見つめていた。


 あ、やばい。


「悠太くん、私ね」


 真奈の告白に感化されたのか、今にも告白しそうな雰囲気で、悠太は思わず人差し指をたてた。


「しー!羽菜ちゃん、今から逃げるよ」

「えっ」

「告白終わったんだから、二人ともこっち来るよ。足音立てずに、教室戻ろう」

「あ、そ、そっか」


 逃げることが頭になかった羽菜は慌てて倉庫から離れた。


 後ろから足音を立てないよう、ゆっくり歩く羽菜を気にしながら安堵した。

 告白が嫌なわけじゃない。むしろされたい。けれど今じゃない。

 今はまだこの距離感を楽しみたい。

 付き合うのは高校生になってからでも遅くないし、その間他の男にとられる心配はしていない。自分以上に良い男はいないから。


 しかし、今遮ったことで落ち込んでいないだろうか。

 故意であったと気づかれただろうか。


 後ろを振り返って羽菜の様子を見るが、特に気にしていないようだった。


「教室戻って二人を待ってみる?」

「見てたことバレないかな」

「バレないよ。羽菜ちゃんが顔に出さなかったらね」

「うっ、頑張ります」


 二人の鞄は教室にあったから、きっと戻ってくる。

 その時に二人がどう反応するか楽しみだ。

 大河にはバレていたかもしれないが、真奈は気づいていないだろう。


 教室に戻り、今か今かと二人を待っていると数十分後、嬉しそうな真奈と普段と変わりない表情の大河が二人で戻った。


 羽菜を盗み見ると、自然に真奈と会話しており、悠太は意外だった。


「おい」

「あ、やっぱバレてた?」

「趣味悪いぞ。あとデリカシーがない」


 大河は教室に入るなり、悠太の元へ一直線で来た。

 やはり大河の位置からだと丸見えであった。


「黒木、大河のこと大好きだったもんねー。大事にしなよ」

「今のとこはな」


 大河が悠太に直接そういった発言をするのは初めてだった。

 これは結構知ってるのかなー、と呑気なことを思った。


 大河と付き合うことになったと、真奈が羽菜に報告し、羽菜が飛び跳ねて喜んでいる風景を眺める。


 真奈は大河のために羽菜に近づき、親友ごっこをしている。大河と付き合ったら縁が切れると思っている節があったが、大きな間違いだ。これからも羽菜と親友ごっこを続けなければならない。なぜなら、未だに羽菜は大河の想い人であるからだ。羽菜に下手な真似をすれば大河の機嫌を損ねるだろう。大河の彼女になったからといって、現状は何も変わっていない。

 幸せになれない女。

真奈に少し同情した。


 羽菜と抱擁していた真奈が今度は悠太の方へ歩み寄り、小声で礼を言った。


「現状は何も変わってないけどね」

「大河の彼女がわたしになった、それが大きな収穫だわ。あんたはどうすんの?」

「僕はまだまだだよ。高校生になってから付き合うから」

「へえ、先は長いわね」

「はは、人生楽しく生きないとね」


 悠太との会話を終え、鞄を持ち、大河と並んで真奈は教室を後にした。


 真奈の選択が間違っているとは思わない。そういう恋愛もあるのだろう。他の女に彼女の座を渡したくない。それが一番譲れない部分であったのだろう。

 大河が羽菜を諦めるまで、根気強く待たなければならない。その間は羽菜を邪険にできないし、立ち居振る舞いも気をつけなければならない。

 あの短気な女が、できるのか。

 そう思うも、もう自分には関係のないこと。これで別れようが自分の知ったことではない。


「私たちも帰ろう」

「そうだね」


 結局大河も真奈も自分もクズだから。

 自分のために他人を利用するクズ。

 利用して利用されて、それで最後はどうなるのか。

 敗者にはならない。絶対に。

 自分の道が決まったのなら、最後までその道を進むだけ。


 自分はこのクズさを羽菜に晒すつもりはない。


 当分の間は高校生になって付き合う、が目標だ。

 中学生の間でもいいが、今はこの天使からの片想いを楽しみたい。

 どうせ高校生になり付き合ったなら死ぬまで一緒なんだ。それまで楽しんだっていいだろう。


「明日は一緒にお買い物行こうよ」

「いいよ、何買うの?」

「買うっていうか、その」

「あぁ、見るだけ?好きだねー」

「えへへ、駄目?」

「いいよ、行こうか」


 何も知らず、ただ笑って隣にいればいい。


 この幸せがずっと続くようにしなければ。


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ゴーイングマイウェイ 円寺える @jeetan02

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