第23話

 羽菜の宿題事件があった翌日、先生は朝一で来た羽菜を職員室に連れて行き、絵梨と話したことを伝えた。


「小山さん、宿題を忘れてたらしくて水野さんの名前を書き換えて自分の宿題にしたみたい」


 羽菜は少し腹が立ったが、最終的には真実が明らかになり、宿題を提出できたので絵梨に対して激怒しているわけではない。


「魔が差したんですって。宿題を忘れて、焦ってしまったみたい」

「そうなんですか」


 羽菜にとって理由はどうでもよく、やられたことに変わりはない。言いふらすつもりもないし、二度としないでほしい。


「見つかってよかった。荒野くんと佐藤くんにもお礼を言っておかないとね」

「はい」


 それだけ言って職員室を出た。

 大河には既にお礼を言ったし、もう一度言う勇気は羽菜になかった。

 教室に戻ると絵梨が待っており、羽菜が教室に入るなり謝罪をしてきた。羽菜は「いいよ。でももうしないでね」と言い、許した。

 それを見ていた悠太は羽菜の元へやってきた。


「優しいね」


 そう言われ、羽菜は照れた。


「悠太くん、昨日はありがとう。手伝ってくれて」

「手伝うといっても、最終的に見つけたのは大河だけどね」

「大河くんもそうだけど、でも悠太くんは一緒に探すって言ってくれたし、嬉しかった」


 そう言ってふんわりと笑う羽菜にドキっとしつつも、「ありがとう」と返した。


 教室に真奈が入ってきて、おはようと悠太と羽菜に言った。二人もそれに返していると、今度は大河がやってきた。

 悠太がおはようと言うと、大河は「ん」と返した。


 二人の横を通り過ぎるときに大河と羽菜は目が合い、それまでの二人とは少し違った空気があった。

 それを敏感に察知したのは真奈と悠太だった。


 悠太は真奈の方へ行き、ランドセルを机の上に置いたままの真奈に声をかけた。


「今、いい?」

「うん….」


 真奈にも聞きたいことがあるのか、深く頷き、二人はまた屋上の入り口へ行った。

 屋上へは入れないため、学校で一番上の屋上の入り口。誰も来ることはないため、ひっそりと話をするには丁度良い。


「この前言ってた協力だけど、後で考えてみて、僕もその案に乗ろうと思う」


 悠太が真剣な表情でそう言うと、真奈は言った。


「この前は嫌がってたのに、急になんで?」

「先の話もあるし。黒木さんがいつまで大河を好きでいるかしらないけど、少なくとも僕は羽菜ちゃんと同じ中学と高校に行く予定だから」

「わたしだってずっと大河が好き」

「そう。で、協力するの?しないの?」

「それわたしが先に言ったのに、拒否したのそっちじゃん」

「別にしたくないなら、それでもいいけど」

「そんなこと言ってないでしょ。ただ、急に返事を変えられて嫌だなと思っただけ」

「協力するなら、あまり言い争いってしたくないんだよね。お互いに良いことはないし」


 悠太のその言葉でぐっと唇を噛んだ。確かにそうだと思ったからだ。

 けれど真奈は涙まで流したのだ。あのとき、真奈は協力を持ちかけたのに悠太は拒否し、更には興味がないと言わんばかりの顔をされた。悠太には大河を好きなことも羽菜を嫌いなこともバレた。


 あのときのことを思い出し、真奈は聞いてみたいことがあった。けれども、自分の思い違いだとしたら墓穴を掘ることになる。


「それで、どうなの?協力するの?」

「するよ。けど、なんか悠太ってそんな感じだっけ。もっと優しい人だと思ってた」

「協力するなら、お互いに不利益なことはしないと誓ってね」

「不利益なことって?」

「僕と羽菜ちゃんの関係が悪くなるようなことだよ。黒木さん、そういうとこありそうだし」

「はあ?わたしのことなんだと思ってんの」

「羽菜ちゃんのこと嫌いなくせに、大河に気に入られたいためだけに一緒にいるじゃん」

「そ、それは」

「大河との関係が上手くいかなかったからって、僕たちに八つ当たりするのはやめてよ」

「こ、こっちの台詞だし!そっちこそ、わたしと大河の関係にヒビ入れないでよ」


 ヒビが入る程の仲じゃないだろと思ったが、悠太は口の中で消化させた。


 真奈は、今まで悠太は猫を被っていたのかと驚愕したが、頭の良い人程生き方が上手いのだと大まかに納得した。だが真奈も、大河のことが好きだと誰にも言っていない。そのため、悠太と喋る自分は新鮮に感じた。


 もうすぐホームルームも始まるため、話を早く切り上げたい。


「で、あれなんなの?」

「あれ?」

「大河と羽菜ちゃん、なんか怪しくない?前と雰囲気違うんだけど、なんかあったわけ?」

「あぁ、昨日色々あってね。多分前より距離が少し縮まったんじゃない?」

「はあ?あんた何してんのよ。なんでそんなことになってんのよ」


 真奈はキレ気味に言う。


「詳しい話は放課後でいいだろ。僕は今日羽菜ちゃんと途中まで帰るから、その後ならいいよ」

「身勝手ね。わたしは大河と一緒に帰れるわけじゃないのに。休憩時間でもいいじゃない」

「僕は休憩時間も羽菜ちゃんといたいから無理。黒木さんも大河と一緒にいればいいじゃん」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「羽菜ちゃんの傍にいるだけで行動を起こしてないからでしょ。僕は自分から話しかけに行ったし。むしろ大河が羽菜ちゃんの金魚のフンを相手にすると思うの?」

「き、金魚のフンって….」

「間違ってないだろ。大河からしたら黒木さんなんて、羽菜ちゃんの傍にいて邪魔するウザい女でしかないんじゃない?」


 その言葉に真奈は絶望した。

 まさかそんな風に思われているとは微塵も思っていなかった。


「わ、わたしたち協力するんでしょ?」

「だから放課後に話そうって言ったじゃん。僕は黒木さんの悪口を言ったんじゃなくて、本当のことを言っただけなんだけど」

「そ、そう」


 悠太が言うのだから、そうなのだろう。

 そんなことも分からないのか、と首を傾げて言う悠太に、真奈はなんとしてでもこの男と協力せねば、と決心した。

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