第26話
小学校に入学してから六度目の桜が咲いた。
一瞬にして散り、花弁もずっと前に地面から去っていた。
四人の関係性は大きく変わっておらず、第三者から見た距離感も三年前と同じだった。
クラスも離れることなく四人一緒。そのことに羽菜はなんだか安心していた。
学年が上がるにつれて、大河は羽菜に嫌な態度をとることは少なくなった。完全になくなったわけではないが、それでも暴力の類はなくなった。それが羽菜にとっては嬉しいものであったし、何より以前より大河への好感度は上がっていた。
それに、大河が優しさを見せるようにもなっていた。
前の大河ならば、羽菜が落としたプリントなんて拾うことはなかったが、どういう風に吹きまわしか、拾ってくれるようになったのだ。羽菜は顎が外れるかと思った。そのくらい驚愕した。
羽菜は漠然とこの四人で同じ中学へ行きたいと思うようになった。
もうすぐ中学生になるが、近くには中学校が四つ存在する。この小学校から中学に行く生徒は、そのどれかに通うことが多い。中には受験をしなければならない中学もある。
羽菜はその中の、桜中学に行きたいと考えていた。
両親は羽菜の行きたいところでいいと伝えていたため、羽菜は桜中学にしようと決めていた。
行きたい中学の希望プリントが配布され、家に持って帰った。
そこには行きたい中学の名前を一つ書くものだった。
羽菜は躊躇うことなく鉛筆を動かして、ふと考えた。
三人は、どこの中学に行くんだろう。
四つの中学に、皆バラバラで行くのかもしれない。そうなると、もう会うことも簡単ではない。今まで四人で遊んだ記憶はないが、意識し合っているのはなんとなく察していた。
「大河くん、どこに行くんだろう」
お世辞にも勉強が得意とはいえない大河の行く中学が気になってしまう。
きっと悠太は私立の中学へ行くだろう。頭が良いし、何より私立がよく似合う。
真奈と自分は同じ中学だといいなと考えて布団にもぐりこんだ。
翌朝、登校するとそこには大河が一人席についていた。
普段大河が羽菜より先に登校することはなく、扉を開けて突っ立っていた羽菜に大河は「閉めろよ」と声をかけた。その声にはっとして慌てて扉を閉め、席についた。
大河の席はなんと羽菜の隣になり、誰もいない教室で二人横に並んで座っている。
大河は机の上に一枚のプリントを出し、じっと睨み合っていた。
なにを見ているのかと羽菜が盗み見ると、昨日配布された中学希望先のプリントだった。
提出期限はまだ先だが羽菜は既に記入し、今日提出する予定で持って来た。しかし大河は未だどこの中学に行くか悩んでおり、悶々と考えていた。
羽菜は意外だった。あの大河なら、何も考えずに書くものだと思っていたからだ。
「何見てんだブス」
羽菜が盗み見をしていることに気付き、眉間にしわを寄せて悪態をつく。
「ごめん」と一言残し、羽菜はファイルを取り出して机の上に置いた。
大河も悠太も、六年生になると声が少し低くなったように感じる。
顔も、どんどんかっこよくなっている。この前なんて一つ下の学年の女子に告白されていたと聞いた。羽菜から見ても、大河はかっこよくなったと思うし、顔だけで言うと悠太と並ぶくらい、学年でトップだと思う。
「おい」
そんなくだらないことを考えていると、大河から声がかかった。
「なに?」
「お前、どこの中学行くんだ」
「えっ」
大河から、自分についての質問をされることはあまりなかったため、羽菜は思わず声に出して驚いた。大河にとってはそれが不快だったようで、舌打ちを一つした。
「あ、桜中学にしたよ。今日提出しようと思って、持って来た」
「あっそ」
自分から聞いておいてその返事なの、と少しイラっとした。
大河はもうこれ以上中学のことを考えるのはやめたようで、机の中にプリントを突っ込んで、机に伏せた。
羽菜はじっと大河を凝視する。
起きていると悪態をつかれるので、寝ているときにだけじっと見ることができる。
髪さらさらだなぁ、シャンプー何使ってるんだろう。コンディショナーとか使ってるのかな。体格も良いな。男子って感じでがしっとしてる。睫毛長いなぁ、女子みたい。私より長いな、これ。モテるのも納得だなぁ。昔より優しくなったし。まだ悪口言うときあるしブスって何回も言ってくるけど、見た目だけは悠太くんに負けてないんだもんなぁ。
教室にクラスメイトが入ってくるまで、じっと大河を観察していた。
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