第40話
やってしまった、と真奈は思った。
羽菜に八つ当たりをしてしまった。
羽菜に対して声を荒げた翌日、真奈は学校へ行く気にもなれず部屋に籠っていた。
籠ってばかりではいけないと理解している。ふさぎ込んでないで学校へ行って勉強をして、大河に近づく。無駄な一日を過ごしている場合ではない。
そんなことは分かっている。
しかし、やらかしてしまったのだからふさぎ込みたくもなる。
あの場に大河もいた。聞かれてしまった。心の狭い女だと思われてしまった。
羽菜に対して何しているんだ、と目で訴えていた。
もう無理かもしれない。大河に好かれようなんて、無謀なのかもしれない。
部屋のベッドで丸くなりながら嫌なことばかり考えてしまう。
悠太も大河も羽菜の味方。あんな光景を見たら羽菜を擁護するしかない。
羽菜ちゃんはずるい。何もできないくせに、何もしないくせにそうやって悠太も大河も味方につけて。わたしは悪者になってる。いつもそう。泣いてばかりで何もしない、言い返すことすらまともにできないのに、守られている。できないから、守られてるのかもね。
大河も悠太も、どうしてあんなのがいいの。わたしの方がたくさんできる、言い返すことだってやり返すことだってできる。いつもいつも羽菜羽菜羽菜。わたしの何が駄目だっていうの。
枕を強く握りしめ、羽菜に対する怒りをぶつける。
「真奈―、お客さんよ」
母の声にハっとしてベッドから飛び起きた。
インターホンの音が耳に入らない程だった。
誰が来たのか。大河は来ないだろうから、羽菜か悠太の二択。
あの状況下で羽菜が家に来ることは悠太が許さないだろう。
ならば家に来るのはただ一人。
「やあ、元気?」
悠太しかいない。
母は悠太を真奈の部屋に案内した後、後は二人でどうぞと言わんばかりに去って行った。
「何よ」
「分からないのか?」
「…ふん、どうせ釘を刺しに来たんでしょ」
「半分正解」
悠太はクッションの上に座り、寛いだ。
真奈はベッドの上に座り、悠太を見下ろす。
「心配しなくても、もうあんな失態はしないわ」
「それは当然なんだけど」
「何よ」
「羽菜ちゃんに大河が好きだって打ち明けたらどう」
「はあ?なんで敵にそんなこと言うのよ」
憎き羽菜に自分の弱みを晒すなんてありえない。
大河が惚れている女に打ち明けるなんて、プライドが許さなかった。
「ないとは思うけどさ、今後のことを考えて言っておいて損はないかなって。羽菜ちゃんがもし大河に揺れたとき、黒木のことを思い出して踏みとどまるだろ」
「随分弱気ね」
「大河が仲良いのはどちらかというと黒木じゃなくて羽菜ちゃんだしね。何かあったときファインプレーがあるかもしれないだろ」
「…敵に弱みを見せろって?」
「敵を参考にして外見作ってるんだから、今更じゃない?」
「もう!」
羽菜を参考に髪型を変えてみたが、大河からの反応はよく分からない。
他の女子からは羽菜の真似だと思われるし、良いことはなかった。
「あんたの助言を聞き入れた結果なんだけど」
「寄せろとは言ったけど、真似しろなんて言ったっけ」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
ちょっとは自分で考えろよ、と溜息を吐きたかったが逆効果でしかないので呑み込んだ。
「その強気な性格どうにかしろって、言ったよね。もう少しお淑やかになれないのか。そうだな、大和撫子がいいかもな。強く主張せず、意見を押し通さず、包容力を出す。うん、それがいいな」
「ほーよーりょくぅ?やまとなでしこぉ?冗談じゃないわ、なんでそんなことを」
「今のままで好かれないなら変えるしかないだろ。大河に惚れて何年目だ?未だに羽菜ちゃんの友達としか認識されていないのに」
冷めた目で見上げる悠太に、ぐっと押し黙ってしまう。
一理あると思ったからだ。
お淑やかに、静かに、主張せず、微笑んで…そういう自分を作れば、可能性はまだあるかもしれない。
「今回のように爆発したら全部台無しだからな」
「わかってるわ」
「羽菜ちゃんが嫌いなのは知ってるけど、それを呑み込み続けることだな」
「…いいわ、大河と付き合えたらあんな弱虫要らないし」
「なんでもいいけど、それで僕から羽菜ちゃんが離れて行ったらお前らの仲もぶち壊してやるからな」
マネキンのように表情を無くした悠太に、ぞっとしつつも頷いた。
取り敢えず、目先の目標は羽菜の友達ではなく大河の友達の「真奈」だという認識を持たせることだ。
何年もかかってできた今の目標がこれとは、思わず真奈も自身を鼻で笑った。
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