第29話

 桜中学入学式。

 初めて制服というものに身を包み、期待と不安を持ちながら新入生は体育館を退場した。学校の敷地内にはいくつかの桜が咲き、地面に花弁も落ちている。


紺色の制服は羽菜にとって少しサイズが大きいものだった。胸には式の前にもらったピンクの桜をつけ、どんな子がいるのだろうと新入生を見渡しながら自分のクラスへ向かった。


「羽菜ちゃん!」

「真奈ちゃん!」


 クラスへ戻ると真奈が笑顔で待っていた。羽菜はまた真奈と同じクラスだということに嬉しさを隠すことができず抱きついた。


「真奈ちゃん、なんだか雰囲気変わったね!可愛い」

「あ、ありがとう。髪型を変えたんだ」


 髪の毛を切りそろえていたはずが、前髪は自然に流してピンで留め、後ろ髪は羽菜と同じくらいのショートにしていた。


「羽菜ちゃん、同じクラスで嬉しいよ」

「悠太くん!」


 悠太も爽やかな笑顔で声をかけた。

 悠太も同じクラスで嬉しくなるが、周囲の女子をちらっと伺うと悠太を凝視してきゃっきゃと騒いでいた。

 新入生代表の挨拶を悠太がした途端に生徒がざわつき始めたときは苦笑した。

 悠太は小学生のときよりも綺麗になり、美男子になっていた。女子と間違えられても仕方がないと思う程で、その容姿は学年で一番だと羽菜は思っている。


 そしてもう一人。モーゼが海を割る如く、廊下を歩いただけで生徒が道を空けてしまう現象を起こした張本人。静かに着席し、悠太同様注目を集めているのが大河だった。


「大河くんも桜だったんだね、知らなかったよ」


 羽菜は、大河とまた同じ学校同じクラスで嬉しいと思っているが、学力の面で心配していた。

 紅葉中学は今日が入学式で明日から授業がある。しかし桜中学では入学式が終わると次は学力テストである。


 テストの点が悪ければ居残り授業もあると噂で聞いていた。

 きっと勉強の面では大変だろうと羽菜は心配し、はらはらしていた。


「ね、ねえねえ」


 羽菜と真奈、悠太でかたまっていると、クラスメイトの女子三人が話しかけてきた。

 羽菜と真奈の容姿は整っており、真奈に関しては、羽菜が嫌いでありながらも容姿だけは貶すことができない程だった。真奈本人も自分の容姿が良いことを自負しており、羽菜と並ぶと絵になることを承知していた。

 話しかけてきたクラスメイトの女子を、真奈は値踏みした。


 自分たちとは程遠い容姿。芋っぽく、いかにも小学生という顔と髪型。教室の後ろでキャーキャー騒いでいるだけで相手にされないタイプの女。

 学校の門をくぐってから、悠太と大河の周りをキープできるような容姿をした女子がいるかどうか確認していた。しかし、自分と羽菜以外特に目立った女子はおらず、真奈は鼻で笑った。


「もしかして三人とも小学校一緒だったのー?」

「そうよ。そっちも?」

「あたしたちは今日友達になったの。三人とも友達になろうよ!」


 友達になろうよ、という割には三人の視線は一人に注がれていた。

 羽菜はそれに気づき苦笑し、真奈は身の程を知れよと顔には出さず嘲笑った。


「三人とも名前なんていうの?」

「黒木真奈よ」

「水野羽菜です」

「佐藤悠太」


 名前を聞いた途端きゃっきゃと騒ぎ体をくねらせて、女子三人の足は真奈と羽菜から遠ざかり、悠太の方へ寄った。


「えー、じゃあ悠太くんって呼んでいい?」

「いいよ」

「じゃ、じゃあ里奈って呼んで!」

「わかった」

「えー、じゃああたしはー」


 悠太を取り囲んだ三人組を見て、波に乗ろうと他方位から女子が群がった。

 真奈と羽菜はぽつんと立ち、「席につこうか」「そうだね」という会話をし、数分後に来るであろう担任を待つため、席についた。


 悠太はそんな二人と群がる女子を見て苛立った。


 羽菜はちらっと大河の方を見たが、大河は男子数人と喋っているようだった。

 初日から注目を集めた悠太と大河。中学校ってこんなところなんだと羽菜は少し怖かった。想像としては、勉強のできる桜なので静かな人が多く、騒ぐ印象がなかった。

 しかし、私立のように試験があるわけでもないため、入りたいと思えば誰でも入れる。

 クラスメイトも当然頭が良い人ばかりではない。


 他クラスからも悠太を見に、教室の前まで来ている。


 確かに小学生のころも綺麗な顔をしていたが、今はもっと綺麗な顔をしている。高校生になったら神にでもなるんだろうか。そう考えてしまい、羽菜は悠太の顔の凄さを帰って両親に伝えようと決めた。


 もう一度大河の方を見ると、ばっちり目が合った。すぐにふいっと逸らされてしまったが、羽菜は今のを「悠太すげえな」というアイコンタクトではないかと興奮した。



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