ゴーイングマイウェイ

円寺える

第1話

 桜の花弁が散り、木に葉だけが残った頃。霞東小学校の校庭で一人の少女がしゃがんでいた。細い髪の毛は肩で揺れ、大きな瞳には涙が溜まっている。可愛らしい容姿をしているが、どこか儚さのある少女は、みずのはなと書かれた名札を付け、地面を向かないよう少し上を見つめていた。


「何泣いてんだよー」

「きゃっ」


 羽菜の身体を軽く押し、尻もちをついた姿を見てにやにやと笑っている少年がいた。

猫目が特徴的な少年は、悪戯っ子を連想させる。こうやたいがと書かれた名札を付けていた。


 大河は尻もちをついたときにふわふわと揺れた羽菜の髪をぼうっと見ていた。


「お前なんでそんなに小さいんだ?」

「ひっく、うぅ」

「なんで泣いてるんだよー、これだから女は弱いな」


 げし、と羽菜の足を蹴ると声を出して泣き始めた。

 大河は泣き声の大きさに辺りを見回す。先生が来たら面倒だからだ。また自分がごめんなさいをさせられてしまう。しかし先生は見当たらなかった。


「ふん、よわっちいやつは外で遊ぶな」


 泣いている羽菜を一人置き去りにし、休憩時間終了のチャイムと同時に校舎へ向かって走って行った。

 羽菜はなかなか泣き止むことができなかった。すぐに泣き止んで教室に戻らないと、またみんなの視線を集めてしまう。目立つことが嫌いだった。

 涙を流しながら立ち、お気に入りのスカートについた砂を払うことすら忘れ、必死に涙を拭いながら教室へ戻った。


 羽菜は身体が強くなかった。病気ではないが、人より弱い。真夏の体育館では誰よりも先に倒れてしまい、給食も残すことが多いので最初から人より少なめにしてもらっている。どうして自分だけがこんな身体なのだろうと、一年生の頃は何度も泣いた。そしていつからか大河にちょっかいをかけられるようになった。


 私だって、好きでこんなんじゃないもん。


 何度も大河に言った言葉だが、彼が受け入れてくれることはなかった。「そんなもん知らねえ」と言われて終わる。


 羽菜にとって大河は怖い存在だった。自分に酷いことをするし、先生に怒られても反省しない。そんな大河が嫌いだった。


 教室に戻ると、やはり泣いた跡が残っているため、羽菜を見た瞬間に女子が騒いだ。


「羽菜ちゃん、泣いたの?」

「な、泣いてないよ」

「嘘だ、大河なんでしょ」


 当たりだったので羽菜は何も言えなかった。

 察した友達、黒木真奈は大河の方へ走り、飛び蹴りをした。


「ま、真奈ちゃん!」


 真奈は眉毛の位置で前髪を切りそろえており、背中まである後ろの髪もぱっつんと切りそろえている。その髪型も相まって勝気で意志が強そうな印象を与える。


「ちょっと大河!何やってんの!?」

「いってえ!何すんだブス!」

「また羽菜ちゃんに酷いことしたんでしょ!馬鹿!」

「関係ないだろ!」

「ある!友達なんだからね!」


 蹴られた背中を片手で摩りながら真奈を睨む大河。それを見て今度は真奈が酷いことをされるのではないかと、羽菜は心配した。


「い、いいよ真奈ちゃん.」

「こんなやつ蹴ってやればいいんだよ!」


 か弱い友達の羽菜がいじめられたことに対して怒り、大河を責める。

 真奈は羽菜の身体が弱いことを一番に気にかけていた。


 真奈ちゃん、そんなに怒ってくれるんだ。


 なんだか嬉しかった。


 担任が戻ってくると、二人は大人しくなり、他の生徒も席についた。

 真奈は先生に言ってやろうかと思ったが、目立つことが好きでない羽菜が嫌がると思い、渋々着席した。


 羽菜の席は窓側の一番前だ。その姿を、同じく窓側の一番後ろに座っている大河がじっと見つめていた。

 一本一本が細い髪の毛は、羽菜の弱さを際立たせているような気がする。華奢で小さくて、体育の授業では必ず一番前に並んでいる。他の女子とは違い、儚さが強い。小学三年生の大河にとって、それを何と言い表せばいいのか分からなかった。ただ、他の女子とは違う。なんとなく見てしまう。今回も席が羽菜より後ろで良かったと思っている。こうしてじっと見ていても、何も言われないからだ。それと同時に、こっちを見ないかなとも思う。


「それでは小テストを行うので、後ろにプリントをまわしてね」


 先生がそう言い、羽菜から順にプリントを渡した。羽菜は受取り、自分の一枚だけを机に置き、他のプリントを後ろにまわした。

 羽菜がプリントを渡す際に振り向き、大河は期待した。


 あ、こっち見るかも。


 しかし羽菜は大河の方を見ず、さっさと前を向いてしまった。


 なんだよ、こっち見ろよ。水野のくせに生意気だぞ。


 途端に苛つき、前に座っているクラスメイトからのプリントを奪うようにして取った。

 小テストを眺め、鉛筆を握った。いつもより筆跡が濃くなり、鉛筆の芯が折れた。

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